第14章 男の子
いくら前世が大人の男でも、大好きな女が服を着直すところまで覗いているほど、俺はゲスではない。
後ろ髪を引かれながら個室へ戻り、クワンリを待った。
言いつけを破って後をつけたこと。
変身を見てしまったこと。
それから、裸まで見てしまったこと。
戻ってきたら、きちんと謝ろう。
扉が開く。
俺は甘えた声を出しながらクワンリの足元へ飛びつき、八の字を描いた。
(ごめん。ふらふらしていたから心配で、後をつけた。変身するところも、その……裸も見た)
クワンリはローブのフードを深く被った。
『気にするな。いずれは話すつもりだったのだ。ただ、少し恥ずかしくてな』
(あんなに格好いいのに? 何で最初にトカゲなんて言ったんだよ。魔族は嘘をつけないんじゃなかったのか)
『魔族の古い言葉では、トカゲは龍のことを指す。嘘ではない』
クワンリは言い訳をしたあと、目を逸らした。
『それに、龍はあまり可愛くないだろう。私もノルのような姿になりたかったのだ』
ここに、本物の乙女がいた。
世界を滅ぼせそうな赤龍のくせに、可愛くないと思われるのが恥ずかしかったらしい。
俺は膝へ飛び乗り、胸元で喉を鳴らした。
(どんな姿でもクワンリはクワンリだ。俺は好きだよ)
クワンリは目を丸くしたあと、安心したように笑った。
だが、龍へ獣落ちした反動は大きかったらしい。
『すまない。少し眠る』
寝台へ倒れ込み、そのまま眠ってしまった。
魔力をほとんど使い果たしたという。
人族領では土地から得られる魔力も少なく、回復には何日もかかるらしい。
邪魔をしないよう、頭の近くで丸くなる。
しばらくすると、扉を叩く音がした。
クワンリは起きない。
俺は一角鹿の様子を見るついでに、船内を巡回することにした。
荷室へ入ると、穀物商人と助手の話し声が聞こえた。
荷物の陰へ隠れ、耳を澄ます。
「さっきの翼竜は、俺たちが運んでいる魔性石に引き寄せられたんじゃないのか」
「分かっている。だが、ここで捨てられるか。カイゼルまで運べば、一生遊んで暮らせるだけの金になる」
二人が去ったあと、穀物箱へ近づく。
中には高純度の魔性石が隠されているらしい。
クワンリなら、この箱の近くにいるだけで魔力を回復できるかもしれない。
部屋へ戻ると、サルマが訪ねてきた。
『先ほどの赤龍は、クワンリさんですよね』
クワンリはしばらく黙っていたが、やがて頷いた。
『誰にも言いません。みんなを助けてくれて、ありがとうございました』
深く頭を下げ、帰ろうとするサルマを呼び止めた。
俺はクワンリへ、荷室で聞いた話を伝える。
密輸品とはいえ、勝手に持ち出すわけにはいかない。
だが、箱の近くで休むだけなら中身は減らない。
サルマへ事情を話すと、見張りを引き受けてくれた。
三人で荷室へ向かう。
サルマは、まだ俺とも意思を通わせられるのか気になるらしく、期待に満ちた目でこちらを見ている。
味方になってくれそうなので、邪険にはしないでおこう。
ところで、名前は何だったか。
前世から、人の名前を覚えるのは苦手だった気がする。
荷室へ着くと、クワンリとサルマが穀物箱を調べた。
『間違いない。純度の高い魔性石だ。これなら取り出さずとも、箱の上にいれば回復できる』
クワンリは箱へ上がり、ゆっくり息を吐いた。
顔色が少しずつ戻っていく。
その間、クワンリはサルマへ、これまでの旅や俺との出会いを話した。
俺も知らなかったことが多い。
中でも驚いたのは、龍が魔王の血脈だという話だった。
クワンリは、魔王の一人娘らしい。
どうりで、お嬢様っぽいと思っていた。
魔王の娘って……。
サルマの話では、コロボックルは魔族に近く、多少の魔力を持っているという。その力が、空の風を読む技へ繋がったらしい。
