表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
30/44

3章 空白⑥祈りなき聖堂

前回のあらすじ

ラピス教国へ向かう日が訪れた。ステルスシェルに揺られながら、リヒトは瑠璃色の石と『最初の雫』、そしてカタリーナが口にしていた女神のことを思い出す。幾日かの移動を経て辿り着いたラピス教国では、巨大な壁が生き物の口のように開き、静止したヴィールや膝をつく信徒たちが異様な光景を作っていた。中心部でオベリア部隊を迎えた赤いローブの男は、聖域に入れるのはリヒト、ローザ、カタリーナの三人だけだと告げる。濃黄色のアストラを受け取った三人は、他の隊員を残して聖域へ入る。道中、男はカタリーナが信仰を失ったことを知り、怒りを滲ませるが、すぐにサフィラスへの非礼を詫びるように膝をついた。その石畳には、微かな赤が残っていた。

 リヒトたちは巨大なゴシック様式の建物を見上げていた。壁面は黒ずみ、雨風に削られているはずなのに崩れた様子はない。漆を塗ったような艶のある扉は不自然なほど綺麗で、時間がここを避けて流れているようだった。


 その扉の前に幅の広い段が三段。扉を挟むように、赤いローブの人間が二人立っていた。段差のおかげでフードの中が少し見える。鼻筋の近くに散ったそばかすの女性。人を待っているというより、役割として立っているだけに見えた。


 リヒトたちを引率した赤いローブの男は段を登り、振り返った。少し気弱そうな優しい目。彼は小さく一礼し、最後の段を登った。


 突如、リヒトが目を見開く。


 赤い閃光。赤いローブの女性が腕を振るうと、男の頭が宙を舞った。それが一段、二段、と鈍い音を立てながら段差を転がり、リヒトの足元で止まった。優しそうな目はまだ開いている。驚いた顔でも苦しんだ顔でもない。ただ途中で切り取られたみたいに静かな顔だった。遅れて胴が崩れ、溢れ出た血が石畳の溝に広がっていく。

 

「それでは皆様。サフィラス様のお部屋へ案内いたします」


 女性は淡々と言った。


「おい!ちょっと待て」


 ローザの言葉に、女性は振り返らず、扉に手を翳した。重々しい音が響き、巨大な扉がゆっくり開いていく。半身だけ振り返り、扉の奥に手を向けた。


「なぜ殺した」


 リヒトは無表情のまま問うと、女性は短く答えた。


「彼の意思です」


 待ってもそれ以外の言葉は出てこなかった。疑問を持つこと自体が不思議だと言わんばかりに。

 


 扉を抜けると、冷たい空気が肌を撫でてきた。最初に目へ入ったのは奥に掲げられた両翼の男の絵。すりガラスに描かれているそれは、曇った空から差し込む僅かな光で神々しく見えた。


 真ん中の通路を挟むように埃一つない長椅子が二十列ほど並んでいる。いくつかの足音だけがこの場に響く。奥まで進み、演壇に辿り着くと、女性が足を止める。


「この上へお乗りください」


 彼女が示したのは壇上中央に敷かれた、ただの紫紺の絨毯。リヒトは目を細めた。理由はわからないが、ここに立ったら戻れない気がした。今まで死地なんて何度も越えてきた。それなのに、地面に足を縫い付けられたように前に進めない。


 しかし、ローザ、続けてカタリーナもその上に乗った。リヒトは小さく息を吐き、拭えない何かを振り切るように足を踏み出した。


「今からあなた達を上の階へ送ります。動きが止まったらそのまま真っ直ぐ進んでください。間違っても途中で降りたり、道を曲がらぬようお願いいたします」

「その前に一つ聞かせてくれ。お前が殺したあの男は仲間ではなかったのか」


 ローザが引き結んでいた口を開いた。僅かな沈黙後、女性は首を傾げる。


「同じラピス教徒ではありますが……。それがなにか?」

「いや、いい。十分だ」


 ローザは強く鼻から息を吐き、腕を組んだ。直後、赤いローブの女性は地面に向けて両手を翳した。聞き取れない呪文みたいな音だけが低く響く。


 足元の絨毯の縁が青白く発光し、絨毯がふわりと浮き上がる。振動、音もなく。

 


 上昇しているのに、身体にかかる重さが薄い。まるで周囲だけが下へ沈んでいるようだった。リヒトは無意識に腰の武器へ触れる。そこにある感触が胸のざわめきを落ち着かせてくれた。――そして青白い光を浮かばせた絨毯は静かに止まる。


 暗闇を迫り来るように奥から順に明かりが灯っていく。機械的な機能ではなく、意志を感じる灯り。長い廊下の奥にあるぽつんとした扉。


 ローザが歩き出し、リヒトとカタリーナも続く。分厚い絨毯に足音が吸われ、不気味なほどの静寂。世界から自分たちが置き去りにされたような感覚。静寂を破ったのはローザだった。


