ガミリア共和国 第26話 ここは戦場です (ナバリア薬屋の衰退と神の弟子)
5月2日。夕方、尻が痛いので前かがみになって、ギルドから依頼料を貰い宿に向かう。
カウンターから鍵を貰おうとすると、宿の主人から荷物を渡された。
相方が宿を解約したので、荷物を預かっていたとの事。相方が、宿賃は保管料に充ててくれと言っていたので、これで宿代は無くなった・・納得できないが、尻が痛い状態では、文句を言う気力もない。
あきらめて、相方の居場所を聞くと薬師ギルドを教えてくれた。
暗くなってきたが、ギルドは開いていた。
「その人でしたら・・」
別の場所に行ったと言う。仕方がないので、暗い中言われた場所を目指す。
「おぉ、きし様のご帰還だ」
満面の笑顔で、兄さんが迎えてくれた。その後ろから姉さん。
意外な再開に、驚く暇も無く。
「悪いな、飯はもうないぞ。夜の屋台でいいなら・・」
と、こんな調子。
「おまえ、勝手に宿を解約しただろ・・」
途中で、邪魔された。
「それな、おれが路銀ないの知ってて、自分の分だけ払って出て行っただろう。どんだけ心細かったか、わかるか。あれしか方法がなかったのさ」
「・・・そうか、それは悪かった」
「で、これから一緒に寝るんだろ。寝る場所を作るから、飯食ってこい」
兄さん達の飯は?と聞くと、近所のおばさんがここで作ってくれると言う。食堂は使えないので、隣の部屋に持って行って食べているとか。尻が痛くて、飯も食えないというと、笑いながら部屋へと案内された。
今日は、ここまでとなって、偏屈さんと姉さんは帰って行った。
翌朝、店の前に人盛りが出来ている。
「すみません、通してください」
店の脇を抜け工房に行こうとすると、店から偏屈薬師と兄さん・きしがそろって出てくる。
「これでそろいました、店に入ってください」
なに?聞こうとするが、そんな雰囲気ではないな、と姉さん
「昨日ギルドから説明されたと思いますが、郊外の村一帯がアポ中毒になっています。
その治療薬を開発したので、手伝ってほしいのです」
「薬師の資格、または薬を調合した人は?」
1名いた。偏屈さんの知り合いのようだ。
「薬師の補助、または手伝いで調合補助の経験者は?」
6名いた。ここにも偏屈さんの知り合いがいたようだ。
「薬調合を急ぐため、それ以外の家事や工房の雑務をする時間がない。残った人は、これをやってもらうということでいいですね」
残ったのは女6名と男2名。家事や工房の雑務をしてくれることになった。
兄さんに、こんなになぜ居るのかと聞くと。
「昨日、ギルドに安全性を検証してもらったのです。その後に今後を交渉してきました。今後必要な人材や素材、試薬、スライム溶液を依頼したのです。
その場にいた職員にお願いして、知り合いや友人に説明して手伝いを集めてもらいました。」
この給金とそれにかかる費用は、一時偏屈さんが立て替えるという。もっとも支払いはギルドからだが、それは偏屈さんの持ち金から支払うという事らしい。
もし、ギルドが負担した場合、前例を作ってしまって、以後もギルド負担になるのを回避したいそうだ。ただ、この工房の賃貸については、ギルドで責任をもつと言っていた。
工房の大掃除が始まった。移動できる家具と器具を出し、床や壁の穴を補修したり、ドアの鍵の代わりに、棒を横に固定できるように改造。無理に押しても、棒か取り付け金具を壊さない限り入れない。
それと並行して、寝具を干したり、工房と店・部屋の掃除、棚から物を出して種類毎に入れなおすなど、その日は一日かかってしまった。
偏屈さん達の朝飯は、屋台から姉さんが買ってきた。夜は、掃除が終わったらみんなで行くことになった。なお、町の人に昼食の習慣は無い。重労働をする者は、体力維持の為食事をする事もある。
