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最終章 百万回と一回目②消えた力

 厭に落ち着いていた。これから敵地へ乗り込むというのに、最初、そしてその次。それとはまた違う。自分でわかっているのだ。次が最後だと。


 ラピス教国への移動中、リヒトはステルスシェルの自室の中で『最後の雫』を読んでいた。なぜか机の上に置かれた本。誰が置いたのか、なぜ置かれたのかわからないが、一文も読み飛ばさないようにじっくりと遅い速度でページを捲っていく。


 天から落とされた彼が最後に見た光景。それは女神エリスの物悲しそうな顔だった。彼女が愛した人間を救うと決め、彼は地上を彷徨った。戦いに苛まれたこの世界には苦しみ、怒り、悲しみが萬栄していた。ルナリスは女神エリスのために、残された神の力を駆使して、人間たちを救済していく。やがて彼は広大な土地を全て歩き終えたのだ。


 半分読んだところで息をつき、本を閉じる。題名の下に小さく書かれたAlvaqと著者。彼は何も思い、何を伝えたくてこの本を書いたのか。リヒトは目を細めて、本の表紙を撫でた。その時、扉をノックする音が聞こえる。返事をし、扉が開くとそこにはビリアがいた。


「入ってもいい?」


 後ろに手を回して覗き込むようにしてそう言った。リヒトは快諾し、座っていた椅子を差し出し、自分はベットの上に腰を下ろす。ビリアがその椅子に座ろうとした時、机の上の本を見た。


「本なんて読むんだね。知らなかった」

「まだ半分しか読めてないけどな」

「面白い?その本」

「まだ読んでいる途中だ。読み終わってからじゃないと、わからない」

「ふ~ん」


 またしても後ろで手を組んだビリアは横目でチラチラとリヒトを見てくる。


「何か用があって来たんじゃないのか?」

「どうしてそう思うの?」

「どうしてって――見ればわかるだろ」


 肩をすくませるようにリヒトがそう言うと、ビリアは口に弧を描き、座面の半分だけ腰掛けるようにして座った。座ったはいいが、彼女は口を開かずリヒトを見つめるだけ。


「そういうところは変わってないのな」


 リヒトが鼻を鳴らすと、ビリアは焦ったように黄色の双眸を泳がせた。が直に落ち着く。一つ瞬きをした後、彼女の強い視線を感じた。


「ちょっと真面目な話をしようと思って。どうやってあの男を倒すのかっていう話」


 リヒトの姿勢が前に傾く。ずっと考えていたことだ。現実問題、あの男をどうやって倒せばいいのか。そもそも倒せるのかどうか。リヒトの目元が引き締まる。

 

「リヒトはバルムエネルギーについてどのくらい知ってる?」

「……ヴィールの動力源、あとはラピス教国の主なエネルギー、バイオリモデルはバルムエネルギーから何かを取り除いたものを使ってるって博士が言ってたな。未知のエネルギーだとも」

「あくまで使い道ぐらいは知ってる感じなんだね」


 小さく頷きながら呟く。が、ビリアのやけに真剣な面が気になった。

 

「あの男を倒すにはバルムキューブを壊さないといけない」

「バルムキューブ?」

「そう。僕が持っていた杖の先端についていたキューブ。あれこそがバルムエネルギーを生み出しているものだから」


 あの男の不快な笑い声が脳裏を掠め、眉間に皺が刻まれた。ビリアの身体を穿った後、奴はまず杖を拾った。その後も片時も手を離さなかった。バルムエネルギーを生み出すキューブ。リヒトは指を交叉させた手を口元へ当て、思慮深い顔をした。


「なぜ壊さないと倒せないんだ。それに壊せば倒せるってそんな単純な話でもないだろう」

「そう。ただ、あれを持っている限りあいつは殺せない。あいつの心臓を貫こうが、身体を引き裂こうが、キューブが常にエネルギーを与え続ける。すぐに身体が再生して元通り。嘘じゃないよ。僕が身をもって体験しているから」

「身をもってって……」


 リヒトの言葉は途切れ、それ先を問うことはできなかった。


「あれはどちらかと言えば生物に近い。宿主を選んでいるってわけ。だからまずキューブを壊さないと、こっちが先に力尽きる」


 まるで寄生虫みたいだな。リヒトは心の中だけで呟いた。あの男を倒すための手段は理解した。しかし……。


「そんな代物をそう簡単に壊せるのかが、問題だが……」

「破壊するのには苦労しないはず」

「試したのか?」


 彼女は静かに頷いた。リヒトは薄暗い天井を仰いで、大きく息を吐いた。途方もない教皇としてビリアが過ごしてきた時間。その重さがリヒトの方にもグッとのしかかる。終わらせなければ。リヒトは黒瞳をビリアに向ける。

