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最終章 百万回と一回目⑤操人形、否。

 曇天の空に砂塵を巻き上げ、レイルモービルが流星の如く驀進していた。目の前にヴィールの大群が現れようともリヒトはアクセルを緩めない。ビリアとマリークが必ず道を切り開いてくれると信じているから。翡翠と紫紺の輝きが黒い波を吹き飛ばす中、突き進んだ。


 ——やがてリヒトたちはラピス教国の中心にたどり着いた。オーバーヒート寸前のレイルモービルのエンジンから陽炎が立ち昇り、黒く光沢のあったボディが飛んでくる石粒で凹み、塗装が剥がれている。

 リヒトが目を向けた先。無骨ながら統一されていたブルータリズム様式の建物がどこもかしこも崩れ、瓦礫の中に赤色や黄色の布がはみ出して風でなびいている。戦場と打って変わって、厭に静寂に包まれるこの地に一層警戒心を強める。同時に服を引っ張られる感覚。アクセルから手を離して首だけ振り返ると、ビリアが顔を俯かせ、服を握りしめていた。そんな中、最初に口を開いたのはローザだった。


「歩いて進もう」


 先にレイルモービルから降りたビリアはゆっくりと歩み、荒れ果てた街を見渡していた。その背中は寂しげに、打ち拉がれているように見えた。リヒトが彼女の横に立つ。大地から石畳が敷かれた一線を課す場所。


「酷い有り様だな」

「あいつのせいだよ。ほとんどの信者をヴィールに変えたんだ。……みんないい子たちだったよ。毎日、毎日。寝る間も惜しんで祈ってくれていた」

「いつだか戦ったやつのことを思い出すよ。あいつも幸せそうだった」

「うん。人はすがるものがないと生きていけないんだ。何を得ているかは関係ない。与えられて満たされてもそれだけじゃあ足りないんだ」


 ビリアは抑揚のない声でそう言うと、足を踏み出した。そしてマリークも続く。が、リヒトとローザは下を向いたまま、躊躇う。アストラを持たぬ物がここを超えると人ならざるものになる、と言われたことを思い出した。リヒトが顔を上げると、マリークが試してみろと言わんばかりに顎で指した。


 リヒトとローザは同時に大股で足を踏み出した。何も起こらず、同じタイミングで小さく安堵の息を吐いた。


 

 嵐の前の静けさのような不気味さを感じながら荒廃した街の中を歩き進んでいくが、ヴィールと遭遇することはなかった。そして、ついにリヒトたちはあの男、そしてカタリーナがいる建物の前に立った。リヒトが目を眇める。天を突き刺すような尖塔は所々崩れ、年季の入った焦げ茶色の正面の扉は破壊されていて、薄暗い部屋が覗き込める。


 突如、後方から消えてしまいそうなほど小さな声で「サフィラス、さま……」と聞こえた。振り返ると、灰にまみれた燻んだ赤いローブを羽織った、顔にそばかすのある女性が立っていた。ひどく憔悴しきっているようで足を踏み出すと身体が前に倒れる。地面に倒れる前に、ビリアが彼女の身体を抱きかかえた。


「申し訳ありません。私は……信じる者として、失格です」


 彼女が握っていた手を開く。そこには粉砕されたアストラがあり、掌は赤黒く、血で固まっていた。その丸い目から涙が一滴零れ、地面を湿らせる。ビリアはそんな彼女の手を握る。


「あなたは悪くない。そんなものがなくても、自分の信じるものを選んだあなたを。僕は誇りに思うよ。あとね。僕はビリアって名前なんだ。そう呼んでくれるかな?」


 声量は控えめだが、言葉に重みを感じる声色。その女性は恍惚の表情を浮かべ、小さく幸せそうに微笑んだ。彼女は震えながらもビリアの手を握り返す。


「ビリア様。お美しい……お名前。生まれ変われたら、今度は……ビリア様のお側にお仕えしたいです」


 彼女の瞳から光が遠ざかっていく。ビリアは「ゆっくり休んで」と優しく囁く。


 直後。彼女の身体がミミズのように畝り、暴れ始めた。白目を向き、顔が激しく歪み、皮膚が捲れて赤黒い肌が露呈していく。その時、翡翠の光が彼女の身体を優しく包んでいく。その仄かな光に覆われた彼女は指先から静かに崩れ始めた。そして安らかに眠るような表情のまま、塵となり空に吸い込まれていった。


