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3章 空白⑤聖域の資格

プラウドたちから届いた映像が途切れ、会議室には重い沈黙が落ちる。ローザはラピス教国へ向かい、交渉の機会を探ると部隊員たちに告げた。解散後、リヒトはローザから、プラウドが自分宛に残したメッセージを受け取る。そこには「君が欲しかったものはここにある」と記されており、リヒトは自らの過去がラピス教国にあるのではないかと考える。同行を望むカタリーナを危険から遠ざけようとするリヒトだったが、彼女もまた譲らない。押し問答の末、リヒトは彼女が大事だから守りたいのだと口にし、カタリーナはその手を包む。ローザの言葉にも背を押され、リヒトはラピス教国へ向かう決意を固めた。

 ラピス教国へ向かう。戦闘員の大半は参加を希望する一方で、アトルサに残りたいという者も何人か出てきた。彼らは自分だけ残ることに後ろめたさを覚えたのか、辞表をローザに提出してきたが、ローザは対話を繰り返し、彼らは辞表を懐に収めた。その話を聞いた時、リヒトは少しだけあの人らしいと思った。

 

 

 そして――出発の日が訪れる。以前ラピス教国を襲撃した時と荷物はほとんど変わらない。装備も、武器も、持ち物も同じはずなのに、今はそれが重たく感じた。理由はわかっている。あの時は何もなかった。しかし、失いたくないものがある。その重さだ。


 

 移動するステルスシェル内で聞こえるのは低い駆動音と時折聞こえる小さな会話。窓の外に目を向けると、乾いた荒野の中を彷徨うヴィールたち。リヒトは流れゆく景色から目を切り、ポケットに手を入れる。指先に硬い感触が触れ、取り出したのは瑠璃色の石だった。掌の上で静かに光を返す。ぼんやり眺めていると、不意に別のものが頭に浮かぶ。あの時買った本。『最初の雫』

 

 表紙に描かれていた灰色に濁った空から地上へ落ちる一粒の雫。そしてカタリーナが時折口にしていた『女神様』という言葉。リヒトは小さい嘆息と共に、石を指先で転がしながら再び荒野へ目を向けたのだった。



 ステルスシェルで移動して幾日か経過し、オベリア部隊はとうとうラピス教国へ辿り着いた。彼らを見下ろすように聳え立つ壁。その時、車内通信にノイズ混じりの音声が割り込む。ざり、と耳障りな雑音。静寂の後、少し高めの女性の声が響く。


 「よく来たね。そこで少し待ってて」


 短い言葉だったが、機内が騒めく。ハッキングされた形跡はないか、端末を確認する声が飛び交う。だが結局、異常は見つからなかった。


 すると、腹の底に振動が伝ってくる。リヒトたちに行方を阻んでいた壁が、扉らしき継ぎ目もなかった壁が左右へ割れていく。巨大な生物が餌を飲み込むために、口を開けているようだった。


「そのまま進んで」


 再び通信が入る。だが今度は誰も騒がない。ざわめきは消えていた。代わりに車内全体が息を呑む緊張感に包まれていた。全員がここから先は敵地の本拠地だと、表情を引き締めた。


 ステルスシェルは国境を越え、ここにくるまでとさほど変わらない荒れた地を進み続ける。同じく何体ものヴィールがいたが、動かない。何かに許可されるまで息を潜めているみたいに。


 さらに進むと白、というよりも汚れて燻んだの装束を着た人々が一列に並び、全員が地面に膝をついていた。ただそうしているだけの不気味な光景に、リヒトは窓から目を切り、背を壁に預けて肩の力を抜いた。その代わり、意識だけを静かに研ぎ澄ませていた。


 

 長い時間走った後、ラピス教国の中心部に位置する薄く青色のネオンで包まれた場所の前。黄色の修道服の群を前にして、ステルスシェルが静かに停止する。

 

「全員外へ出なさい」


 通信はそれだけだった。リヒトを含めオベリア部隊は順に外に降り、ローザを前に整列をした。リヒトは一番右端の真ん中の列に立っていた。


 周囲に視線を歩かせるが、黄色の修道服を着た人間たちが、口元だけで笑っていた。歓迎しているようにも、監視しているようにも見える。リヒトは顎を引き、気を張った。何かあれば、いつでも動けるように。


 その時だった。黄色の群衆が真ん中から千切れるように割れた。最初から準備されていたかのように、一筋の道が奥まで伸びる。その奥から赤いローブを深く被った人間がゆっくりと歩いてくる。それが近づくほど空気が重たくなり、男は口元に笑みを浮かべたまま、オベリア部隊が整列している前で立ち止まるとゆらりと両腕を広げた。


「ようこそおいでくださいました。オベリアの皆様」


 温度をまるで感じない薄っぺらい声。歓迎しているというより、予定通り到着した客を迎え入れるみたいな。彼の言葉に反応する者はいない。皆の表情が静かに引き締まっていく。


