最終章 百万回と一回目⑧神骸の産声
リヒトの纏う輝きは重たい雲で陰った地上を優しく照らし、その光に触れたものは癒されていく。呼応するようにバルムセイバーの刃も柔らかみのある暖色へと姿を変えていた。リヒトが一度刃を振るうと、その光が宙を舞い、オルフェニアが手を伸ばしかけ、その手を下ろす。。まるでその輝きを無意識に求めてしまうかのように。
「貴様だけは。この世から一片の残してやらんぞ!」
悲鳴に似た怒号を浴びせるオルフェニアの姿を見て、リヒトは低く構える。直後。オルフェニアがリヒトに両手を翳した。掌が金色に瞬くと、身体が引き寄せられる。が、リヒトは踏みとどまった。何百年もそこに聳え立つ大木の如く、地面に根を張るようにそこから微動だにしない。
大きく顔を歪めたオルフェニアが痺れを切らしたように飛び出した。白い翼を羽ばたかせ、超高速で低空を飛行。リヒトの周囲の大きく飛び回り、戦闘機の如く光の玉を浴びせる。それが地面に無数の穴を開けて襲いかかる。が、リヒトの顔に恐れはない。短く息を吐き、迫り来る光弾を全て空へ弾き返す。灰色の空に花火が打ち上がるように破裂。
オルフェニアが急旋回。金色の剣を握りしめ、リヒトに迫り来る。
「お前が選ばれるわけがない!」
オルフェニアは雄叫びを上げ、リヒトに向かって剣を振り下ろした。衝突。一瞬の瞬き。獣の形相をしたオルフェニアの攻撃を受け止めたリヒトはじっと見つめる。互いの刃を、力の限り押し込む鍔迫り合い。徐々にリヒトの刃がオルフェニアを押し込んでいき、弾き返した。隙。リヒトは止めず、刃を振るった。相手の動きを先読みし、空いた箇所に刃を滑り込ませる。反撃を予測し、躱す。オベリア部隊で培った剣術を駆使し、凄まじい連撃を繰り出す。顔を歪めたオルフェニアが再び空中に羽ばたいた。
リヒトは微かに乱れた息を整えながら、目を細めた。オルフェニアの身体の傷が再生していない。幾度となく傷つけても再生した奴の身体が修復を拒むように、傷口が痙攣している。
睨み合う二人の間を、一時の静寂が流れるこの地に風が吹いた。リヒトはバルムセイバーを構える。
リヒトの動きに呼応するようにオルフェニアが天に向かって両手を掲げた。最初に現れたのは遠い星のような光。それが少しずつ細長い形を作り、蛇のように蠢き、球状に纏まった。
「この地ごと吹き飛ばしてくれるわ!」
オルフェニアが地上のリヒトに向かって手を翳した。凄まじいエネルギーの波動がリヒトに向かって伸びていく。リヒトは真っ向から受け止めた。目を瞑ってしまいそうな光と力を抜けば潰されそうなほど重い攻撃。髪が激しくはためき、身体の節々が軋む。それでも引くことは許されない。リヒトとオルフェニア。互いに雄叫びを上げ、ぶつかり合う。そして、リヒトが飛んだ。金色の光を切り裂き、奴の元へ一直線に。音が遅れるほど、一瞬だった。
リヒトの目の前には狼狽えたオルフェニアの姿。
「終わりだ」
リヒトが呟き、一閃。オレンジ色の刃がオルフェニアの身体を袈裟に斬る。一筋の光が音を消し、奴の身体を切り裂いた。オルフェニアは力無く落下し、地上に落ちた彼の二つの身体が仰向けに倒れたのだった。
嵐が去ったような静寂の中、オルフェニアは虚な眼で曇天の空を見上げ、何かをぶつぶつと呟いていた。リヒトが見下ろしていると、駆けてくる足音が聞こえた。顔を向けるとビリアたちがリヒトの元へ走ってきた。そしてビリアがリヒトの身体に腕を回した。
「よかった。よかったよ」
「……死にかけたけどな。ビリアこそ怪我は大丈夫か?」
「うん。よくわからないんだけど、全部治ったんだよね。ほら。どこを怪我したのかもわからないでしょ?」
ビリアは褐色の肌をさすって見せた。あれだけ激しい戦闘を繰り広げたというのに傷一つない。マリークやローザも同じ。憔悴しきっていた彼女たちが戦闘などしていなかったかのように活き活きとした顔をしていた。
「そうか。よかった。それで……こいつはどうすればいい」
リヒトが横たわるオルフェニアに視線を向けた。オルフェニアの大理石のような滑らかな肌に徐々に皺が現れ、精悍な顔立ちは見る影もなく、死にかけの老人のように見える。
「あのね。この男が死ねば、たぶんリヒトは長く生きられない」
ビリアは真っ直ぐな瞳をリヒトに注いでいる。彼女の言葉は嘘ではない、とリヒトは目を細め、何度か小さく頷いた。