 リヒトは曇天の空に舞う彼女を見ていた。突如、肌を刺すような空気に戦慄する。立ち上がったビリアが翡翠の光を纏い、堪えきれぬ怒りに震えている。彼女の怒り、悲しみが落ち着くまで、誰も口を開かなかった。やがてビリアの纏っていた翡翠の光が収まっていった。

 


 建物の中に入ると、奥見えるスリガラスに描かれた男をリヒトは睨みつけた。初めて見た時は差し込む光を背にしたそれが神々しく見えたが、今は無性に腹が立つ。バルムガンを手に取り、それを打ち抜こうとした時、翡翠の光が先に打ち砕いた。石の床にガラスが落ちる音が響き渡る。リヒトは何も言わず、ホルスターにバルムガンをしまった。


 ビリアがマリークの名を呼ぶと、マリークは両手を地面に翳した。彼女特有の紫紺の光を手に宿すと、リヒトたちが立っている石の床がまるでスコップで抉られたように宙に浮く。そして建物の天井が意思を汲み取ったかのように広がり、リヒトたちの下のそれが、エレベーターのように上昇を始めた。

 

 最上階へと辿り着く。切り裂かれ、赤黒く変色した絨毯の上をリヒトたちは歩いて行き、扉の前で止まった。


 この奥にカタリーナがいる。


 リヒトはビリアとアイコンタクトを取り、頷いてみせた。彼女が扉に手を翳し、翡翠の光を宿す。幾何学模様が扉の上を駆けずり回ると、重々しい音を轟かせ、扉が開かれた。

 


 中は以前来た時よりも明るかった。その理由は明確だ。天井がない。灰色の空の下でリヒトは駆け出したい気持ちを必死に抑えていた。視線の奥にいるカタリーナ。走ればすぐに手が届きそうな、囚われの身の彼女を見つけて眉間に皺を刻む。


 その時、不快な笑い声が響き渡る。視線を走らせるが姿が見えない。リヒトは空を見上げ、表情を強めた。壊された天井の縁。月光を溶かしたような白銀の髪を靡かせ、リヒトたちを見下ろしていた。


 全員が臨戦態勢を取る。肌を突き刺すような張り詰めた空気が流れる中、オルフェリアがふわりと飛んだ。まるで重力を感じさせないように降り立つ。軽く顎を上げた堂々たる佇まいで彼は両手を広げた。


「よくここまでたどり着いた。我が直々に称賛してやろう」


 気品を感じる声が余計に煩わしい。リヒトは眉間に深い皺を刻んで目の前の男を睨みつけていた。


「カタリーナを返せ」

「返せだと? 貴様らが勝手に置いていった物を返せとは……意味のわからぬことを。あれは貴様らでは持て余す。我が使ってやろう」


 オルフェニアはあざ笑うかの如く片眉を上げた。が、安い挑発に今のリヒトは動じない。リヒトの瞳に映るのは信じて託してくれたカタリーナだけだった。


「お前を倒して、カタリーナを救う。それが俺たちが交わした約束だ」

「そうか。そうか。やはりお前たちは素晴らしい。本当に我を飽きさせない余興をしてくれるな。今回もまた新しいパターンだった。褒めてやろう」


 噛み合わない会話にリヒトは目を眇めた。依然として口の端を吊り上げているオルフェニアの舐め回すような口調が気に触る。

 

「……何の話だ」

「おかしいと思わなかったのか?」


 オルフェニアは後ろに手を回して、舞台の上で演説でもするかのように歩き始めた。


「始まりはそうだ。レンガで囲われた街だったな。それでその後は森の中だったかな。その後は——」

「それ以上喋るな!」


 彼の言葉をビリアの叫びが切り裂く。ビリアは激しい剣幕をぶつけていた。オルフェニアは顔を手で覆い、高笑いを返す。その後、ゆらりと両手を広げ、笑いを含んだまま口を開いた。


「なんだ。ビリア。お前は気づいていたのか」

「リヒト! こんな奴の言うことに耳を貸しちゃダメ!」


 ビリアの黄色の瞳が大きく揺れている。

 

