最終章 百万回と一回目⑥柔和に笑う道化師
眩い閃光と雄叫びが天井のくり抜かれたこの部屋の中で入り混じる。リヒトはオルフェニアを切り裂き、後ろに跳躍。すかさずリヒトを光の玉が襲うが、その攻撃を予測していたようにリヒトは回避した。オルフェニアは大きな舌打ちを鳴らし、次に迫るローザと交戦を繰り返す。
長く息を吐いたリヒトはオルフェニアの歪んだ顔を見据える。戦いを繰り返す中で、彼の攻撃の底を知った。大抵の攻撃は光の玉、衝撃波、そして体術のみ。厄介な回復能力を除けば、それほど驚異ではない。
リヒトはバルムセイバーを構え、飛び出した。風を切り裂く音が耳を掠め、黒い軍服がはためき、奴の懐へ。瞬時に切り刻む。
「小癪な人間どもが!」
オルフェニアの手に持つ杖の先端が瞬く。刹那。己の身を巻き込む衝撃波。しかし、リヒトはすでに跳躍。地上にいるローザとアイコンタクトをとり、息を合わせる。上から一閃。ローザと共にオルフェニアの身体を切り刻む。獣の咆哮の如く叫ぶオルフェニアが腕を上げた瞬間、翡翠の光が奴の杖を持っている腕を捉えた。
「マリーク! 今だ!」
オルフェニアの身体が紫紺の光に拘束されていく。宙に舞った奴の腕と杖。リヒトはその腕ごと後方で待機しているビリアに投げつけた。杖を離すまいと固く握られた手が、先端の青く発光するキューブが放物線を描いて、ビリアの元へ。
ビリアは腕ごと踏みつけ、手に翡翠の光を宿した。ゆらりと広げた手を杖に翳す。突如、耳をつんざくけたたましい悲鳴のような何か、身体を仰反るような衝撃に離れているリヒトは目を細める。それでもビリアは手を止めていない。徐々に彼女の放つ光が輝きを増していった直後、その光が空中で弾けた。
身体を捩って抵抗するオルフェニアを押さえつけているリヒトは目を見張った。ビリアが小さく蹲っている。その時、突然地面が爆ぜてリヒトは宙に投げ出された。ぐっと顔を歪めて体勢を整え、足を擦るように地面に着地。その時、後ろから小さな声が聞こえた。
「ごめんなさい……。ごめんなさい」
ビリアの背中が震えていた。リヒトは急いで彼女に駆け寄ろうとするが、突如目まいが襲いかかる。足の力が抜け、地面に膝をついた。歪んだ顔を手で覆う中、目についたのは青く明滅するキューブ。それが宙を舞った。追いかけるように重たい頭を振り向かせると、それはいつの間にか拘束が解けているオルフェニアの手の中に収まった。彼につけたはずの傷は修復し、冷たい視線を向ける彼をリヒトは指の隙間から睨みつけた。
「お前……。何をした……」
「我の力を思い知るがいい」
キューブの光が強くなった瞬間。目の前にカタリーナの亡骸、そして腕の中で冷たくなる彼女の感触。リヒトは唇を噛み、痛みで正気を保つ。血の味が口内に広がっていく。呼吸が浅くなり、細まった視界を歩かせると、ローザやマリークも地面に蹲っていた。リヒトは息を切らしながら、オルフェニアを見上げる。
「てめぇは……本当に……悪趣味なやろうだな……」
「減らず口はまだ収まらんか。ならば恐れ、苦しみ、過去に溺れろ」
リヒトの顔が激しく歪む。再び桃色の髪をした女性の死体の映像が幾度となく流れる。何度も出会い、恋に落ちた女性の死を目の当たりにする。胸が痛い。なぜ自分ではなくて彼女が死ななくてはいけないのか。彼女の後を追いたい。その記憶、感情が掘り起こされる。
しかし、リヒトは意識を絶やさない。今度こそ彼女を救う。その覚悟を決めたのだから。激しい頭痛や吐き気に襲われる中、リヒトは震える膝を手で押し上げて立ち上がった。
「薄情なやつだ。貴様にとってこの女はその程度の存在だったか」
「黙れよ……。残念ながら……お前にはわからないだろうな」
リヒトはおぼつかない足取りでオルフェニアに詰め寄る。先ほどの勢いはない。刃を振るった。それが空を切った直後、リヒトは吹き飛ばされる。が、バルムセイバーを地面に突き立て、倒れない。
「貴様がどれだけ足掻こうが、結果は変わらん。貴様は我の操り人形に過ぎないのだから」