「では、明日から薬造りを始めます。みなさんよろしくお願いします」
翌日、偏屈さんは、工房に薬師2人と助手6人の前で、壁に大きく貼りだされたレシピ通りに説明していく。
場所は、店を半分にした位置、工房の隣になる。
「最初は、アポの茎の細粉化から始める。工房から粉砕をする魔道具(細粉機)を持ってきた。使い方はこう・・・・これで茎の細粉が出来る。ただ、茎だけだと素材の量が足りないので、茎一束が終わったら、この葉一束を細粉する。葉の場合の操作は、こうする・・・・これを交互にやってくれ。
次に、それぞれの細分を同じ重さになるようにして、この大釜に入れる。この攪拌をする魔道具(攪拌機)で・・・・」
説明は、続き。「出来たアポ細粉をこの容器に入れてくれ。この作業は、助手1名にやってもらう。容器は工房のこの場所に」
次に食堂。窓とドアを全開にしてあるが、廊下は閉めてある。
「ここでは、スライム溶液を作る。ここでは、吸うと危険な気体が出来る。湯気や泡からでる気体を吸い込むと、体調を悪くする。ここに入る時は、必ずこのマスクをする事。マスクは、この棚に常にあるので常時つけてください。古くなったら遠慮しないで、交換するようにする事。無くなる前に配達に来たギルドの人に言えば、次の配達に持ってきてもらえるので、忘れずに注文するように。
では、溶液の説明を始める。
毎日、薬師ギルドから未処理のスライム溶液が届く。置き場所は、外のドアの脇。板で置き場を作った所においてもらう。
スライム溶液を、この陶器の深皿に移し替える。目印を書いておいたので、ここまで入れてもらう。
ここに、アポの細粉をいれ、攪拌して溶解させる。入れる量は、レシピ通りに入れる事。
前は、茎に魔素を移動させる効果があると思っていたのだが、茎を溶かして不純物を取り除いた液体も、同じ効果を示した。茎ではなく、茎を構成する物質に効果があるのだろう。
次にこの粉を入れる。これはギルドでも売っているスライムの溶解を中和する粉。スライム溶液の溶解力は、一定ではない。個体差が大きいので、量は後で調整する必要がある。これも、無くなる前に注文してください。
入れる量の目安は、レシピに書いてあるので参考にしてください。それをこの状態まで攪拌する。
不純物の入った原液となるのだが、ここで、この試験紙で濃度をチェックする。無色にしたいだろうが、そうするとスライムの溶解作用が無効化されるので、この薄く茶色になるように、アポ・スライム混合液か中和の粉を補充してもらう。
出来たのが、これになる。
ここまでを、薬師1名と助手2名でやってもらいます。」
場所は移って、工房。
「次にこちら。治療薬の原液を作る作業になる。
これが濾過前の原液。この原液には溶解作用も残っているので、何度か濾過の魔道具(濾過器)の網を通す、間隔を変えた網はこれだけあるが、不純物の量や粘度に応じて変えてほしい。
これが最終前の状態、ここまで濾過したら、最後の濾過紙を使い不純物を取り除く、この透明なスライム菅に入れ、透明度を検査する。
かなり濾過部分の損耗が早いだろう。気づいたらすぐに交換して欲しい。
濾過後は、容器に入れる前に、最終チェックをする、試験紙の色はこれ。薬の品質に関わるので、厳守する事。
そのあと、この容器に原液とこの液体を入れ、この攪拌機で混ぜる。これはさつま芋から抽出した甘未成分になる。これは、スライム溶液と一緒にギルドから届けられる。ギルドから薬師工房に委託して、作ってもらったものだ。
これを、この容器にいれておく。保管場所は、ここ。
ここは、薬師1名と助手1名でやってもらう。
それぞれの持ち場は、最初固定しないでそれぞれが交代でやってもらいます。希望の作業があれば話し合いで持ち場を決めていこうと思っています」
