ガミリア共和国 第32話 北門の肉屋③
人で埋め尽くされた冒険者ギルドは、怒号と喧騒が渦巻いていた。
興奮した人々が、我先にと「どうなっている」「ギルマスを出せ」と、がなりあっていた。
職員と受付嬢が対応しているが、一向に収まる気配が無い。
バァン!
乾いた空気の破裂音?がギルド内に響きわたると、誰しもが耳を塞ぎ、顔をしかめながら犯人捜しを始めた。
「静かになった所で、こちらの話を聞いてくれるかな」
声の方に顔を向けると、カウンターに立ったギルマスと後ろに見知らぬ男がいた。
「皆も驚いているだろうが、俺も今朝説明を受けたんだ。まだ、納得できていないが、分かっている範囲で説明する。
そうだな・・ここに立っての説明もなんだ。みんな、座ってくれないか」
ガヤガヤとしながら、その場に座り込む。
降りたギルマスは、カウンターに背を預けて、辺りを見渡す。
冒険者が半分、店主が1/4、あとは住民だろうか。
まだ、ガヤガヤとしていたが、ギルマスが話始めると静かになっていた。
「話す前に紹介しておこう。後ろ(カウンター奥)にいるのが、今回の作業の責任者だ。閉鎖の責任者じゃないから、文句を言っても筋違いだぞ」
かすかに甘い香りが漂ってきた。
気づいたのは、おれだけのようだ。
この匂い、知っている。
アポの花が出す匂いだ。
たしか、魔獣を魅了する効果があって、花に引き寄せる効果があるとか。
無意識にその元を探ると、カウンター横の通路に立っている女から漂っている気がする。
特に不快な匂いではないので、説明に集中する。
「北門を閉鎖する作業は、館から依頼されたそうだ。
彼らも簡単な説明しか受けていないとの事で、聞いた話を伝える。
今回閉鎖するのは、毎月かかる経費を削減するそうだ。
知っての通り。毎日、木を伐り、運びやすく切り刻んで運搬、それを薪に加工して販売している。
ここいらに、狂暴な魔獣は出ないが、それでも魔獣として角ウサギ・猩猩・森狼・オークなどがいるし、当然肉食獣が徘徊している。そこで、護衛の冒険者が配置されているのだが。
まあ分かるだろう、薪の売り上げでこれらは賄いきれない。それを削減したいそうだ。」
一旦、ここで言葉が途切れる。それを待っていたように、一斉に怒鳴りだした。
「俺たちは、どうなる」
「仕事の補償をしてくれるのか」
「町の安全は、大丈夫なの」
「家を買ったんだ。どうやってこれから支払いすればいいんだ」
等々、各々勝手に騒ぎだした。
ドン
大きな床を棒で突いた音。
ッ
突然の音に、瞬時に静かになる。
「後ろから失礼します。先ほどもギルマスの話の通り、私たちは、森の伐採を終了するように、館から依頼されてきました。
その説明はできますが。なぜ閉鎖するのか、そのあとどうするのか、補償は、作業によって町の安全性は大丈夫なのか、などについては、説明しかねます。
直接館に問い合わせては、いかがでしょうか」
聞いていて多少イラッとしたが、みんなは静かに聞いている。
そんななか、一人だけ立ち上がった。
風体から、町の住民のようだ。
「待ってくれ、あんたは知らないだろうが。ここには、厄介なサルがいるんだ。えと・・なんて言ったけ?」
「猩猩じゃないのか」
「そうそう、そのサルだ。奴らは、森にいるサルが魔獣化したとかで、力は強いわ、サルの倍は素早いし、森の木から城壁の途中に飛び移ると、そのまま登ってくるんだぞ。
今までは、護衛の傍ら一緒に討伐してくれたんだが、それがなくなるんだろ。
これからは、町にあいつらが入ってくるんじゃないのか。
大丈夫なのか?」
「それは、私たちの依頼に関係するようですね。
そうですね、実際に見てもらいましょうか。
みなさん揃っていますので、これから城門に行きます」
「それって、森に何かしてから、それから閉ざすのか?」
「別に、門を開けて作業する必要はないのですよ。今、城門は閉まっていますね」
「ああ、まだ開けていないはずだ。そっちは、門番達の仕事だからな」
「外に出てる人がいる?とかは」
「それも門番の仕事だな。閉鎖の話しがあったから、門の前で待機していると思う」
「では、行ってみましょう」
昨日出た人は、全員戻っていた。朝から閉めた門の前で待機していたので、誰も出ていないと分かると。
作業をみたい人は、門を取り囲む。
門の前には、さっきの男に加えて6人の男達が立っていた。
「私たちには、こちら側の木を焼却するように。と依頼されました」
「おいおい。見てくれ、城壁は石だから燃えないけどもよ。門は木だぜ。どうすんだよ」
「大丈夫です。それは聞いています、私の魔術で、木を保護します。説明が分かりにくいのですが、木の表面に火を無効化する魔法をかける。と言えばわかってもらえますでしょうか」
