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1章 灯り⑨あの日より少しだけ

成功率一割の人体改造手術“バイオリモデル”を受けるため、カタリーナは0番研究室へ向かう。迷うリヒトをよそに、彼女は自らの意思で実験へ臨んだ。しかし実験直後、カタリーナは目を覚まさなくなってしまう。絶望するリヒトは、瑠璃色の石を通して謎の記憶を垣間見る。そこに映っていたのは、“空色の瞳”を持つ女性の最期だった。そして激しい頭痛に襲われる中、眠っていたカタリーナが目を覚ます。検査の結果、彼女の身体にはリヒトと同じ超高濃度のバルムエネルギーが流れていることが判明。こうしてカタリーナは正式にオベリア部隊へ加入し、リヒトの新たな日常が始まろうとしていた。

 カタリーナがバイオリモデルを受けてから三ヶ月が経過した頃。吸い込まれそうな青空の下、オベリア基地の脇にある訓練場では乾いた音が心地よく響いていた。リヒトとカタリーナが木刀で打ち合っている。陽光を受けて桃色の髪がふわりと揺れ、その隙を縫うように黒髪の影が鋭く踏み込む。最初はぎこちなかったカタリーナの動きも今では見違えるほど滑らかになっていた。


 同じ時間に訓練を始めたローザとプラウドは先に木陰へ腰を下ろし、涼しい風を受けながらその様子を眺めていた。


「いいね。リヒトの動きも良くなってる。指導役に選んで正解だったよ」


 プラウドが口元に薄く笑みを浮かべた。そんな中、胡坐を掻いているローザは腕を組み、凛とした目を細める。首を傾げて、覗き込むように二人の動きを追っていた。


「指導するから動きが良くなるものなのか……。私にはさっぱりわからん」

「君は感覚派だからね。リヒトは頭で考えたことを、動きにするタイプなのさ。だから教えることで思考を整理できるってわけ」


 ローザは目を閉じ、自分のやりたい動きを考えてみた。しかし何も思いつかない。戦いはその場の相手に合わせ、反応するものだ。考えるほど頭がこんがらがる。やがてローザは唸りながら頭をぐるぐる回し始めた。プラウドの押し殺した笑い声が聞こえる。


「やめなよ。君はあれこれ考えるよりも、素直に動いた方が向いてるって」

「……昔マルクスにも似たようなことを言われたな」


 ローザの声色が少し柔らかくなった。彼女は雲一つない青空を見上げた。どこまでも高く、果てが見えない。時折、自分だけが取り残されている気がした。木刀がぶつかり合う音が乾いた風に混じる。真面目に訓練を続ける二人を見ているとローザの胸から力が抜けていく。リヒトが以前より、少しだけ人間らしい顔をするようになっていた。


 同時に胸の奥が小さく痛む。もしあの時、カタリーナが目を覚まさなかったら。もし自分の判断で誰かの命を奪っていたら。隊長として責任を取れたのだろうか。ローザは膝を抱えた。


「私は……。マルクスの代わりをちゃんと務められているだろうか」


 膝を抱えたまま、小さく体を揺らした。すると隣から堪えきれないような笑い声が聞こえてきた。


「なぜ笑う!これでも私は真剣に悩んでいるんだぞ」

「いや~ごめんごめん。たまにそうやって落ち込むところは昔から変わらないんだね。久しぶりに見たよ」


 細く切れ長な目を横へ伸ばして笑うプラウドをローザは眉間に皺を寄せ、じろりと睨む。お前こそなんでもそつなくこなすところとか、昔から変わってないじゃないか……。


「君は君らしくいればいいと思う。だからこそ僕たちはオベリアの隊長にローザを指名したんだ。……僕やディノスではだめなんだ」


 いつも薄ら笑みを浮かべているプラウドだが、今だけはどこか遠くを見るような顔をしていた。 ローザは小さく鼻を鳴らす。柄にもなく色々考えていたせいか、無性に身体を動かしたくなってきた。ローザは弾かれたように勢いよく立ち上がり、大きく腰を伸ばした。


「私らしくっていうのがどういうことかよくわからん!だからもし私が間違えそうになったらお前が止めてくれ!」


 そう言って弾けるような笑みを向ける。その笑顔を見たプラウドは、一瞬だけ拍子抜けしたような顔をした後、静かに口元へ弧を描いた。


「よし!景気づけに私があいつらに戦いってやつを教えてやろう!お~い!二人とも!私が相手だ!覚悟しろよ!」


 ローザは木刀で肩を叩きながら歩いていく。吹き抜ける風が深紅の髪を軽やかに揺らし、口元には力強い笑みが浮かんでいた。



 体中に鈍い痛みを覚えたリヒトはカタリーナと共に木陰で休んでいた。木々の隙間から差し込む陽光が地面へまだら模様を落としている。汗ばんだ肌を撫でる風が心地いい。視線の先ではローザとプラウドが激しく木刀を打ち合わせていた。つい先ほど颯爽と乱入してきたローザに、リヒトとカタリーナは二人掛かりで挑んだのだが見事に返り討ちにされた。


