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最終章 百万回と一回目⑦百万と一回分の灯火

 灰色の空に矢を向けるように佇むゴシック様式の年季を感じさせる建物。そこから光の柱が天高々に伸び、この地に一瞬の煌めきと大地を揺るがす爆発。凄まじい衝撃波と舞い上がる砂塵が吹き荒れる。ラピス教国の中心部は瓦礫の山と化した。


 パラパラと瓦礫が崩れる音だけが聞こえる中、突如瓦礫の隙間から翡翠の光が漏れ出し、瓦礫を弾き飛ばした。その中からリヒト、ビリアそしてマリークが姿を現す。キューブが破壊される寸前、ビリアが彼らたちを咄嗟に光の膜で覆ったのだ。


 そんな中、リヒトは視線を走らせてカタリーナを探した。するとビリアに肩を突かれ、彼女を指さす方を見ると、瓦礫の山がふわりと浮き、その中に翡翠の光に覆われた金縁の箱。カタリーナの眠るそれには傷一つない。リヒトは静かに息を吐いて、ビリアに「ありがとう」と言葉を渡す。


 砂煙が晴れていく中、真紅の髪を靡かせ、瓦礫をひっくり返すローザの姿があった。リヒトたちは彼女の元へ駆け寄る。


「おい! お前たちもプラウドを探してくれ。あの男、訳の分からんことを言いやがって。一発ぶん殴ってやらないと気が済まない!」


 額に汗を垂らし、必死に瓦礫をどかすローザの腕をマリークが掴み、首を振った。表情を強張らせたローザだが、その腕を振り解き、再び瓦礫をどかし始めた。その姿をじっと見つめていたリヒトも離れた場所の瓦礫の中を捜索し始めた。プラウドの強さを知っているリヒトだからこそ、彼が死んだと思えなかった。しかし、あの意を決した表情。彼の生存と死が天秤に揺られる。


 しばらく捜索を続けるリヒトは瓦礫の下を覗くと、あのキューブの残骸のようなものがあった。青い明滅は今にも消えそうなほど小さくなっている。上に被さっている瓦礫をどかすと、それがかたりと転がった。それがまた一人でにかたりと転がる。佇んだまま訝しむような視線を向けると、やがてキューブはガタガタと振動し、表面がぱりぱりと剥がれていく。突如小さくなっていた青い光が命が尽きたように消えた。


 リヒトは長く息を吐いて、踵を返した時、突然の轟音と突風。すぐさま跳躍し、足をするように後退。キューブから溢れんばかりの白い光が空に向かって溢れ出ている。異変を感じたビリアたちがリヒトの元に集結した。

 

「リヒト! あれはなに!?」

「わからない。キューブが突然……」


 リヒトは天を仰いだ。光の柱が曇天の空に吸い込まれていく。雲の中に稲妻が駆け巡り、更に雲が重なりこの地に注ぐ光を遮っていく。直後、リヒトは目を見張った。黒い雲から薄い一筋の光が、瓦礫の山に降り注いだ。その薄い光を道としたように光り輝く星のようなものが降りてくる。まるで空から天使が降り立つような神々しさ。それが瓦礫の中に入った瞬間、爆ぜた。とてつもない衝撃波が襲いかかり、リヒトは腕を顔で覆った。やがてその衝撃波は消え、地上に降りてきた光が空へと消えていった。


 その時、リヒトの目の前に何かが落ちた。白い羽。それが幾つか。音もなく地面に舞い落ちる。空を見上げたリヒトは目を見張った。視線の先にいる空を羽ばたく白い翼を持つ男。神々しく金色を身体に宿し、月の光を閉じ込めたような白銀の長い髪を靡かせて。


「戻った。戻ったぞ! 我の力が今ここに!」


 空に羽ばたくオルフェニアの高揚した声がこの地に響き渡る。彼はゆっくりと降下し、口元には笑みを浮かべ、堂々たる佇まいでリヒトたちの前に降り立った。リヒトが鋭い表情でバルムセイバーを振るう。