「そんな魔法があるのか?」
「私のオリジナル魔法です。おそらく使えるのは、私だけでしょう。
では、これから作業に入ります。見学する人は、邪魔にならない様に離れて見てください」
城壁の高さは8m程、二階建ての家の高さだ。壁には厚みがあり、上部は60cm位の通路と、外側に腰までの防壁が手すりの様になっている。
上に登る階段は、各門の隣と、海に突き出た城壁の手前にある。当然、城壁と一緒に造っているので、石で出来ている。幅も60cm程、手すりなどないので、雨の日は大変すべりやすい。
ここの門は、森の管理用に造られた。その為、意匠も威厳も必要が無いと、簡素な造りになっている。
城門の高さは4.5m、幅は3mで作られ、門は内開きの観音扉となっている。本来は、もっと小さくするのだったが、当時の網元が大きさを決めたと言う。支持された門の高さは、もっと高かったらしいのだが、「支持された高さにすると上部の強度が保てない」と言われ、この寸法になったそうだ。
門には、上中下と6か所に丁番が付いていて。更に同じ高さに、腕より太い閂がはめられている。
上の閂を外す時は、階段の下が簡易の物置になっていて、そこから踏み台を出して作業する。
今日は、作業内容を聞いていたのか、踏み台が門の前に出してあった。
責任者と言われた男は、門に近づくと、胸程の高さにある閂を持ち上げ、丁番をみている。
「この丁番は、全部これと同じですか?」
扉に直接取り付けているので、分厚い分隙間があり森が見える。
「ええ、そうですが」
何を聞かれたのか、分かっていない様子の門番。
男が手を上げると、2人の男が近づく。手の平より小さい紙を6枚預ける。6か所の丁番の隙間に、差し込んでいるようだ。
その作業の最中、もう2人が同じ紙を貰うと、前の作業をまって、今度は、閂と金具の間の隙間に入れていく。
また2人が別の紙を貰い、今度は閂の隙間に入れた紙の手前に、更に入れていく。
最後なのだろう。責任者の男が、絵の描かれた大きな2枚の紙を、閂と閂の間で扉の合わさった所に貼っている。
「では始めます。終わるまで近づかないでもらいたい」
門の正面に向き、今貼った大きな紙に両手を合わせて動かない。他の男達は、その背を守るかのように半円に立って、こちらを見ていた。
北門の肉屋パーティは、男たちの後ろをついてきた。そのおかげか、最前列で見る事が出来た。
「あいつ、魔術とか言ってないか、魔法と聞き間違った?」
「いえ、確かに魔術と言っていました。彼らは、魔術師でしょう」
「魔法と魔術とか、同じじゃないのか?」
「魔法は、詠唱でイメージし、魔素を媒介にして魔力で実行するのです。魔術は、術式を書き込んだ魔法陣に、魔力を通すと魔素を媒介にして魔術が発動する。と聞いたことがあります。
たとえ同じ魔法でも、やり方が違うので別の魔法だと言われています」
「そうなんだ。じゃ。あれは、紙を差し込んで、何をやっていたんだ?」
「私は、魔術に詳しくないのでうまく説明できないのですが。
扉に貼った紙には、魔法陣が書かれているのではないでしょうか。濃く書く必要もないので、この距離だと絵にしか見えないのだと思います。
小さな紙にも、魔法陣が書いてあったのではないでしょうか。
そして、今やっているのは、魔力を魔法陣に込めているのではないでしょうか」
「その魔法陣で、何をしている?」
「これも、おそらくでしょうが。『木を保護する』と言っていました。金属と木は、同時に出来ないのでしょう。金属に耐火の魔法陣をいれ、熱くならないようにしたのだと思います。閂の隙間に入れたのは、最初が金属耐火。次が、木を保護する魔法陣ではないでしょうか。扉と閂が接触していないので、分けたのだと思います」
それを証明するように、最初なんの変化もなかったが、しだいに城門がわずかだが光り出す。心なしか、丁番と閂の金具は、赤く輝いているように見える。
それが、1分か2分続き、最後に一瞬輝くと元に戻っていった。
男が扉から手を放す、するとそこにあった紙が消えている。
「紙が消えていないか?」
「あの紙、多分ですが魔素をしみ込ませたのでしょう。魔力を通したので、魔術の媒介の一部になったと思います」
「では、これから、城壁に近い木を焼却していきます。上で見たい人は、準備が整ったら言います。ただ、こちらに近づかないでください」
7人の男たちは、城壁の脇に造られた階段に向かう。
階段は城門のそばにあり、そこから登っていく。
順番が決まっていたようで、若い男3名が最初に登り。次に責任者の男。最後に3人が昇る。