「偶然? 何度も? 恋に落ちて? 目の前で死ぬなんてことがあると思うか? 全部——全部我を楽しませるために仕込んでおいたシナリオに過ぎないんだよ」


 上擦ったような不快な声。リヒトはビリアに目を向けると、彼女は酷く切迫したような、苦悶の色が滲んでいた。


「ビリアは全部知っていたのか?」

「……知っていたわけじゃない。繰り返す度にそうじゃないかって。誰かの思惑なんじゃないかって……。でも! リヒトは本当にラナのことを――」


 リヒトはビリアの言葉止めるように静かに手を上げた。そして口元を緩めて何度か、小さく頷いた。


「大丈夫だ。あいつの言うことがもし本当だったとしても、彼女に出会ったことが、全てが仕組まれたことだったとしても。この気持ちに嘘はない」


 あの時からずっと彼女のことが好きだった。だからこんなに苦しんだ。リヒトは前を向いた。視線の先にいるカタリーナだけを見つめて。


 リヒトの態度が気に入らないのか、オルフェニアは眉間に皺を刻んだ。


「つまらん答えよ。たかが人間如きが――わかったような口を」

「なぁ。お前はどうなんだよ。長い間ビリアに世話されてきたカスが大した口を利くじゃないか」


 リヒトが嗤って言った。その瞬間、オルフェニアの表情が消える。必死に感情を抑え込み弱みを見せないように。リヒトは続けて煽るような口ぶりを続けた。


「この世を統べる者とか、何とか言ってるけどよ。お前みたいなのが上にいる世界なんてよっぼど終わってんな。想像するだけで鳥肌が立っちまう」

「黙れ」

「所詮お前はまがい物なんだよ。何度やってもお前は神にはなれない。女神様にでも泣きついたらどうだ? 許してください。助けてくださいってな」


 彼が醸し出す神々しい雰囲気が一変。ただ怒りに身を震わせている人間にしか見えない。


「黙れ!」


 怒号が衝撃波となり、リヒトの青みがかった黒い髪を激しく揺らす。猛獣のような険しい形相を向けるオルフェニア。彼の持つ杖の先端のキューブが激しく明滅を繰り返す。リヒトは鼻を鳴らし、バルムセイバーを振った。青白いエネルギーの刃が大気を震わせる。リヒトは刃先をオルフェニアに向けた。


「もう一度言ってやるよ。さっさとお前をぶっ殺して、カタリーナを救い出す。それが約束なんだ」

「抜かせ。お前たちの望みなど、我の野望に比べれば小さきもの」



 

 息を呑む音が聞こえそうな静寂に包まれる中、オルフェニアが杖をリヒトたちに向けた


「リヒト!ローザ!作戦通り頼むよ!」


 ビリアの掛け声にリヒトとローザが返事をし、オルフェニアに向けて飛び出した。オルフェニアは杖から金色の光の玉をリヒトたちに放つ。リヒトは左に跳躍。間髪入れずに彼の懐に。ローザと共に彼を挟み込む。そして一閃。共に切り上げるが奴は高く飛び上がった。空中から金色の雨を落とす。降り注ぐ強襲を身体を捻って交わし、壁を駆け上がり、飛翔。

 奴の背後を捉える。が彼は笑った。突如床が金色に瞬く。地面から光の矢がリヒトに迫ってくる。その時、リヒトの身体が何かに引き寄せられ、無事に地面に着地。


「マリーク!助かった!」

「前に出過ぎだ。死ぬぞ」


 マリークの紫紺の光がリヒトを金色の強襲から救い出した。リヒトは息を吐いて、彼女たちとの作戦を思い出していた。


 オルフェニアの杖を破壊するためにリヒトとローザが近接戦闘を持ち込む。そして隙を見てマリークが拘束し、杖を彼の手から引きはがす。そして杖をビリアに渡し、キューブを破壊する作戦。

 


 リヒトは低く鋭く、飛び出す。オルフェニアはローザとの戦闘に夢中。背後に回り、刃を脇に構える。

 ここだ!

 腕に力を込めた時、突如衝撃波が襲う。顔を歪めながらも前を見据えると、奴の首がありえない可動域で回転し、リヒトと目が合う。


 構うもんか、とリヒトが一閃。オルフェニアの身体が真っ二つに切り裂かれた。

 よし。このまま。

 追撃の最中、奴の身体が瞬時に再生し、リヒトは蹴り飛ばされた。弾丸のような速度で身体が吹き飛び、壁に衝突。息が漏れ、顔が歪む。が倒れない。床を踏み締めて顔を上げて、絶えずこちらを嘲笑う、オルフェニアを見据えたのだった。


読んでくださりありがとうございます。

実は敵に仕組まれたシナリオです。的な展開は結構好きだったりします。

次回、プラウドが登場し、彼との因縁にもケリがつきます。


感想や評価をいただけると、今後の執筆の励みになります。よろしくお願いいたします。白モン

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