 

「俺は何をすればいい」

「あの男から杖を奪って、動きを止めておいてほしい。僕がキューブを壊すから」


 ビリアが一瞬だけ拳を握ったのが気になった。リヒトは思案する。そう簡単に奪えるだろうか。全員で一斉に攻撃を仕掛けて、いや、マリークに動きを封じてもらって、と数多の戦闘を脳内に描く。ビリアだけが壊すよりもその機会に恵まれた者が壊す方が合理的ではないか。


「臨機応変に対応した方がいいだろう。手が空いた人がキューブを壊す方向でいこう」

「だめ。あれの力は僕じゃないと耐えられない。もし他の人がやれば、間違いなく死ぬ」

「だとすれば俺かビリア、マリークは耐えられるかどうか」


 ダメージを追っても能力を使えばすぐに戦線に戻れる。間髪入れずにリヒトがそう答えると、彼女は大きな目を細めた。そしておもむろに椅子から立ち上がる。


「……ちょっと手を出してもらえる?確認したいことがあるんだ。リヒトの指を少しだけ切るから、回復してみて。いい?」


 リヒトが拍子抜けしたように「あぁ」とだけ言うと、ビリアが人差し指に鋭利な光を纏わせた。彼女の尖った光がリヒトの人差し指をほんの少しだけ切る。ちくりとした痛みと共に血が玉のようにぷくりと膨らむ。リヒトは能力を使った。が、指先の痛みが消えない。傷が塞がらない。リヒトの人差し指の上には血の玉があるだけ。リヒトは目を見開いた。


「なんで……」

「やっぱりそうだよね。そんな気はしてた」


 気落ちしたような口調のビリアは両手をリヒトの指に翳した。翡翠の温かい光に当てられた指先から痛みが消え、指を擦るとリヒトの親指が薄紅に染まった。


「ごめんね。多分儀式のせいだと思うんだ」


 言葉が出てこない。足枷を嵌められたような感覚に陥る。

 

「前みたいに怪我を負ってもすぐに回復出来たりとか。そういう力は今のリヒトにはない。だから無理をしないでほしい」

「俺は……弱くなったのか」

「それはない。僕やマリークと手合わせした時、リヒトの身体能力は以前と比べ物にならないほど向上してた。それの……代償かもしれない」


 無茶をしてきた。この力があったから、助けられた命もあった。こんな大事な時になんで。リヒトは顔を伏せ、奥歯を噛み締めた。

 

「でも今は僕がいる。だからリヒトはあの男を倒すことだけを考えていて」


 顔を上げるとビリアが曇りのない瞳でリヒトを見つめている。

 

「いいのか? 耐えられるの、か」

「もちろんだよ。僕を誰だと思っているの。伊達に長生きしているわけじゃないんだから。それに……これは僕がやらないといけないことだから」


 彼女は口元に弧を描き、柔らかい声色でそう言ったが、唇の端が微かに震えていた。


 ステルスシェルの駆動音だけが聞こえる静寂の中、リヒトは口を開けずにいた。


「じゃあ僕はリヒトの隊長にも同じことを伝えてこよっと。うん。それじゃあまたね」


 耐えきれず動いたように見えたビリアにリヒトが声をかける。リヒトはポケットから一部分だけ欠けた瑠璃色の石を取り出した。元々欠片の一つはビリアのもの。それを彼女に手渡した。が、彼女は一度は受け取ったそれをリヒトに返した。


「これはリヒトにあげる」

「いいのか?」

「うん。これは僕のお守りみたいなものだったから。流石に一人でいると寂しくて、そういう時にこれを見るとリヒトと過ごした大切な日々を思い出せるの。でも今は目の前にリヒトがいてくれる。今の僕には必要ないものなんだ。それにこれは僕が三つにしたんだもん。だから僕のこれはリヒトが持ってて」


 優しい声でそう言った後、ビリアは踵を返し、がちゃりとノブを押し下げる音が鳴る。


「頑張るね」


 息の混じる声は、一層の覚悟を灯したように聞こえた。扉が閉まった後、リヒトは手の中にある重なった石を力強く握りこんだ。

読んでくださりありがとうございます。

リヒトの回復できる力一体どこへ。

次回、敵地へ乗り込んだリヒトたち。絶対的な戦力差。


感想や評価をいただけると、今後の執筆の励みになります。よろしくお願いいたします。白モン

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