最初の3人は、そのまま東門に向かって歩く。
責任者の男は、城門の上。
最後の3人は、海の方向へと歩いていく。
城壁の上。門の真上に先ほどの男が立ち、両側に3人ずつ、男からは離れて立っている。
「では、登って来ていいです。ただ、上がっても私と彼の間で見るだけにしてください。くれぐれも、私たちに近づかない様に、集中していますので、押されれば城壁から落ちてしまいます」
まだ朝露が残っている。
登ったのは、パーティの男4名、責任を感じたのか、次にギルマス、顔見知りの冒険者が5名。10名が注意しながら登っていく。
「私は、『この門の周囲を重点的に広くして欲しい』との依頼でしたので、ここで作業をします。彼らは、左右に分かれて、今より幅広くなるように焼却していきます。安全に作業をしていきますので、絶対に私たちに近寄らないでください。では、始めます」
責任者の男から50m程離れて、両側に別の男が立つ、更に離れていく男達。その距離が、彼らの作業範囲のようだ。
さすがに城壁の上に登る人は、もういないようだ。下から見ていても、見えないだろうと大部分は帰っていった。
城壁の上に登ったパーティは、最初に登っていたので、責任者の男に近づくが邪魔にならない程に離れていた。
男は、腰の杖を抜き、杖頭に赤い魔石を取り付ける。
杖の中程を持ち、頭上にかざすと、空中の一点を睨んでいる。
数秒後、城門の斜め前の上空に、赤い魔法陣が浮かび上がる。
次第に鮮明になっていく魔法陣。
大きさは、直径50m程。円の中心は、門から22m程離れているので、門も範囲にはいるようだ。
今までの広場は、直径で40m程だったので、一回り広くなるだろう。
1分位で、安定すると、火の雨を降らせた。
雨は、森の木には重点的に、広場の草地には散発的に降っている。
すぐ近くを落ちているのだが、熱く感じない。
男にも降り注いでいるが、熱い雨を浴びている様子は無い。
「不思議だ。ほぼ目の前だぞ、なぜ熱くない」
「あいつは、自分の魔術で燃えない様に、対策しているからだろうけど。それより、雨の落ちた先を見てみろ」
「ん・・・あれは雨じゃない。もっと別のだ」
「火の矢と呼べば、しっくりくるな。無差別に降っていない、範囲の木の根元に刺さってる。太い木には幾本も、細い木は数本だけ刺さっている」
「でも、燃えてはいないぞ」
「多分、刺さった奥で、燃えているみたいだな」
「そんな事、出来るのか?」
「さあね、おれも初めて見るんだ。そうじゃないかと思ったのさ」
そういう声は聞こえないのか、男は地面を注視していた。
作業の確認が終わったのか、数分で火の雨は終わってしまう。
実際、木の根元部分が焦げているので、火の雨の範囲は見ればわかる。
男の雨が終わると、両側の男達が動き出す。
男が、杖をふり上げ上空をにらむ。
今度現れたのは、四角い魔法陣。
奥に12m程、幅は17mだろうか。
こちらも、城壁と森は10m程離れていた。
すこし森が遠ざかるのか、これなら猩々でも飛びあがれないだろう。
先ほどの男と同じ魔術だろう、赤い雨が降り注ぐ。
これも木は燃えあがらず、根元の太さに応じて矢が刺さっていく。
城壁との間にも振っているが、たいした量ではない。
城門前では、定尺に切った木を旋回させて、門の中に入れる。その為に広場は半円形になっていた。
森の中での作業は、危険を伴う、出来るだけ簡素にして安全を優先した結果なのだが、今後伐採しないなら、なぜ広くする必要があるのだろうか。
最初の男は○の魔法陣、次が□となれば、そこには隙間が発生する。
森側に2~3本、低木が残っている。その場所に、小さな魔法陣を出すと、雨を降らせ倒していく。
城壁側にも隙間があるが、通路になっているので、作業で踏み固められている。それでも城壁の下には、1本の低木が立っている。
この低木は、今立っている城壁の下にあるので良く見える。
そこにも小さな魔法陣を作り、雨を降らす。数滴落ちると、根元が燃え尽きたのかポロッと倒れてしまう。その木には、根の皮が幾分ついているようだが、根と言えるものはついていなかった。
隣で作業する男は、自分の範囲であろう50mを、3回の雨で終了すると、奥の男達が終わるのを待っている。3人が終了すると、そろって移動をはじめ、次の位置での作業を始めていた。
東門方面も同様な進み具合だが、こちらは3回なのに比べて、まだ未熟なのか4回で引き継いでいるようだ。
責任者の男は、こちらを向き。
「下で質問を受けましょう。ただ、知っていても守秘義務がありますので、言えない事もあると覚えておいてください」
下での質問は、火の雨で森が燃えないのか?