 しかも息を上げたローザはようやく身体が温まってきたと言わんばかりに「まだまだいけるぞ!」と目を輝かせ始めたため、プラウドが割って入り相手を交代したのである。


 木刀を軽快に打ち鳴らしながら笑みを浮かべるローザを見てリヒトは小さく息をついた。相変わらず隊長は……。呆れ半分にぼそりと口を開く。


「化け物かよ」


 その瞬間。遠くで打ち合っていたローザの首がゆっくりこちらへ向いた。深海のようなロイヤルブルーの瞳が怪しく光っている。なぜ聞こえた。リヒトはぎゅっと口を閉ざし、そのまま何事もなかったように視線を逸らした。隣からカタリーナの控えめな笑い声が聞こえてくる。


 穏やかな風が二人の間を通り抜けていく。そんな空気の中、リヒトはぼんやりとローザと打ち合うプラウドの姿を眺めていた。リヒトはオベリアへ加入した時からずっとプラウドに訓練をつけてもらっていた。なぜ副隊長である彼が自分みたいな新人にそこまで付き合ってくれたのか今でもよく分からない。記憶がないあの頃のリヒトにとって彼に叩きのめされたことは初めて感じた屈辱だった。だから必死に食らいついた。長い間プラウドと訓練を重ねてきたが、本気で戦えば負け越すだろう。プラウドは別格に強い。時々本当に人間なのか疑わしくなる。それを相手にするローザもまた人間の域を超えている気もする。


 そんなことを考えていると跳ねるような軽快な足音が近づいてくる。またか……。リヒトは心の中で呟いた。


「ねぇねぇ。もう訓練終わり?」


 喉を撫でるような甘い声と共にウルスラが二人の間からぬっと顔を出す。焦茶色のツインテールがぴょこぴょこ揺れていた。リヒトが隣のカタリーナを見るとなぜか彼女は空を見上げている。目が合わない。こいつら……。小さなため息をついた後、リヒトは腕を組み、握った手を口元へ当てた。詰めすぎても今後に響くか……。


 身体を反るように後ろに手を着く。柔らかな草木の感触。一定のリズムで吹き抜ける涼風が疲れた身体にじんわり染み込んでいく。


「今日は終わりにするか」


 リヒトの口からその言葉が零れた瞬間。パンッ!と小気味いい拍手が響いた。目を向けると、ウルスラとカタリーナが二人揃ってすっとぼけた顔をしている。リヒトは小さく鼻から息を抜いた。


「じゃあリヒトも出かける準備して!」


 ウルスラが勢いよく詰め寄ってきた。ここ最近なぜか訓練終わりに三人で街へ行くのが習慣になっている。リヒトからすれば街へ行っても住人からは白い目で見られるだけで、特に行きたい場所もなかった。


「俺はいいから行ってこい」

「いやだ~!リヒトも来て!」


 ウルスラはリヒトの肩を掴み、これでもかというほど激しく揺さぶり始めた。リヒトの頭がぐわんぐわん揺れる。


 リヒトが真顔のまま揺らされ続け、さてどうやってこの場を切り抜けるか考え始めたその時、不意に影が差した。


 顔を上げるとローザが立っていた。軽く息が上がっており、深紅の長い髪は汗で束になっている。ロイヤルブルーの瞳が獲物を見つけた獣のようにぎらついていた。


「どうだリヒト!まだ体力があるなら手合わせしないか!あれはもうくたばってしまってな!今日の私は強いぞ!さぁ!どうだ!」


 彼女の後ろを覗くと、地面の上で大の字になったプラウドがひらひら手を振っていた。


 リヒトがゆらりと立ち上がる。そして彼女の輝く瞳を真っ直ぐ見つめた。無言の時間が流れる。


 次の瞬間。リヒトはくるりと方向転換し、ウルスラとカタリーナの背中を押した。リヒトたちはそのまま基地へ向かって歩き出した。

 背後でローザが何か叫んでいたが、リヒトは無視したまま歩調を少し速めた。

読んでくださりありがとうございます。

ローザを無視するリヒトがいい味出しています。危機回避能力に長けてますね。

次回、お出かけ。リヒトが訓練より疲れる事態に見舞われます。個人的に好きなシーンです。


感想や評価をいただけると、今後の執筆の励みになります。よろしくお願いいたします。白モン

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