店半分、表通りに面した部分に移動する。家事と雑務担当が集まっていた。
「作業の説明をします。家事と雑務担当の皆さんなのですが、それが終わるか空き時間に、ここで作業をしてもらいます。
なお、朝の食事は各自自宅で取って来てください。夜は遅くなると思いますので、作業終了後にみんなで屋台に行きます。(偏屈さん達の朝食は、おばさんが持って来てくれるそうだ)
家事としては、作業に伴って作業着が、毎日かなり汚れます。これが作業着です、説明が終わったら全員に支給します。汚れた作業着を、毎日交換してもらいます、それを洗濯してください。なお、破れたりほつれたりした作業着は、破棄してください。
この棚にサイズ毎に入っていますので、破棄した場合は代わりを出してください。残りすくなくなったら、配達の人に注文すると翌日もってきてもらえます。
作業に伴い、それぞれの部屋から大量のゴミが出ます。それを、この箱と容器に入れて外に出しておきます。(ゴミは、スライム処理工房でスライムの餌にしてもらう事ができた。スライム溶液の代わりに与えるという)
掃除は、各担当が行いますが、机の上、魔道具の清掃で手一杯になるはずです。毎日定刻に、作業を中断して休憩します。その間に部屋の清掃をしてください。
その他の雑務は、そのつど話をします。以上、ここまでが家事・雑務になります。
次に、ここでの作業です。自分の作業が終わったり、空き時間が出来た人に作業をしてもらいます。
薬の原液を、この大鍋にここまで入れます。そのあと水をここまで入れます。この機械で攪拌後、水面が落ち着いたら、この試験紙を付けます。するとこの色に変わります。これで正常ですが、もし薄かったり濃かった場合は、言ってください。濃度調整を行います。
完成したら、この瓶に入れます。この受け皿の上で行ってください。いれる量は、ここまで。
もし、おおく入れたら、その分を別容器にいれてください。受け皿にこぼした分も別容器にいれてもらえればいいです。
いれ終わった容器は、こちらの木箱に入れて、ここに積み置きします。
ここに助手2名が入ってください。最後の濃度検査は、人命にかかわりますので、十分注意してください。
異変に気付いた時や色の調整が分からない場合は、言って下さい」
説明の終わりを待っていたのだろう、スライム溶液を持ってきた配達員が、箱に入った作業着を持ってくる。サンプルに持ってきた作業着を返し、箱からそれぞれに配り、残りを棚にいれる。少ないサイズを注文すると、配達員は帰って行った。
偏屈さんは、作業場を行ったり来たりして、作業の説明や試験紙の色のチェック、遅れ気味の作業手伝いと、かなり忙しく動いていた。
次第に、慌ただしくなり、戦場と化していく。時間との戦いの中、7000本のアポの解毒薬が作られていく。
ナバリア薬屋の衰退と神の弟子
小さな漁村から大きな港湾都市に変貌していく過程で、薬屋も変わっていく。
その薬屋は、町の一角にある普通の店だった。薬師かギルドから薬を購入して、店で売っていた。
一人娘に薬師の旦那さんが婿にきてくれた。幸せだったのも、ここまでだった。
近くに大手の薬屋が、営業店を作った。薬師は、いない。大きな支店があり、そこで各営業店に卸していた。営業店と言っても、店の面積は大きい。各種の薬が、所狭しとならんでいた。
従来の薬屋は、売れる薬は常備しているが、あまり売れない薬は作っていない。
そこに客がきて、薬が無いとなると、痛め止めを与え明日来るように伝える。ギルドから素材を買ってきて調合するのだ。
大手の営業店にいけば、大概の薬が手に入る。なくても、朝なら夕方、夕方なら朝と、今までの薬屋より早く手に入る。
