流行り神
「――感染性の怪異って多いよねぇ」
不幸の手紙とか、洒落怖のリンフォンとかね。
指折り数えながら、義兄が僕に温かいお茶を出してくれる。
腕をひかれてリビングへ連れてこられたあと、僕は事情をすべて説明させられた。
SNSで教えてもらった、「くろいくねくね」。
トレンドに上がった画像を確認して、それから見え始めた「黒い人影」。
「昔からそういうの、多かったんだよ。代表的なのが――『流行り神』」
「ハヤリガミ?」
「そう、口伝とかでね、噂を聞くでしょ。そうしたら、今度はその噂を聞いた人のもとに現れる」
――似ている。今の状況と。
「昔呪いのビデオとか映画で流行ったけどさあ、今じゃ『呪いの配信』だよね」
「かつては言葉伝いでなければ移動しなかった怪異が、SNSの認知速度で移動している……?」
そうそう、と義兄は軽く頷いた。
「テクテク歩いて移動してた怪異が、いまや電波の乗ってバビューン、的なね」
言いながら、義兄は自分の分として淹れたお茶をずずずっと音を立ててすすった。
「いやぁ、『渡り歩く』怪異にとって最高の環境だよねぇ、SNSって。あっはっは」
「……笑い事じゃない気がします」
言いながらも、義兄のあっけらかんとした笑い声に、どこか救われている自分がいる。
「つまり、『くろいくねくね』は流行り神がSNSに乗って拡散している状況だ、と」
「そう、それにネーミングで使われた『くねくね』のイメージが乗っかっちゃった。こういうのなんて言うんだっけ。ミックス? ハイブリッド?」
「い、いやすぎる、そんなハイブリッド」
うめきながら、僕は頭を抱えた。
それは義兄の言葉に呆れたからというより、ふと、「流行り神〜現代のSNSと感染する怪異」というタイトルが思い浮かび、そのあまりの「ありがちさ」に呆れている自分に気づいたからだった。
そんなことを考えている余裕など、ないはずなのに。
部屋に、いる。あれが。
あれは、僕が「認知した」以上ずっとそこにいる。
そして、僕は知っている。
昔からある「不幸の手紙」や「リンフォン」の共通点。
なぜ、誰かを不幸にすると分かっていても、人は呪いを拡散させるのか。
「……さて」
ぽつり、と義兄が呟く。
「はるちゃん、――今度の引越し先はどこだと思う?」
思わず、立ち上がった。
「義兄さん、それ――本気で言ってますか?」
喉が震えて、言葉がうまく出てこない。
義兄は何でもないことのように、肩をすくめて答えてくる。
「ん、本気だよ?」
あまりに軽薄な声色に、ゾッと背筋が凍る。立ち尽くす僕の肩を叩いて座らせて、義兄は僕を覗き込んできた。
「相手に『流行り神』が憑くと知っていながら、なぜ人は噂を他人に話して聞かせるのか。
馬鹿らしいなんて言いながら、『不幸の手紙』を定められた人数に同じ内容で出してしまうのはなぜか。
――わかるよね、はるちゃん」
黙って下を向く。けれどその後に続く沈黙が、まるで義兄が僕の言葉を待っているように重くのしかかった。
僕は乾く口の中をなんとか舌で湿らせながら、小さな声で呟く。
「……厄の、押し付け」
「そう。感染感染というけれど、これは厳密には『感染』じゃない。『呪いの移動』なんだよ」
……わかっている。わかっているけれど。
「でも、だからって――」
僕のためらいを見た義兄は、僕の肩を掴んだまま、静かに続ける。
「はるちゃん、以前も言ったよね。はるちゃんは自分が無事でいられる道を選びなさい。
君が見た『くろいくねくね』がどういう存在なのかわからないけれど、それが安全な存在であるという保証はどこにもない。
君は認知した。だからあれが『引越し』てきた。他の人が認知すれば、あれは『引越し』ていく。
君が『書く』ことで君が助かるのなら、君はそうしていいんだ。他の人は他の人でどうにかする。君はもっと自己本位になりなさい」




