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黒猫魔族の異世界社会見学【改稿版】黒猫になった俺がポンコツ魔王の娘を人間社会で教育してたら、世界を救う羽目になってしまった  作者: 5414


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第17章 魅了

毎日、人型にならなければ魔獣へ一直線。


しかし、人型でいる時間が長すぎれば、異常な速さで成長し、やがて老いて死ぬ。


なんとも面倒な身体になってしまった。


クワンリと相談した結果、眠る時だけ子供の姿になることにした。


人型でいられる限界は、大砂時計を三回ひっくり返すまで。


だいたい九時間ほどらしい。


睡眠を取るには、ちょうどよい時間だ。


少しなら、遊んでもらう時間もある。


遊んでもらう?


何を言っているんだ、俺は。


クワンリは、子供の俺を見ていると母性が芽生えてしまうのだと、恥ずかしそうに言っていた。


人型へ近づけば、身体は子供になる。


獣落ちへ近づけば、心は猫になる。


俺は、獣落ちした方の身体だけに転生してしまったのだろうか。


子供や猫の身体へ引っ張られながら、どちらにしても、転生者だった俺は少しずつ消えていくのかもしれない。


どのくらい、今の意識を保てるのだろう。


まあ、仕方ない。


そうなる可能性があるのなら、いつそうなってもよいように生きるしかない。


この瞬間を大事にする。


後悔しない。


他人へ嘘をつかない。


何より、自分の良心へ嘘をつかない。


言うのは簡単だが、なかなか難しい。


この世界へ来た時、難しい方が楽しいと願った。


神は、ちゃんと叶えてくれたわけだ。


少し納得はいかないが、生きていることへ感謝して過ごそう。


クワンリにも、サルマにも、オババにも。


皆への感謝を忘れない。


まあ、まだ時間はあるだろう。


宿題も、尻に火がつかなければやらないタイプだった。


ぼちぼちいこう。


干物も食ったし、取りあえず昼寝だな。


   *


ノルと目を合わせることができなかった。


人型になれば、身体が急速に老いていく。


猫の姿でいれば、魔獣になる。


八方塞がりではないか。


今は二日に一度、荷室の魔性石の上へ連れていっている。


おかげで体調はよいようだが、ノルの今後を考えると気が重い。


オババから、子供の姿になったノルの能力について話があると呼ばれた。


少しでも気持ちを落ち着けたくて、鹿車から故郷の高山で採れる茶葉と茶器を持ってきた。


茶の淹れ方は、人によって違う。


私は沸騰する前の湯を、茶葉が濡れる程度だけ急須へ注ぐ。


立ち上る香りを一瞬楽しみ、蓋をする。


茶葉が蒸れるまで、膝の上にいるノルを撫でながら待つ。


湯を切り、新しい湯をゆっくりと注ぐ。


ノルを一撫で。


二撫で。


三撫で。


急須を軽く回し、器へ注ぐ。


一番茶の香りを楽しみながら、静かにすする。


一番茶もよいが、私は二番茶の方が好きだ。


一番茶は香り。


二番茶は味を楽しむ。


温め直した湯を急須へ注ぐ。


今度は、ノルを少し多めに撫でる。


私は濃い茶が好きなのだ。


十分に茶葉が開いたところで、器へ注ぐ。


舌の上で茶を転がし、鼻へ抜ける香りと後味を楽しむ。


故郷の茶を丁寧に淹れて飲むと、不安な心が少しだけ落ち着いた。


オババもサルマも、美味そうに飲んでいる。


茶は、淹れ方次第で美味くも不味くもなる。


だから私は、丁寧に淹れるのだ。


皆が茶を楽しみ、落ち着いたところでオババが話を切り出した。


「人の姿になった時のノルは、お前さんよりも何倍も大きな魔力を持っている」


思わず、器を置いた。


魔王の血を引く私よりも、強い魔力。


それだけではなかった。


子供のノルには、魅了という特殊な能力があるらしい。


「お前さんが、急に母親のようになったのも、その影響だよ」


「私が?」


オババやサルマも、短い時間で魅了されかけたという。


子供や動物の幼い姿には、元々、大人から守られるための力があるらしい。


だが、ノルの魅了は、それとは比べものにならないほど強い。