「よくカタリーナをこの地から連れ出してくれた」


リヒトは「はい」と短く返すと、カタリーナと目が合った。彼女は目元を引き締めているが、口元には弧が描かれ、小さく頷いた。

 

「私はこの国が嫌いだ」


 迷いのない芯のある声。ここに来るまでの道中を思い出した。ヴィールが蔓延る地。人間らしさを感じない信者たち。全てがあるようでハリボテ。リヒトは奥の扉を見据えた。


「俺もです」

 


 リヒトたちは扉の前に辿り着く。豪華な装飾があるわけでもない金属製の重厚な扉。しかし目の前に立つと、自分たちが小さくなったような圧迫を覚える。


 ローザは二人とアイコンタクトをとり、扉に手を触れた。押し込むが動かない。リヒトは胸の奥の違和感が未だ掴めずにいた。殺意でも、敵意でもない、もっと静かで、試されているような何か。目を凝らして扉を見つめていた、その時だった。


「君じゃない。そこの男。手を」


 脳の奥に直接落ちてくるように聞こえた。リヒトだけでなく、ローザやカタリーナもその声に反応している。半歩、身を引いたローザに変わり、リヒトが扉に手をかけた。ぐっと力を入れようとした時、扉全体に青白い幾何学模様が走った。


 生き物のように広がっていき、重苦しい音を奏でて、ゆっくりと扉が開かれた。


 

 扉の奥は深紅の敷物が真っ直ぐ奥まで伸びていた。その敷物を挟むように信者たちが等間隔で並んでいる。誰もリヒトたちを一瞥することなく、微動だにしない。まるで最初からそこに置かれていた人形のように。敷物の終点で紫色のローブを着た人間が三人立っていた。真ん中の人物だけやけに小さい。


 リヒトたちは歩き始めた。進んでいるはずなのに異様に長く感じるそれに歩調が乱れる。リヒトは視線を走らせ、人数、距離、出口。何かあった時にどう動くかを脳内で確認した。そんなことを考えていると、絨毯の終点まで辿り着いていた。


「よく来たね。歓迎しよう」


 聞き覚えのある声にリヒトの胸がざわつく。深く被ったフードを脱いだ薄ら笑みを浮かべたプラウド。


 直後、小さく舌打ちが聞こえた。プラウドから二つ右の人物が背を向け、乱暴にフードを脱ぎ、階段を上がっていく。映像でも見たバイオレットの髪が複雑に編み込まれている女。マリークは白い紗の前で立ち止まり、小声で何かを告げている。


 やがて、そこがゆっくりと開かれた。奥に、褐色の女が大きな椅子に腰掛けていた。映像で見るよりも小さく見える。傍らには長い杖がおかれ、その先端にある四角い何かが不気味に青白く明滅していた。突如、衣擦れと重たい音が鳴る。階段の方を向いた信者たちが、片膝ををついて頭を下げていた。


「面をあげていいよ」


 大きな声でも、怒鳴っているわけでもない。それなのに、その一言だけで、この場を掌握する空気が流れた。


 サフィラスはゆっくりと立ち上り、杖を抱えた。そして、差し出されたマリークの手を当然のように取って、階段を降りてくる。足音はほとんど聞こえない。それなのに彼女が近づく度、空気が張っていく。巨大な建造物や果ての見えない空を見上げた時みたいに、自分という存在だけが急に小さくなっていくような感覚が胸の奥に溜まっていく。


 リヒトは無意識に目を細めた。見なければいけないのに、目を逸らしたい。近づいてくるこの女が、どうしても夢で出てきたビリアという名の女性と重なって見えてしまう。

 

 階段を降り切ったサフィラスがそこで止まる。プラウドともう一人の紫色のローブを纏った人物が彼女の横で控えた。


「プラウド。こやつらか」


 プラウドは胸に手を当て、礼をした。


「僕は気分が良い。特別に一つだけ……君たちの問いに答えてあげる」


 リヒトは横目でローザとカタリーナを見ると、同じような視線が返ってきた。誰から、何を、と言葉にしなくても理解できる。その時、前から刺すような視線を感じた。マリークが眉間に深い皺を刻み、リヒトに睨みを効かす。

 

「サフィラス様がお言葉をかけてくださったのに貴様らのその態度はなんだ!」


 割れる怒号が張り詰めた静寂に落ちる中、一つ息を吐いたローザが前へ出た。

読んでくださりありがとうございます。

ようやく、ラスボスの元まで辿り着いたリヒトたち。

次回、探し求めていたリヒトの過去が明らかに。


感想や評価をいただけると、今後の執筆の励みになります。よろしくお願いいたします。白モン

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