急激に客足が減っていく。でも、古くからのお得意さんがいる、食うに困らないだけの売上があったが・・・
薬師の神から弟子離れを許された二人が、湾岸都市にやって来た。
その一人が、少し離れた場所に工房と店を構えた。
ここで、薬屋をあきらめる事にした。実際、大手の営業店も黒字と赤字を繰り返していた。
対策として、営業店を支店扱いとして工房を造り、薬師を常駐させたが、思うような利益は出なかったようだ。
店をやめると、食うあてに困る。職探しをするのだが、大手の営業店が各地にできていた。その従業員は、現地採用だが、薬師は大手が自社で育てた薬師を使っていた。
ギルドに行くと、薬師もその助手も職に付けず余っていた。仕方なく、その日暮らしの重労働を始める。辛い肉体労働は、体にこたえ、疲労が蓄積される。
一人娘が妻となり、夫の手伝いで助手の仕事も覚えてた頃、相次いで両親が亡くなった。さらに、大手の営業店ができ、売り上げが落ちていく中。決定的な事が伝わる。神の弟子が、近くに工房と店を始めると言う。決断は、早かった。まだ子供はいない、それなら借金が無い今なら、店を廃業出来る。
妻も職探しを始める。薬師助手の職は無い、自分に出来るのは家事位だろう。家事ギルドに登録して斡旋してもらう。
紹介されたのが、神の弟子の工房。一人で悩んだ、夫に話せば反対されるだろう。しかし、給金は良かった、近所の通いなら夫の面倒も見れると、黙ってギルドに返事をする。
集まったのは、近所のおばさん2名と自分。仕事は、工房と店・自宅の掃除洗濯。食事は、時間が不摂生で食べたり食べなかったり、作る必要はないと言われた。
2名が家事をこなし、1名は休みというサイクルで回っていた。
問題は、店主の偏食。食う、食わない、作るのだが同じ物しか作れない、屋台に行き食事にする。あまりに偏食が酷いので、家事をやっている3人が、交代で弁当を作る事になった。十分な給金をもらっていたので、最初はいらないと言っていたのだけど、バスケットにお金が入っていた。
相談の結果、もらったお金は、返金しないでおこうとなった。
そこに異変が起きる。弟子仲間がやってきて、何やら始める。工房への立ち入りが禁止された。
アポ中毒が、公表され神の弟子の信用が一気に無くなる。
家事に来ていたおばさん達は、それを機会にやめて行った。
他に行く当てもない妻は、そのまま家事を行っていた。給金は、大幅に増えたが、休まないでいれば、自分も倒れると、6日~8日の間に1日休みをもらっていた。
ある日、夫が熱を出して寝込んでしまった。慣れない重労働の疲労がたまり、熱を出したのだろうと看病するが、一向に良くならない。
次の日、休みをもらい解熱剤を買って、看病するが良くならない。それが、二日続いた。これ以上迷惑は掛けられないと、店主にやめると言うと。
事情を聴かれ、さらに、夫の病症を聞かれると自分でわかる範囲ですがと断りながらも、一生懸命説明した。説明しながら、改めてわかった、自分ではどうしようもなく、夫の病症は進んでいると。
次の日、看病疲れだろう、夫のベッドに伏して寝ていると、玄関をノックする音が聞こえた。
神の弟子。その名に嘘はなかった、薬を与えると夫の熱はみるみる下がっていく。神と巡り会えた神の弟子に感謝をささげ、動ける様になった夫の看病を続けていた。
大分良くなった夫に、工房で家事の仕事をしていると打ち明けると、夫は知っていた。別に隠す事ではないだろうと言われ、逆に恥ずかしくなった。
すっかり良くなった夫は、重労働をやめ、ギルドの手伝いや今では”偏屈”と有名になった工房の手伝いをやっていた。夫の給金はあてにできない、工房に今後も勤めれば夫を支えていけるだろう。