冷たく言い放つ奴の言葉など耳にしない。リヒトは震える脚に力を込めて駆け出した。カタリーナとの約束を守るために。
何度か刃は空を切るが、徐々に刃先が奴の身体を掠め始めた。眉間に皺を寄せたオルフェニアはリヒトの襟を掴み、思いっきり地面に叩きつけた。リヒトの身体がボールのように弾み地面を転がる。が、リヒトはゆっくりと立ち上がった。
「もう貴様らに希望はない。貴様ら人間は地上を汚した。我が世界を浄化してやろうというのに。邪魔をするな」
「……邪魔は……お前だよ。勝手に手を出すんじゃねぇ。お前みたいに狭い世界でしか生きてない奴は気付けないかもしれないけどな。誰かのために泣いたり、笑ったりできる人もいるんだよ。悪いところばかりじゃない」
「つまらん。人間とは己の欲望のために争いを繰り返し、与えられた命を自分の物だと勘違いする連中だ。思い知るがいい、恐怖を。そして絶望を」
オルフェニアの杖をリヒトに翳した。キューブが金色の光を交えて光り輝くと突如、燃え盛る業火に焼かれる叫びや恨み、憎しみ、悲しみといった感情が流れ込んでくる。世界の負の感情をまとめてぶつけられたかのような痛みがリヒトに襲いかかる。身体をのけ反らせ、身体を痙攣させるリヒトは拳を握った。空色の瞳を弓状に細める彼女の笑顔を思い出す。全身に力を入れて、のけ反った身体を戻し、目を瞑った。そして、一歩、一歩と歩き出す。やがて、静かに目を開いたリヒトは優しい目をしていた。
大きく顔を歪めたオルフェニアはリヒトに向けて光の玉を放つ。それを身体を半身にし、ひらり、ひらりと避けていく。
「人間が風情が!」
さらに多くの光をリヒトに放つが、当たらない。リヒトは短く息を吐き、オルフェニアの目の前に。握った拳を彼の腹へ叩き込む。奴の身体がくの字に折れ曲がり、後退し、苦悶の表情を滲ませていた。
「なんなんだ貴様は! なぜ動じない! なぜたじろがない!」
「俺は何者でもない。好きな人を追いかけて、助けられなかった惨めな人間だ。だからこそ何度も失敗を繰り返して、多くの人の手を借りて今ここに立っている。ちなみにな。ここにいる人たちは俺なんかよりもよっぽど強くて逞しい人たちだよ」
背後に感じる気配。後ろを一瞥すると、ビリアとマリークは真っ直ぐ前を見据えているが、ローザはバルムセイバーを地面に突き立てやっとの思い出立っている。リヒトは二人にアイコンタクトを取った。
眉間に皺を刻むオルフェニアに向かって、飛び出した。リヒトはビリアとマリークと共に攻撃を繰り出す乱戦。キューブが奴に生命力を注ぎ続けているせいで埒が開かない。ただし、奴の顔に恐れを感じているような歪みが見える。ここが攻めどき。リヒトは軋む身体を動かし、バルムセイバーを振り続けた。やがて、一瞬だけ奴の身体がよろめいた。その瞬間を見逃さない。リヒトは奴の足を祓い、腕を回して奴の身体を地面に叩きつけた。
「マリーク!」
リヒトの声に反応したマリークが紫紺の光で彼の身体を拘束。ビリアがすかさず彼の腕から杖を奪い取ろうとした時、奴は杖から手を離してビリアの首を掴んだ。
膠着状態が続く中、リヒトが杖を蹴り飛ばすと、それが絨毯の上を転がっていき、突き刺したバルムセイバーでもたれかかっているローザの元に辿り着いたのだった。
ローザの心臓が大きく鼓動を上げ、唇を引き結ぶ。胃がひっくり返るような吐き気を抑え込み、立っていることしかできない。先ほど見せられた悪夢。
両親を殺され、施設で一人寂しく隅で膝を抱えていた。剣術や学問についていけず、一人取り残される感覚、最愛の恋人であるマルクスの死、仲間と思っていた人からの裏切り。その時の感情が一斉にこみ上げてくる。激しい頭痛の中、立ってみたものの未だ手足は震え、今目の前で懸命に戦っているリヒトたちに手を貸すこともできない。
——私にできることを考えろ。
ローザは肩で呼吸をしながら、前を見据えていた。その時、杖が目の前に転がってきた。壊さなければいけない青く光キューブ。破壊すれば身体が耐えれないキューブ。ローザは笑みを溢した。つまりはそういうことだよな、と。