※あれは、赤い魔力が見えているので、雨は熱くありません。
雨は、根の部分に浸透し高温になり発火します。
根だけを、燃やすのです。
では、木の門は大丈夫なのだな?
※先ほど見たように、魔術で保護しておきました。
雨で燃える事は、ありません。
あんなに魔術を使ったら、魔力が切れないのか?
※体内の魔力は、この魔石を操作するだけなので、ほとんど使いません。
杖に魔法陣がいくつか仕込んであるので、どれを使うか、何処に出すのか、大きさは、何処に魔術を当てるのか、そんな支持を魔石に送るのです。
今回、根を燃やしたのは分かった。でも、木はまだ立っているのだが?
この質問の答えるかの様にに、メキメキ、ズドーン、大きな木が倒れる音がした。
冒険者の一人が、急いで城壁を登る。
その間にも、幾本の木が倒れる音がする。
「見えるか?今、どうなっている?」
「雨に当たった木が、倒れています。大きな木も、小さな木もこちら向きに重なっている様です」
「こちら側?全部か?」
「そのようです。見える範囲は、全部城壁側に倒れています」
男は、これからについて説明を始めた。
「これから一晩、水の魔術師で監視しておきます。万が一、発火した時に対応する為です。
それと、明日から当分の間、倒れた木を焼却処分します。
それと、土も焼却しています。当分、草木は生えないでしょう」
明日また来ると言って、男は帰って行った。
城壁での作業は、まだ続いている。
こちらも当分の間、作業が続くのだろう。
次の日、男達は城門前に集まっていた。
見慣れない男達がいる、それらが円になって話し合っているようだ。
昨日の報告と今日の作業の確認をしているのだろう。
話し合いが終わったようで、男たちは解散しそれぞれに移動を始める。
昨日の男6人は、城壁に登っていく、昨日の続きだろう。
疲れた様子の男4名は、水の魔術師だろうか、男に挨拶をすると町へ帰って行った。
残ったのは、やや高齢の男6名と責任者の男。
今日も見に来たのは、俺たち5名と、ギルドからギルマス・サブマス・職員が4名、冒険者達が8名、町の店主や住民が20名程。
「おはようございます。
昨日はこちらの指示に従ってもらい感謝します。今日もこちらの邪魔をしないようにしてください。
今日は、東門から3人、海側から3人が入って、両側から焼却します。
それと、私たちの作業ですが、昨日倒れた木を処分します。
やり方は昨日と同じです。
火の雨を降らせて、内部を高温にして組織を破壊します。
一応、人体に影響が無いように作ってありますが、完全だという保証はありません。
くれぐれも、火の雨の範囲に入らない様にしてください」
そう言い残して、城壁へと登っていく。
今日は、乾燥した階段だったので、全員で登っていく。
昨日登ってこなかった彼女は、色々質問していたが、あの顔。
満足した答えでは無いようだ。
さて、男達の作業は、昨日とほぼ同じ。
昨日は、雨が根元に集中していたが、今日は木の幹にそうように降り注いでいる。
重なって倒れている木は、上だけ処理している。
おそらく、後日またやるのだろう。
これ以上見る物もないだろうと、下へ降りていく。
現実に、門が閉鎖された。
今後どうするか、問題は差し迫っていた。