「でも安心して。僕の力を半分渡す。そうすれば普通の人ぐらいは生きられるはずだから」
——そんなことできるのか。
リヒトは一瞬目を見開くも、自分が生き返ったという事実がある以上、何が起きても不思議ではない。
「ビリアは大丈夫なのか?」
「うん。それぐらいがちょうどいいと思う。リヒトに渡さないと人の倍ぐらい生きられちゃうから」
彼女は笑った顔を見せた。あの時から変わらない笑顔。だから、次こそは中途半端な事をしない。彼女を気持ちを真っ直ぐに受け止め、大切な友人として言葉を返そうと。
「俺はビリアがいなかったらあの時死んでいた。俺の間違いを正す機会を与えてくれてありがとう」
「ううん。リヒトのおかげで僕は生きてこられた。ありがとう」
二人は握手を交わした。時折聞こえてくるオルフェニアの独り言が気になるが、ここまで憔悴しきっては何もできまい。
ビリアが「マリーク」と声をかけると、マリークが紫紺の縄でカタリーナが眠っている金縁の箱をここへ運んだ。翡翠の膜に守られているそれ。ビリアがずっと彼女を守ってくれていたのだ。ビリアが指でその膜に触れると、シャボン玉のように割れた。箱の中で眠っているカタリーナはオレンジ色の光に包まれており、腹部には血が滲んでいた。あの時、オルフェニアに貫かれた傷は治っておらず、延命されているように見える。
「先にラナ……じゃなくて、この子を治療するから少し待ってて」
ビリアがカタリーナに向けて手を翳した時、リヒトの視線の端でオルフェニアの身体が動いた。右腕を空に伸ばしている。
「あぁ。我は……また負けるのか。なぜ? なぜだ? こんなにも。どうして。どうして。どうして」
今にも命の炎が消えてしまいそうなほどか細い声。彼の独り言が消えたその直後、追い立てられるような寒気を感じた。地面に横たわるオルフェニアの銀色の瞳が赤黒く滲んでいた。
「この思い届かぬならば、拒むのならば、すべて。すべて。すべて。壊してしまおう」
オルフェニアは空に伸ばした手を自らの心臓に突き立てた。鮮血が宙を舞い、濁った瞳がぐるんと瞼の上に消えた。世界が止まったような静寂が辺りを包んだ後、オルフェニアの耳をつんざくような金切り声が響き渡る。
リヒトは顔を歪め、耳を塞ぎながら、視線をオルフェニアを向けた。彼の胸から赤黒い肉が溢れかえり、それがみるみる大きくなっていく。突如、その肉塊から触手のようなものが飛び出しリヒトの横を通過する。「ダメ!」と言う声にリヒトは急いで振り返る。触手がドロドロとした液状に変わり、金縁の箱ごとをカタリーナを飲み込んでいた。リヒトは駆けだし、カタリーナを覆うそれおを必死に拭う。やがて赤黒い液体がリヒトの身体を飲み込もうとした時、紫紺の光がリヒトをそこから引き抜いた。
「マリーク! 離せ!」
「落ち着けバカ者! お前まで引きずり込まれたらどうする」
「関係ない! やっとカタリーナが! カタリーナが目の前に来たんだ!」
リヒトはもがき、叫んだ。目の前の光景に顔を歪める。カタリーナが入っていた金縁の箱がすべて赤黒い液体で覆われ、時折赤黒い蒸気を発して崩れるが、お構いなしにそれが覆っていく。
「思いが届かぬならば、この世界など破壊してくれる。後悔するがいい」
脳に直接声が響き渡る。何度も聞いたオルフェニアの不快な声。その時、ピロンと電子音が鳴る。
「ローベルトか。どうした」
「ローザ隊長。落ち着いて対処をお願いします。今すぐそこから離れてください。大量のヴィールがそちらに向かっています。この国の中にいるヴィールだけではありません。国の外からもヴィールたちが集まってきています。できるだけ早く避難を」
彼女は通信を切ると、ローザは表情を引き締めた。そしてリヒトの元へ歩み、リヒトの肩を強く叩いた。
「一旦この場からは離れよう。何が起こるのかわからない。ただし、カタリーナを救い出すのを諦めたわけではない。状況が一度落ち着くまで待ってくれ。いいな」
真っ直ぐな瞳を注がれる。リヒトは今すぐ駆け出した気持ちをグッと堪えた。視線の先にいる蠢く肉塊を睨みつけた後、駆け出した。離れる時でも胸に誓う。必ずカタリーナを救い出すと。
読んでくださりありがとうございます。
いたちの最後っ屁。なんて言葉がありますが、まさにそんな感じ。
次回、本当に本当の最後の戦い。
感想や評価をいただけると、今後の執筆の励みになります。よろしくお願いいたします。白モン




