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黒猫魔族の異世界社会見学【改稿版】黒猫になった俺がポンコツ魔王の娘を人間社会で教育してたら、世界を救う羽目になってしまった  作者: 5414


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第2章 魔族は嘘をつけない

私たち魔族は、嘘をつくことができない。いや、「嘘をつく」という概念そのものが、私たちの社会には必要ないのだ。私たちには『思念』という力があり、互いの心や感情がそのまま伝わってしまうからだ。それに、目先の利益や自己保身のために嘘をついたところで、後々になって自分が最も窮地に陥ることを、長い歴史の経験から知っている。

しかし、人族は違う。彼らは平気で、それも呼吸をするように嘘をつく。

彼らとの望まぬ交わりが始まったのは、ほんの三ヶ月前のことだった。

かつて魔界と人族の領地を隔てていた外郭山脈で、大規模な山体崩壊が起きた。同時期に人族の『気球船』の技術が急速に進化していたことも災いした。山脈の一部が低くなったことで、彼らの気球船が容易に魔族領へと侵入できるようになったのだ。

かつては険しい山道を一ヶ月も歩かなければ行き来できず、野獣や魔獣、鬼人や獣人といった脅威が巣食うその道を通る者など、命知らずの酔狂な者だけだった。そのため、人族との交流はこれまで皆無に等しかった。

ひと月前、乾季の終わりに魔族領へ降り立った人族たちの目的は、ただ一つ。純度の高い『魔性石』だった。

人族は自らの身体に魔力を持っていない。そのため、彼らが魔法を使うには媒介となる魔性石が不可欠なのだ。魔性石の純度は外郭山脈の奥へ、つまり魔族領の中心へ向かうほど高くなる。

人族はこれまで、命を落としながら山脈の外縁部で採掘していたらしいが、交通網が開通したことで、一気に魔族領の資源を求めて押し寄せてきた。彼らは「王国」と呼ばれる場所からやってきたという。彼らは杖や剣など、魔法陣を組み込んだ器具に魔性石を取り付けて魔法を模倣する。私たちも、灯りや水の組み上げといった生活の魔術具に魔性石を使うが、彼らの執着は私たちの比ではない。

人族は、私たち魔族が彼らの「嘘」をすべて見抜いていることを知らない。

にこやかな笑顔の裏に、べっとりと張り付いた侮蔑、嫌悪、そして底知れない恐れ。それらがすべて、私たちの『思念』にはお見通しだとも知らずに、自分たちがいかに強欲で冷酷な種族であるかを隠せていると思い込んでいる。

今は雨季。風の巡りが悪く、これから半年ほど乾季になるまで、気球船は山を越えられない。

その間に、私たちは人族を研究し、対処法を探さなければならない。

人族と違い、私たち魔族は戦いを望まない。決して好戦的な種族ではないのだ。

魔族の寿命は長く、平均して250年ほど生きる。その代償として、非常に子供が生まれにくい。一度でも大きな戦争をして互いの命を奪い合えば、種族そのものが簡単に絶滅してしまうことを本能的に理解しているのだ。だからこそ、私たちは互いの縄張りを尊重し、適切な距離(パーソナルスペース)を保って生きている。

魔力が使えるため、物への執着も薄い。何かを失っても、「まあ、また次があるからいいか」と諦めも早い。

だが、次の食事がいつになるか分からない過酷な生活を送っている鬼人や獣人は、強欲になり、他者の財産を奪い合おうとする。……人族の心の形は、あの野蛮な鬼人たちに酷いほど似ている気がしてならない。

雨季の間、気球でやってきていた人族の選抜員たちが魔族領に残留することになった。そして、人間の世界へ戻る気球船には、魔族側からの正式な「通商団」が乗り込む。嫌でも、人族との本格的な交流が始まってしまうのだ。

人族の心の中を覗けば、「戦争」だの「討伐」だのという物騒な企みが常に見え隠れしている。だからこそ、これは我が種族にとって苦渋の選択だった。

魔王様の御前で開かれた魔族会議により、数名の『隠密調査員』が選抜された。

――私も、その中の一人だ。

人間の社会に潜入し、一般の民がどのような生活を営み、何に価値を見出しているのか、我が魔族にとって脅威となる事柄を探って報告書を作成する。それが私の任務。

先が思いやられる。果たして私は、無事に魔界へ戻ってくることができるのだろうか。

人間たちの帰りの気球船に、30名の魔族通商団が乗り込む。私たち5名の隠密調査員も、『認識阻害』と『潜伏』の魔術を使い、密かに乗り込んだ。

潜伏の術は自らの存在感を消し、認識阻害の術は「なんとなくそこに誰かがいた」という程度の曖昧な印象しか相手に残さない。

それにしても、人族の気球船は驚くほど巨大だった。乗組員を合わせれば200名は乗っているだろう。船体のそこかしこに魔性石が組み込まれており、彼らの技術の高さには目を見張るものがあった。