「浮かない顔だな。ひれ伏せ。喜べ。お前たちのおかげで我は——全盛期、いや。それ以上の力を手にしたのだ!」


 オルフェニアは両腕を広げて、天を仰いだ。高笑いが未だ晴れぬ灰色の空に吸い込まれていく。


「そんな……」


 声に反応したリヒトが目を向けると、ビリアの唇が震えていた。キューブを破壊する作戦は彼女が立案した。しかし、ビリアの判断が間違っていたとは思わない。こうなることは誰も予想できなかったのだから。


 リヒトがビリアの前に割って入ると、オルフェニアはゆらりと左手を掲げ、こちらを指さす。

 

「神の前で図が高いぞ。跪け」


 彼がぐもる声でそう言い放った瞬間、凄まじい圧がリヒトたちを襲う。重力が何倍にもなったように身体が重い。たまらずリヒトは地面に膝をつけた。首に筋を浮かせながらなんとか顔を上げる。


「やはり気に入らん。我のおかげで生き永らえているくせになんだその顔は……」

「お前の、おかげじゃない。ビリアの——おかげだ。勘違いも甚だしいんだよ」


 リヒトは額に汗を滲ませながら笑って見せた。両手を膝に当て、押さえつけられる圧に逆らい、立ち上がる。舌を鳴らしたオルフェニアがリヒトに手を翳した。

 

「いいだろう。我が直々にお前をこの世から消滅してくれる」


 オルフェニアの手に金色の光。それがフラッシュしたかのように強く瞬くと、リヒトが彼に吸い寄せられる。そして首を掴まれ、持ち上げられた。首の骨が折れるほど強く握られる。グッと顔を歪めて、憎らしい笑みを浮かべる男を睨みつけた。


「どうだ? 苦しいか? でもまだこれからだぞ。お前が我に対して犯した罪を償うがいい!」


 オルフェニアはリヒトを思いっきり地面に叩きつける。何度も何度も。つい息が零れる。固い地面が爆ぜる。リヒトはバルムセイバーを振り、刃が彼の手首を捉える。が、切り込めない。


「そんなまがい物では神の体に傷をつけることもできぬわ!」


 オルフェニアはリヒトを放り投げた。まるで穢らわしいものを捨てるように。猛烈な速さでリヒトは瓦礫の山に衝突。弾き飛ばされる建物の残骸。顔を歪めながらリヒトは四つん這いのまま、動けなかった。背中に血が滲む。痛みで思うように身体が動かせない。


 ——くそ。能力さえあれば、今すぐにでも……。


 地面の土を握り込み、顔を上げると、奥歯を噛み締めた。オルフェニアが巨大な瓦礫を持ち上げ、それをリヒトに向かって放り投げた。


 ——まずい!


 回避しようとするが、背中の痛みで思うように脚に力が入らない。目の前には巨大な瓦礫が迫る。


 ——くそ!


 表情を歪める中、目の前に迫った瓦礫が翡翠の輝きにねじ切れ、消滅した。止めていた息をふぅっと長く吐くと、ずきりと背中の痛みが走る。直後、戦闘が始まった。


 翠と紫紺の閃光が瞬き、鈍い音が鳴り響く。そこにローザが加わる乱戦。三人は息を揃えて攻撃するが、オルフェニアは嘲笑じみた笑みを絶やさない。まるで優雅に踊っているかのように攻撃をいなし、拳を叩き込んでいる。先の戦闘でも体力を消耗し、更に力をつけたオルフェニアとの戦闘はかなり厳しい。やがて彼女たちは彼に殴り飛ばされ、地に伏せてしまた。


