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最終章 百万回と一回目④真紅の旗が翻る

 迫り来るヴィールを必死に押し返しながら、ローザは脳を擦り切れるほど回転させ、打開策を考えていた。オベリア部隊ではないビリアやマリークが参戦していなければ、この国に入るのさえ危うかった。そして今、身を粉にして戦ってくれている。私がこの部隊を率いているのに、部隊員たちが覚悟を決めてくれたのに。


 ヴィールのコアをバルムガンで撃つ。地に伏したそれを踏みつけ、次が来る。視線を走らせて、戦況を確認するが、徐々に部隊員たちの顔に怯えが見え始める。このままではまずい、とローザは両手にバルムガンを持ち、誰よりも危険な前線を駆け回り、ヴィールを倒していく。がいつまで経ってもこちらに流れがこない。

 全滅。その二文字が脳裏を掠める。この状況下では撤退することも不可能。ローザは激しく顔を歪めた。荒げる呼吸。忙しなく動かす瞳。


 ——くそ。マルクス。私は。私はどうすればいい。


 その時、ふとある言葉がよぎる。マルクスそしてリヒトに言われた言葉。


『自分らしく』


 はっと我に帰り、散らばっていた焦りが正気に戻る。荒れ果てる戦況下でローザは目を瞑った。


 ——私らしく

 

 遠のいていく呻き声。不器用な私。

 

 ——私らしくってなんだ。

 

 共に歩んでくれた、背中を押してくれた仲間。


 ——何をすれば私らしくいられる。


 ダメな私を、それでも信じてくれた彼らを、絶対に守りたい。ローザが目を開いた。紺碧の瞳で周りを見渡す。まだ誰一人諦めていない。戦う灯火は消えていない。ローザはバルムセイバーを振るった。彼女の覚悟が宿ったかのように瞬く青白い光。

 

「皆手を止めずに聞いてくれ! 目の前にいる敵だって無限じゃない! 私が必ず道を切り開く! だからその隙に行けるものは先に行け! 振り返らず突き進め! 私はみんなを信じている」


 ローザは迅雷の如く、凄まじい速度でヴィールの群れに飛び込んだ。ヴィールたちが宙に爆ぜる。傷も痛みもお構いなしにバルムセイバーを振るった。斬。斬。斬。斬り続けた。足が動かなくなっても、腕を振るえばいい。腕がなくなったら、口で咥えればいい。それができなくなっても睨みで殺す。自分がどうなろうが仲間たちを信じている。彼らなら必ずやってくれる、と。

 

 意識が朦朧としてきた時、何かに身体を掴まれ、浮遊する。身体に巻きついた何かが離れてくれない。気づくと地面の上に転がっていた。睨みを効かせ、辿った先にいたのはマリークだった。彼女の紫紺の光がローザを拘束していた。身体を捩って暴れ出す。気づけば口の中に血の味が広がっていた。


「おい! 何のつもりだ! 離せ! 私は戦わなければいけないんだ!」


 マリークは何も言わずにローザの拘束を解いた。急いで立ち上がり、周囲に視線を走らせる。そこでローザは異変に気付いた。先ほどまで囲っていたはずのヴィールの大群が散っている。数が減っているわけではない、文字通り散っているのだ。


「一体……何が……」


 マリークが親指で後ろをさした。追うように顔を向けたローザは大きく目を見開いた。最初に目についたのは大きく聳え立つ旗印だった。夕日を閉じ込めたような真紅の地に黄金で縁取る盾の紋章。その中にある白金の星々。見間違えるわけがないアトルサの国旗だった。


 遅れてヴィールたちの呻き声や唸り声を掻き消すほど大きな雄叫びに気づく。視線を巡らせると、ここにいるはずのない白い軍服を着たアトルサ軍の姿。彼らがバルムガンやバルムセイバーを手に取り、ヴィールたちと戦っている。唖然としてると、ぴろんとリンクギアの通知音が鳴る。おぼつかない手で操作するとホログラムが投影され、目の吊り上がった男性が敬礼をしていた。


「アトルサ軍参謀長ローベルトです。到着が遅くなり申し訳ありません。我らアトルサ軍。この世界を、我らの地を守るため、参戦いたします」

「……来てくれたのか。でも出撃の許可は降りないって……」


 ローベルトは制帽を拭い、胸に当て、頭を下げた。

 

「申し出をすぐに受けられず、申し訳ありませんでした。上を説得するのに少々手間取ってしまいました」

 ローザが口の端を震わす。

「ローザ隊長。私はあなたのような人についていきたい。危険を顧みず、嘘や打算もない。真っ直ぐなあなたに。ここに来た兵士たちは皆、命令されたからではなく、自分たちの意思でここに来ました。彼らにもあなたの、あなたたちの勇姿を見せてあげてください。よろしくお願いいたします」