最初の視察地である、採掘基地近くの街までは空路で2日の旅。

だが、人間という生き物は、恐ろしいほど騒がしい連中だった。身を隠している私の耳に、仲間同士で小競り合いを起こす醜い声が四方から響いてくる。

彼らは疑心暗鬼で、本質的にひどく弱い。そして、その弱さを他者に悟られたくないがために、嘘の言葉で虚栄を張り、自分を大きく見せようとする。

たった2日間の船旅だったが、人間の放つ「悪意と思考の雑音」に当てられ、酷い船酔いも重なって、私はかつてない吐き気に襲われていた。


最初の視察地に、気球船が静かに着陸した。

船を降りても、人間の放つ歪んだ思考の雑音に当てられた頭はまだフラフラと眩暈(めまい)を起こしている。

私はおぼつかない足取りで他の調査員や通商団の群れから離れ、完全に一人きりになった物陰を見つけて『潜伏』の魔術を解除した。

手荷物は多くない。背中に背負った旅用の大きな鞄には、携帯用に乾燥させて粉末状にした薬草をいくつか。そして、腰巻きの小さな鞄には、軍資金として持たされた『クズ魔性石』がいくつか入っている。

あまりに巨大なものや純度の高すぎる魔性石を持ち歩けば、人間たちの強欲さを刺激してトラブルの元になるだろうと、魔界で苦労してかき集めたものだ。これを人間の通貨に換金し、これからの視察資金にする。

身にまとっている深紅のフード付きローブは、魔族領にやってきた人族の使節団が着ていた衣服を真似て仕立てたものだ。

(本当に、これで怪しまれないだろうか……)

不安で胸が激しく波立つが、こういう時こそ平常心が一番だ。挙動不審な態度こそが、人間たちの鋭い猜疑心を刺激し、最も目立ってしまう。

これからの旅、私はきっと、自分の正体を隠すために多くの「嘘」を重ねなければならない状況に直面するはずだ。

それが今の私にとって、何よりも恐ろしく、胃がキリキリと痛むほどのストレスだった。生まれてから一度も嘘などついたことがない私が、欺瞞に満ちたこの世界で、嘘という名の仮面を器用に被りこなせるのだろうか。

本当に、先が思いやられる。

   *

気球船が停泊したのは、街を一望できる小高い丘の上だった。そこからは、人間たちの「城」の全貌が見事に見下ろせた。

あまりにも、巨大な城だった。

驚いたのは、城の周囲を気が遠くなるほど高く強固な「塀(石壁)」がぐるりと取り囲んでいることだ。よく観察すると、城の内部にも小径を区切るようにして二重、三重の塀が張り巡らされている。

塀の外側には、街を巡るように水路が掘られており、それが城の内部の水路とも繋がっているようで、大小の船が頻繁に行き交っていた。城の規模が拡大するにつれて、外側へ、外側へと新しい塀を継ぎ足していった名残なのだろう。

だが――見事な石積みの塀を眺めながら、私の胸には底知れない不気味さが湧き上がっていた。

これほどまでに大きく、立派な塀を作って、人間はいったい「何」から城を守っているのだろう。彼らは、何にこれほど怯えているのか。

魔族の領地には存在しないような、大いなる自然の脅威や、城を一撃で噛み砕くような大型の魔獣でもいて、日常的に襲撃してくるのだろうか。見えない恐怖の影に、背筋がすっと冷たくなるのを感じた。

丘を降り、やっとのことで城の入り口へと辿り着いた。近くで見上げる塀は、丘の上から見た時よりもさらに圧倒的な威圧感を持ってそびえ立っている。きれいに切り出された無数の石が、狂いなく積み重ねられていた。

水路には重厚な跳ね橋が架けられ、塀が大きな門の形にくり抜かれている。そこが、この城郭都市への入り口だった。

先に向かった正式な通商団は、馬が引いていない……不思議な車(車馬!?)に乗せられて、一足先に門の中へと消えていった。

どうやって動いているのか、近くで観察していない私には皆目見当もつかない。馬のいない馬車など、私たちの社会からは逆立ちしても出てこない発想だ。馬車は、その名の通り「馬が引いてこそ」馬車なのだから。

人族の持つ、狂気的なまでの創造力と技術力には、ほとほと感心させられる。同時に、やはりこの種族は決して侮ってはならないと、改めて警戒の念を強めた。

門の近くの水路には、ひしめき合うようにして多種多様な船が停泊していた。人間を乗せているもの、山のような荷物を積んだもの、鳴き声をあげる家畜を乗せているもの。

どれだけ見ていても飽きない。視界に映る人間たちの顔には笑顔が多く、活気に満ちあふれた、一見すればとても美しい光景だった。

試しに彼らの本心を覗こうと『思念』を展開しかけたが、あまりの人の多さに圧倒され、慌てて意識を閉じた。これほど大量の知的生命体がひしめき合う空間を、私は知らない。魔界でこれほどの過密を経験するのは、年に一度の神事か、あるいは全種族が集まる魔族会議の時くらいだ。