 腹の底に響くような笑い声を上げるオルフェニアは両手を広げて恍惚な表情を浮かべていた。まるで自分の力に酔いしれているかのように。


 奴がビリアに手を翳した。金色の光がビリアの生を奪おうと煌めく。


 リヒトは背中の痛みなどお構いなしに駆け出した。やり直すきっかけを与えてくれたビリアを助けるために。ずきりと背中が痛み、顔を歪めながらリヒトは飛んだ。オルフェニアに向けて青白い刃を振り下ろした。金属がぶつかるような甲高い音が鳴り響く。渾身の一撃は腕で防がれたが、リヒトは止まらない。斬。斬。斬。火花を散らしながら、奴に刃を振う。直後、地面が金色に輝き、衝撃波が襲う。腕を交差させ、必死に耐え忍ぶ。


 光で目が眩んだのが束の間、オルフェニアがリヒトの懐に。


「弱すぎる」


 と声を漏らすと、オルフェニアの腕がリヒトの胸を貫いた。襲ってくる強烈な痛み。口から溢れる血液と広がる鉄の味。遠くに聞こえてくるビリアの泣き叫ぶような悲鳴。


 オルフェニアが勢いよく腕を引き抜いた。地面に落ちるその時間がスローモーションのようにゆっくりだった。いつ落ちるのだろう。薄れる意識の中、リヒトが視界に捉えていたのはカタリーナだった。未だ目を開けぬ彼女。手を伸ばした。


 ——空色の瞳をもう一度見たい。

 

 あの時からずっと澄んでいた青空。


 ——彼女の滑らかな肌に、絹のような艶のある髪に触れたい。


 冷えた心を優しく温めてくれたその手。


 ——約束したから。助けに行くと。


 勇気を与えてくれた彼女。


 ——俺はカタリーナを愛している。


 何度繰り返しても。彼女をずっとずっと、愛している。



 

 地面に倒れたリヒト。貫かれた胸から血が溢れ、乾いた大地を赤黒く染め上げる。響き渡るオルフェニアの笑う声とビリアの泣き叫ぶ声。混沌に揺らめくこの地に一つの灯火が宿る。


 リヒトの胸に開いた穴。そこから小さな二つの光がすっと浮遊する。オレンジ色の光と碧い光。やがてその光が混ざり合い、広がっていき、リヒトの身体を包んでいく。温かく、陽の光に照らされるようなそれ。リヒトは薄目を開くと、柔らかに微笑むカタリーナの姿。


 ——大丈夫。俺は最後まで戦い抜く。だから——。



 リヒトは勢いよく目を開いた。彼の纏っているオレンジ色の光が周囲に舞い散った。背中の痛みは消え、身体から力が溢れてくる。立ち上がったリヒトが視線の先に捉えたのは遠く離れたオルフェにあの姿。彼に向かって歩き出す。するとその度にオレンジ色の光が舞い散り、ビリアたちに降り注ぐ。その光に当てられた彼女たちの傷が癒えていく。不思議そうな表情を滲ませるマリークとローザ。そして柔和に笑むビリアはリヒトの大きな背中を見つめていた。

 


「なぜ貴様が! なぜ貴様が選ばれるのだ!」


 顔を両手で覆ったオルフェニアが怒号のような叫び声を上げていた。指の隙間から血走った眼が見える。


「近づくな!」


 と声を荒げるが、リヒトは気にせず歩み続けた。そしてオルフェニアと対峙する。神々しい雰囲気は消え失せ、精悍な顔立ちがひどく歪んでいた。


「お前は何に怯えているんだ」

「……怯えているだと。我は神ぞ! この地を統べる神に! 恐れるものなどありはせぬ!」


 乱暴に腕を振る姿に先ほどの余裕は感じられない。ただやみくもに言葉を発しているように見える。


「けりをつけよう」


 リヒトはバルムセイバーを振った。今までのような青白い刃ではない。この荒れた地を照らす太陽のようなオレンジ色の刃が現れたのだった。

 

読んでくださりありがとうございます。

いざとなったら、やっぱり積み重ねたものだけが頼りだと最近しみじみ思います。

次回、戦い終結。と思ったらやっぱりまだ続くんですよね。


感想や評価をいただけると、今後の執筆の励みになります。よろしくお願いいたします。白モン

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