 ローベルトは再び敬礼をした。一糸乱れぬその佇まいにローザは目元を綻ばせ、「任せろ」と。ローベルトは頷き、通信が途切れた。


 この作戦の前にローザは軍方会議でアトルサ軍の出撃を要請していた。が、怯えた上層部は出撃を許可しなかった。それからの間、ローザはアトルサを離れるまで、時間の許す限り、兵士一人一人に頭を下げて回ったのだ。自分にできることはそれしかない。みんなを頼るしかないと。



 曇天の空を仰いだ。あの厚い雲の先にはどれだけ美しい青空が広がっているのだろうか。ただ雲が晴れるのを待つのは性に合わない。一人ではなく、全員で切り開く。


 ローザは周囲を見渡した。今まで敵対していたアトルサ軍の兵士たちが力を貸してくれている。やっと。やっと一つになった。マルクスのようにいかなくとも、私らしく。ローザは目を瞑り、大きく深呼吸をした。そして力強く目を開いた。


「全員聞け!」ローザの声が混沌とする地に高々と響き渡る。


「我々は今、時代を変えようとしている! 長きに渡る支配に終止符を打つ機会が目の前に来ている! 私たちが挫ければ、世界は滅びる! 愛するものたちの幸せを脅かす敵は何かわかっているはずだ! 諦めるな! 脚を止めるな! 食らいつけ! すべての力を出し切り、この世界を救い出すのだ!」


 ローザの声はいつにも増して凛々しく、そして美しかった。彼女は願った。ここで戦っている彼らの無事を案じ、祈る者たちも力を貸してくれることを。強い風が真っ直ぐに吹き、ローザの深紅の髪を大きくなびかせる。彼女は笑みを浮かべた。その瞬間、この地を揺るがすような雄たけびが轟く。彼女の言葉は兵士たちの心を震わせ、灯った。他でもない。誰よりも自分の弱さに悩み、苦しんだローザだからできることだった。


 戦況がひっくり返る。ローザたちはヴィールたちを蹴散らしていく。ローザの指示の元、連携を取り、一体また一体とヴィールを討伐する。やがて先の見えなかった黒き影の間に隙間が。その時リンクギアに通信が入る。


「緊急無線を失礼します。こちらアトルサ軍参謀長ローベルト。ローザ隊長。後の指揮は私にお任せを。あなたはリヒトさんと先に進んでください。あのお二人もお連れになってくださいね」

「あの二人って——。なんでお前がそれを知っている」


 あの二人というのはビリアとマリークで間違いないだろう。彼女たちのことはアトルサの混乱を防ぐための機密情報であり、誰にも公言していなかったというのに。通信から堪えた笑いが聞こえる。

 

「情報は高いんです。それでも必要なことですから。私は一度死んだようなもの。あなた方に恩を返したいという理由だけじゃ不足ですか?」

「いや。十分だ。後は頼んだ」


 ローザは視線を走らせた。視線の奥にいる凄まじい速さでヴィールを切り刻む男の姿を捉える。


「リヒト!こっちに来れるか!」


 彼は跳ねるようにローザの元へ。準備はできていると言わんばかりの力強い眼差し。


「ビリアとマリークをここに連れてこい!私たち四人で向かうぞ!」




 ——やがて、ローザが二台のレイルモービルを呼び寄せ、程なくしてリヒト、ビリアそしてマリークがローザの元へ集まる。全員微かに息は上がっているが、目立った外傷はない。


「リヒトはビリアを乗せていけ。マリーク。すまないが私の後ろに乗ってくれ」


 リヒトがレイルモービルに跨り、後ろのシートを軽いた。ビリアは戦場に似合わない弾むような足取りで後部座席に跨った。彼女がリヒトの胴に手を回すと、褐色の肌でもわかりやすいほど、耳の先が赤くなっている。途端に後ろから猛烈な圧。ローザは笑ってしまった。戦場にいるのに笑ってしまうなど、いつ以来だろうか。


「マリーク。仕方ないだろう。私で我慢してくれ」

「わかったから早く行け。途中に現れるヴィールは私とビリア様でなんとかする。お前たちはただ前に進むことだけ考えろ」


 ローザは口の端を上げた後、「わかった」と言い、アクセルを吹かした。仲間の雄叫び、地面を強く叩く足音が曇天の空に響き渡る中、四人はラピス教国の中心部へと進んでいくのだった。


読んでくださりありがとうございます。

人は一人では生きられないし、生きるなら一人ではいられないんですよね。

次回、ついにラスボスと対峙。彼が告げた驚愕の事実にリヒトは。


感想や評価をいただけると、今後の執筆の励みになります。よろしくお願いいたします。白モン

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