第11章 クワンリからのご褒美
旅に出てから、初めての村へ着いた。
案内書によれば、乾季には木材を伐る者や買い付け商人で賑わうらしい。だが、雨季の今は通りを歩く者も少なく、商店や食堂、宿まで休んでいるところが多かった。
少し高かったが、湯の使える宿を選んだ。
クワンリも一応、年頃の女の子である。
もちろん、ペットも泊まれる。一角鹿の世話までしてくれるという。
実に良い宿だ。
宿の主人へ薬を売ってよいか尋ねると、特に許可はいらないらしい。
この村にも薬屋は何軒かあるが、あまり効く薬はなく、雨季には店を閉めているところが多いという。
俺たちは鹿車を宿の前へ出し、移動薬局を開いた。
最初は薬を少量ずつ試してもらい、効いたら周りへ教えてほしいと頼む。
初日こそ暇だったが、二日目の朝には、開店前から人が並んでいた。
虫刺され、腰痛、腹痛、古傷の痛みに悩む者。
クワンリは、症状を診てから調合しなければ効きが悪いと言い、作り置きをしない。
虫除けのように誰でも使える物だけは並べて売ったが、それ以外は一人ずつ話を聞いて薬を作る。
人と話すのは苦手なくせに、頼られると張り切ってしまう。
日が暮れ、宿の主人が夕食の用意ができたと呼びに来るまで、クワンリは働き詰めだった。
さすがに、ぐったりしている。
薬を売るのは三日間だけと決めていた。明日一日頑張れば休めると励まし、食事を済ませ、風呂へ入る。
クワンリは寝台へ横になった途端、眠ってしまった。
俺は構ってほしくて腹の上に乗り、前足で頬を押した。
起きない。
仕方がない。
接客が苦手なのに、今日はよく頑張った。
お疲れ様でした。
おやすみなさい。
*
最終日の朝になっても、クワンリは起きなかった。
心を鬼にして、鳩尾へ飛び込む。
「んにゃっ」
『ぐふっ』
二人で変な声を上げた。
なぜか俺まで、着地と一緒に声が漏れてしまう。
飯は食ったか。顔は洗ったか。薬草は持ったか。
ふらふらしているクワンリを送り出し、俺は納屋へ向かった。
今日は、この村の野良猫たちの集会へ招かれている。普段は夜中に開くらしいが、俺の事情を考えて昼にしてくれた。
クワンリが、挨拶代わりの干物を木箱へ入れてくれている。
野良猫たちが集まり、鼻や身体を擦り合わせ、匂いを嗅ぎ合う。それぞれが落ち着いて毛繕いを始めた頃、俺は木箱の蓋へ爪をかけた。
干物が姿を現す。
ミャー。
ニャー。
ワオオ。
納屋の中に、どよめきが起こった。
よし。
これで、この村の情報も集めやすくなる。
*
昨日の夕方、へろへろになって帰ってきたクワンリが言った。
『ノルよ。いつまでもお前に頼ってばかりでは情けない。明日は一人で買い物の練習をしてみたい』
買う物は決めてある。余計な物は買わない。
可愛いことを言う。
帰り道が分からなくなったら、野良猫へ助けを求めれば宿まで連れてきてくれると教えた。
それならばと、一人で行かせることにした。
何を買ってくるのか、少し楽しみでもある。
どうせ、ろくでもない物を掴まされるのだろう。
だが、それを見てみたいと思ってしまう。
朝から雨だった。
仕事の日には起きなかった女が、さっさと支度を済ませ、宿の主人から合羽を借りて意気揚々と出ていった。
楽しそうなので、水を差すのはやめておく。
そこまで野暮ではない。
野良猫たちが交代で後をついているから大丈夫だと、自分へ言い聞かせた。
どうやら俺は、クワンリのことが相当に好きらしい。
猫の身でありながら、お恥ずかしい限りである。
雨なので、宿の中を巡回して過ごした。
途中でネズミを見つけたが、見逃してやる。人としての理性は、まだ残っていた。
さすがにネズミは咥えたくない。
昼寝をしていると、クワンリが帰ってきた。
おかえりのニャーで迎える。
寂しかったので仰向けになって甘えてみると、クワンリはにやにやしながら目を細め、腹を撫でた。
買ってきた物は、革紐、釣り竿、それに造花や羽根で飾られた派手な帽子だった。
釣り竿は、旅の途中で新鮮な川魚を捕まえるためだろうか。
帽子は、クワンリには似合いそうにない。
だが、本人が可愛いと思ったのなら黙っておこう。
クワンリは鹿車の荷台で魔術具を作ると言い、買った物を抱えて部屋を出ていった。
しばらくして、昼寝をしていた俺の目の前で鳥の羽根が揺れた。
右へ。
左へ。
周りに薄い膜が張られたように、音まで聞こえなくなる。
羽根が揺れている。
揺れている。
我慢できずに飛びついた。
ひらりと躱される。
追う。
跳ぶ。
また躱される。
くそぉ。
あと少しで届くのに。
もう一度跳び、今度は爪へ引っかけた。
羽根を咥え、お気に入りの寝台の下へ持っていく。
息が上がっている。
だが、ものすごく楽しかった。
何なんだ、これは。
寝台の下から顔を出すと、クワンリが釣り竿を持っていた。竿についた革紐は、俺が咥えている羽根へ続いている。
今、はっきり分かった。
猫じゃらしだ。
あの帽子の飾りは、この羽根を手に入れるためだったのか。
『ノルよ。いつも世話になっている礼だ。気に入ったか?』
クワンリは少し照れたあと、俺の腹を見た。
『最近、少し太ったのではないか? 寝てばかりで運動が足りないと思ってな』
余計なお世話だ。
『それに……私も、お前と遊びたかったのでな』
クワンリさん。
ありがとうございます。
*
三日ごとに開かれる市の日が来た。
近くの農家や旅商人が集まり、静かだった村が朝から別の場所のように賑わっている。神殿広場には、色も形も様々な屋台と天幕がひしめいていた。
中東のバザールみたいだ。
行ったことはないけど。
クワンリは、一人で買い物ができるようになった成果を見てほしいと言った。
今日は二人でショッピングデートである。
猫の姿なのが残念だが、俺も浮かれている。
早速、色つきヒヨコの露店に捕まったクワンリへ、ただのヒヨコに色を塗っただけだと教えて引き離す。
次に足を止めたのは、三つの小箱から印の入った一つを当てる賭け事だった。
客を何度か勝たせて掛け金を上げ、最後に中身のない箱とすり替える。
古典的なやつだ。
俺がついている。社会勉強として、一度やらせてみた。
クワンリは全部当てた。
店主の手元へ視力強化を使っていたらしい。
少しずるい気もするが、向こうも人を騙している。店主が可哀想になってきたところで切り上げた。
屋台の食べ物は味が濃いので、俺はクワンリから少しだけ分けてもらう。
ベンチでイカ焼きを食べながら市場を眺める。
ろくに買い物はしなかったが、活気のある市を歩くのは楽しかった。
途中、人混みに酔ったクワンリがぐったりしてきたので、宿へ戻る。
猫の姿ではなく、人の姿でデートしたかったな。
明日は一日休み、明後日から再びカイゼルへ向かう。