だから私は、あれほどノルを抱き締め、甘やかしたくなったのか。


自分の感情へ少し戸惑っていたが、これで納得できた。


できたはずなのだが。


膝の上で丸くなっているノルを撫でる。


魅了の力だと分かっても、愛おしさは少しも変わらなかった。


   *


王都が見えてきた。


雄大な川の中洲に造られた、広大な都市だ。


上空から見ると、前世の函館に少し似ている。


函館の三倍はありそうだが。


函館には行ったことがある。


イカ踊りを見た。


ちゃんちゃん焼きが恋しい。


大河の反対側には、流れの穏やかな支流がある。


そこへ船と気球船の港が造られていた。


大河側は軍港らしい。


街の中にも、水路が張り巡らされている。


水の都、ベネツィアのようだ。


行ったことはないけど。


乗組員たちが、慌ただしく停泊の準備を始めた。


俺も窓へ前足をかけ、初めて見る王都を見下ろす。


いよいよ、王都ゼルトマンへ到着する。


ゼルトマンには二週間停泊するらしい。


サルマから、風読協会が所有する借家へ一緒に泊まらないかと誘われた。


安く借りられるそうだ。


願ったり叶ったりの申し出に、俺とクワンリは喜んで飛びついた。


シェアハウスということだ。


昨夜、俺は子供の姿で穀物商人の部屋を訪ねた。


魅了の力が本当にあるのか試すため、密輸している魔性石の話を切り出してみた。


誰にも言わないので、少しだけ分けてほしい。


多少気は引けたが、要するにゆすりだ。


商人は拳ほどの魔性石を三つ持ってきた。


さすが、強力な魅了の力。


クワンリのためとはいえ、少し危ない橋を渡ってしまった。


ママのため。


ん?


ママのため?


いかん。


また子供の身体へ引っ張られている。


愛しい人のためだ。


クワンリへ言えば返してこいと怒られそうなので、魔性石は鹿車へ隠しておこう。


   *


借家は、停泊地を見下ろす小高い丘の上にあった。


木造の平屋で、部屋は五つ。


鹿車を置ける小屋もある。


十分な広さだ。


木造の建物を見ると、魔族領を思い出す。


ノルの人型への変身は、山猫族とは関係がないらしい。


しかし、土地に魔力がほとんどない状況は、私にとって大きな問題だった。


早く故郷へ帰りたい。


その事情もあり、人族領の視察は、この王都を最後にするつもりだ。


転移の魔術具がない今、帰りの行程から逆算しても、それが妥当だろう。


私の仕事は、人々の暮らしや社会の仕組みを視察し、報告書を作ることだ。


サルマとミノルバによると、王都へ来たのなら闘技場と競馬場は見ておいた方がよいらしい。


学校も見学したかったが、関係者以外は入れないという。


街で学生を探し、話を聞くことにしよう。


鹿車の小屋で薬を売りながら、街の住人から話を聞く。


足りない情報は、ノルの猫情報網で集めてもらう。


それで報告書は完成するはずだ。


ノルの野良猫情報網には、何度も助けられている。


   *


まだ王都の猫情報網はない。


当然、道案内をしてくれる猫もいない。


クワンリを一人で買い物へ行かせるわけにはいかないので、サルマへ同行を頼んだ。


その間に、俺は近くの野良猫を探し、話をつけておかなければならない。


サルマは、猫の集会にも参加したいらしい。


干物運びの助手として、同行を許してやった。


大喜びで買い出しへ向かっていく。


スキップしそうな勢いで、少し笑えた。


これだけ広い街を、すべて把握するには時間も干物も足りない。


まずは近くの縄張りを押さえる。


そのあと、重要そうな地域のボス猫を探し、必要な場所だけ情報を集めよう。


この能力は、本当に役に立つ。


前世の異世界物なら、強力な攻撃魔法や防御魔法で旅を進めるのだろう。


だが、この世界へ来て分かった。


何にしても、情報に勝るものはない。


強い武器を持っていても、事情を知らずに使えば、ただの暴れん坊だ。


鬼人の調査でも、相手の事情を知らないまま殴り込んでいたら、きっと後悔していた。


人を疑ってかかる、このひねくれた性格も、たまには役に立つ。



 

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