人間たちの、あのきらびやかな笑顔の裏側には、いったいどんな思考が隠されているのだろう。

私はフードを深く被り直し、活気と欺瞞に満ちた門の中へと、静かに足を踏み入れた。

門をくぐり、城の中に一歩足を踏み入れた。

その瞬間、私は信じられない光景に一瞬にして言葉を失い、呆然と立ち尽くしてしまった。

なんなのだ、ここは……。

視界に入るすべてが、あの塀と同じ、冷たい「石」で出来ていた。

人々が踏みしめる道も、彼らが生活を営む建物も、何から何まで石、石、石。

丘の上から見下ろしたときも奇妙な違和感があったのだが、いざ間近で見上げてみると、それは違和感を通り越して驚嘆、いや恐怖に近かった。

建物は、まるで限られた土地を奪い合うかのように、上へ、上へと不自然に積み重ねられて作られており、異様なほどの高さがある。魔界にある大樹『蛙柳(かわやなぎ)』の木、三つ分は優にあるだろうか。

一応、申し訳程度に植物の姿も見えはする。だがそれらは、石と石の間のわずかな土の隙間から、押し潰されるようにして必死に生えていた。どれも青白く不健康そうで、見ているだけで可哀想になってくる。彼らは大地を石で蓋して、自然を窒息させているのだ。

その時、先ほどの「馬なし馬車」が、私のすぐ横を猛烈な勢いと凄まじい風圧で通り抜けていった。

(ひっ……!)

恐ろしい。生きた心地がしない。恐怖で身体をすくませた瞬間、突然背後からぐいと腕を引っ張られた。

驚いて振り返ると、私の母親ほどの年齢の、恰幅のいい人間の女が、眉間に深いしわを寄せてこちらを睨みつけていた。

「危ないよ、お嬢ちゃん! ボーッと突っ立ってたら、車に轢かれても文句言えないよ!」

車。あの馬なし馬車は、そう呼ばれているらしい。

咄嗟のことに心臓をバクバクさせながら、私は必死に声を絞り出した。

「す、すまない。田舎から出てきたばかりで、街の様子に圧倒されて動けなかったのだ。以後は気をつけるとしよう」

「やだねえ、この子は。若い癖に、まるで年寄りみたいな口の利き方をしてさ。……ここは採掘屋がうじゃうじゃいる荒っぽい街だ。あんたみたいな田舎者の嬢ちゃんには、とことん厳しい街さね。危ない目に遭う前に、とっとと故郷へお帰り! じゃあね、気をつけて。車に轢かれるんじゃないよ!」

そんな物騒な忠告をぶっきらぼうに投げ捨て、女はガハハと大きな高笑いを残して雑踏へと去っていった。

……戸惑った。彼女の『思念』から伝わってきたのは、口調の荒々しさとは裏腹に、私を本気で心配してくれた「親切心」だったからだ。人間とは、これほどまでに心と行動が裏腹な生き物なのか。

それにしても、女はここを「街」と言った。

城ではないのか……? 人間は、この石の要塞のような場所全体に、何万人もがひしめき合って住んでいるというのか。

魔族の街は、そのほとんどが平屋の木造建築だ。気候が良く暖かいこともあるが、私たちの土地は地震が多い。こんな風に石を高く積み重ねた建築物は、倒壊の危険があるため到底作られない。これほど巨大な構造物を作ってしまう人間の、自然への侮りと傲慢さが恐ろしかった。

車が通る太い道と、人が通る一段高い道が明確に区切られている。

私は人が通る道を選び、命からがら人の流れに付いていくと、やがて広大な広場に出た。

どうやら広場の中にはあの車は進入できない決まりらしく、外周の道路を忙しなくぐるぐると回り続けている。ここも一面が石畳だが、遮るものがなく頭上に大きな空が広がっているため、少しだけ息がつける気がして安心した。

広場の奥には、周囲の建物の倍はあろうかという、ひときわ巨大な建造物がそびえ立っていた。他の建物とは明らかに意匠が異なり、荘厳で近寄りがたい雰囲気を放っている。おそらく、政治を司る場所か、あるいは彼らの宗教的な神殿だろうと推測する。

広場の中心には、円形に組まれた石造りの池があった。その真ん中から、まるで間欠泉のように、水が勢いよく夜空へ向かって噴き出している。

わざわざ石の池を作って水を噴き出させるなど、ずいぶんと変わった、無駄の多い施設だ。けれど――不思議と、その場所は嫌いではなかった。

細かな水飛沫で冷やされた心地よい風が、火照った身体を撫でていき、じっとりと滲んでいた汗が引いていく。

私は池の周りの石積みにそっと腰を下ろし、ふう、と深く息を吐いて一休みした。

ここからが本番だ。これからの具体的な調査計画を立てなければならない。

(魔界の同胞たちよ、待っていてくれ……。私は必ず、人間の本質を持ち帰る)


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