魔力があるなら、俺の思念も届くのではないか。
眉間へ力を込めた。
(コロボックルの子よ。魔王の娘の力になるのだぞ)
少し、神のお告げ風にしてみた。
サルマが驚いて辺りを見回す。
思念が強すぎたのか、クワンリにも届いたらしい。
笑っている。
サルマはすぐに俺だと気づき、飛び跳ねるように近づいてきた。
面倒なので、木箱の上にいるクワンリの隣へ逃げる。
背の低いサルマは登ってこられず、恨めしそうに見上げていた。
それでも嬉しそうだ。
気が向いたら、あとで話してやろう。
クワンリの隣で昼寝をしていると、身体が熱くなってきた。
頭がふらつき、四肢へ力が入らない。
視界を黒い霧が覆っていく。
ああ。
気を失う時って、少し気持ちいいな。
*
クワンリに起こされた。
身体のだるさも熱も消え、妙にすっきりしている。
目を開けると、クワンリが真面目な顔で俺を覗き込んでいた。
「どうした、クワンリ」
声が出た。
落ち着こうと毛繕いをする。
毛がない。
「何だこれ。俺、人の身体になってるじゃん!」
『そうなのだ。私も眠っていたのだが、起きると男の子がしがみついていて驚いた』
男の子だと。
自分の身体を見る。
裸なので、よく分かる。
五歳くらいだろうか。
せめて十歳。
いや、十五歳くらいなら喜べたのに。
サルマは口を開けたまま、俺を見ている。
クワンリが龍になった時は、赤い霧に包まれていた。
気を失う前に見えた黒い霧は、俺が変身した証拠だったのだろう。
これでは、クワンリの子供か弟ではないか。
人型には戻りたかった。
だが、これは……。
恋人への道は険しそうだ。
*
ノルが男の子になっていた。
魔族は成人しなければ獣落ちできない。
しかも、ノルは変幻の術式すら唱えていなかった。
魔性石の影響だとは思うが、このような症例は聞いたことがない。
別の世界から来た魂が、猫へ獣落ちしている。
やはり、それが大きな要因なのだろう。
しかし、どうしたものか。
猫の姿も可愛かったが、小さな男の子はもっと可愛い。
魔族は滅多に子宝に恵まれない。
そのため子供は宝のように扱われるが、ただ甘やかすことはしない。
知識を与え、経験を積ませ、褒めて伸ばす。
刃物や火も、危険だからというだけで遠ざけたりはしない。
多少の火傷や切り傷なら、それも生きるための経験となる。
最初から全てを教えてしまえば、自分で考える力が育たない。
大人は、取り返しのつかない危険だけを避け、あとは見守ればよい。
もっとも、ノルの中身は大人なのだが。
分かっていても、可愛さは変わらない。
裸のままなので、私のローブで包み部屋へ戻る。
サルマも心配そうについてきた。
妹ができたようで、少し照れ臭い。
そしてノルは、私の子供といったところか。
そんなことを考えながら、ローブの中の男の子を抱き締める。
いつか、私も子供が欲しい。
だが今は、ノルのことだ。
船長や乗組員へ、どう説明すればよいのだろう。
『クワンリが産んだことにすればいい』
ノルは軽口を叩いて笑っている。
本気ではないだろう。
少し、やけになっているようにも見えた。
無理もない。
自分の意思とは関係なく、猫になったり子供になったりしているのだ。
サルマが自分の着替えを持ってきてくれた。
二回りほど大きいが、裸よりはよい。
ぶかぶかの服も、よく似合っている。
着替えを済ませると、ノルは少し落ち着いたらしい。
「せっかく人の姿になったんだ。この世界の料理を食べてみたい」
立ち直りが早い。
どこまでも変わった男だ。
サルマと顔を見合わせ、二人で笑った。
一番困っているのは、ノル自身だというのに。
私たちを心配させまいとしているのだろう。
本当に、優しい男だ。