ローザが脚を高く上げ、地面の杖を踏みつけた。そしてバルムセイバーを引き抜き、くるりと回して、それを振り上げる。鋭い刃先がキューブに向けられる。
「ダメだ! それは僕じゃないと耐えられない! 待つんだ!」
ビリアの叫び声が響き渡る中、ローザは深く息を吸い込み、目を上げる。視線の先にいる顔を歪めるリヒトを真っ直ぐに見つめる。
「あとは頼んだ」
囁くようにそう言うと、キューブ目掛けてバルムセイバーを突き立てた。耳をつんざくようなけたたましい叫び声が響き渡る。全身に力を込め、バルムセイバーをキューブに突き刺す。ローザは呻いた。
——熱い。まるで炎に焼かれる……みたいだ。
激しく顔を歪めながらもローザは力を緩めない。それが自分のすべきことだと、理解しているから。
「やめろ! 貴様! 何をしているのかわかっているのか!」
オルフェニアが目を見開いて、激しくもがいている。その姿がローザの意思をより一層固いものにした。「はぁ!」っと己に鞭を打ち、ローザは更に力を強めるとキューブの表面にヒビが入る。身体に感じる熱が増し、灼熱の業火に焼かれるような感覚が襲いかかり、手の皮が捲れ始めた。
——このまま!
と柄を握る手に力を込めたその時、背後に気配を感じた。歪めた顔で後ろを一瞥すると手足の長い金髪の男、プラウドが立っていた。幾度となく見たその薄ら笑みをローザは睨みつける。
「プラウド! ちょうどいい! その女を殺せ!」
口の端を吊り上げたオルフェニアが声を上げた。それでもローザは手を緩めない。プラウドが何をしてこようとも自分の使命を全うする。例えこの命が朽ち果てようとも、覚悟は揺るがなかった。
直後、身体の不快感がふいに消える。焼ける痛みが無くなり、捲れた皮膚が治っていく。視線を巡らせるとローザは仄白い光に包まれていた。徐々に後ろに引っ張られる。抵抗するが、耐えられない。バルムセイバーから手が離れてしまった。
「ダメだ!」と声を上げて手を伸ばすも、それには届かない。焦って前に進もうとするが、ローザは光の膜から出ることができない。
——あと、少しだったのに。また私は……。
拳を握り締めるローザの横をプラウドが通り過ぎ、彼は振り返った。いつもの薄ら笑いではなく、彼の柔和な表情。一瞬我を忘れた。
「選手交代だよ」
穏やかで優しい声音でそう言うとプラウドはバルムセイバーを拾い、杖の前に立つ。オルフェニアは眉間に皺を寄せ、プラウドを睨みつけている。
「プラウド。我はその女を殺せと命じたはず。貴様……どういうつもりだ」
「残念。僕の胸の中にいるのはあなたでもなく、そしてビリア様でもない。ずっと、ずっと想う人がいるからね。付け入る隙なんて誰もないんだよ」
彼はそう言うとローザをちらりと一瞥し、笑った顔を見せた。プラウドがバルムセイバーを振るうと、青白い光の刃が現れる。そして「リヒト!」と声を上げた。オルフェニアを押さえつけながら、リヒトはプラウドと視線を交えている。
「探し物は見つかったかい?」
プラウドがそう言うとリヒトは真剣な顔つきで頷いた。
「そうか。それはよかった」
プラウドはローザの方を向く。目元が、口元が綻んでいる。
「ローザ。愛しているよ」
そして、キューブに向かってバルムセイバーを突き立てた。またもや悲鳴のような音が鳴り響く。ローザは膜を突き破ろうとしているが、穴すら開かない。
「はぁぁぁぁぁ!」
プラウドが雄たけびを上げると、パリンとガラスの割れたような音が。その後、目の前が真っ白な光に包まれ、凄まじい爆音と衝撃波がこの場所を吹き飛ばしたのだった。
読んでくださりありがとうございます。
糸目キャラってやっぱり裏切り者臭がしますよね。
次回、キューブを破壊したリヒトたちを襲う敵とは。
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