「これより聖域に入っていただきますが、こちらで厳選しました。私がお呼びする三人だけ中に入ることを許可しましょう」


 部隊員たちの抑えていたものが零れ始め、不満の漣が広がっていく。赤いローブの男が後ろに回した手を解いたその時だ。


「静粛に!」


 ローザの鋭い声が空気を裂いた。彼女は迷いなく前に出る。まるで最初からこうなることを想定していたみたいに。


 リヒトは腰のホルスターに手を添え、前を見据えていた。少し離れていて会話は聞こえない。赤いローブの男が肩を弾ませて笑っているのは見て取れる。会話というより確認作業に見えた。やがてローザが振り返る。誰かを探すように整列した部隊を見渡す。目が合った。


「リヒト。こい」


 彼女の元に駆け寄る。

 

「隊長。これはどういった――」

「言う通りにするしかない。あちらさんの指名だよ」


 ローザの目は冷静だったが、表情に硬さを残している。納得しているわけではなく、受け入れているだけ。ローザが再び整列した部隊を見渡し、声を張った。


「カタリーナ! どこだ!」


 リヒトは眉間に深い皺を刻んだ。できればここで待機してほしかった。そんな考えが反射的に浮かぶ。


「はい! ここにいます!」


 声だけ先に聞こえた。部隊員たちの頭の上から、小さく跳ねるように振られる手が見える。やがて人の間を縫うようにカタリーナが出てきた。目元を引き締め、瞳だけが忙しなく動いていた。周囲をみて、状況を読んでいる。その横顔を見ていると、余計に止めたくなった。


「他の部隊員は中で待機させてもいいな」

「はい。くれぐれもここを超えないでくださいね。ここを超えるためには資格が必要ですから」


 男は袖の中から濃い黄色のアストラを三つ取り出した。ゆらりゆらりと揺れるそれをリヒトたちは一つずつ受け取る。曇った空の下、その石だけが鮮やかに見えた。


「これを持っていない人がこの線を越えたらどうなるか聞きたいですか?」

「どうなるんだ」

「人ではなくなります。あれになりたくなければ皆さんに忠告しておいた方がいいですよ。我々からすれば、皆さんが私たちの仲間になるのは喜ばしいことなんですがね」


 男は冗談を言うように乾いた笑みをこぼしていた。脅しの色はないのが、余計に不気味だった。


 ローザは部隊に向き直り、短く状況を説明する。納得できないように目を逸らす部隊員たち。しかし、ローザは半ば押し込むように彼らに指示を出した。やがて、部隊員たちはステルスシェル内へと戻って行ったのだった。


 初めて触れる、ラピス教徒であることを証明する石。表面が滑らかで僅かに温度があり、指に吸い付くような感触だった。何かを吸われるような、考えを覗かれるような嫌な感覚が皮膚の下に入り込んでくる。石は鼓動を返すように、静かに光を返していた。



 

 そして――リヒト、ローザ、カタリーナの三人は赤いローブの男の後ろを歩き始める。聖域。そう呼ばれた場所の奥を歩きながら周囲を見渡す。灰色のコンクリートで統一された無機質な建物が列をなす。余計な装飾がなく、ガラス窓もなく。ただ四角い穴が開けられた壁。すべて同じ高さ、同じ色、同じ形。住んでいる人間まで同じに見えた。黄色の修道服を着た人間たちが通りを歩いているが誰も騒がず、子供らしい影もない。


 小さな人の声が聞こえる。四方八方から仮面を貼り付けたような笑みが全身に向けられる。

 

「それはそうと……。リヒト様はプラウド様から大変高い評価を得ているようですね」

 

「……プラウドから何を聞いたのか知らないが。裏切者にそう思ってもらえるなら光栄だね」


 男は高笑いした。それでも感情を感じない無機質な声。リヒトは鋭い視線をその背中へ向ける。


「面白い、実に面白いお方だ。プラウド様の言った通りの反応をされた。感情を出さない人ほど実は読みやすい。あなたは正直な人だ」

 

「不愉快だ。そういうのはやめてくれ。馴れ合う気はない」

「私は仲良くなりたいと思っていますがね。それにしても今日はいい日だ……」


 こっちの主張が通じていない。全部自分の都合の良い形で解釈している。その感覚が妙にプラウドと似ていて腹が立った。


「カタリーナ様……ですね。あなたはこの国で生まれ、ラピス教徒であったはずです。あなたに授けられたアストラはどうされたのですか?」


 今度は声色が変わった。打って変わって低い声色。リヒトは目を細め、カタリーナに小さく首を振ってみせた。刺激するな。そう伝えるように。


「光を失ったので私には必要ないものでした。元住んでいた家にあると思います」

「オルフェニア様への信仰心が無くなったことを示しますが……それについては?」

「そう捉えていただいてかまいません」


 男が歩みを止めた。空気がぴりりと肌を突き刺す。彼は振り返らないが、背中だけが静かに張る。


「そう……ですか。久しい。怒りとは……。このようなものでしたね」


 リヒトの背筋が冷えた。赤いローブの輪郭が揺れて見える。熱気じゃない。何かを押さえ込んでいるようだった。


 リヒトはカタリーナの前に割って入り、バルムガンに手を添えた。男は動かない。振り返りもしない。しばらく沈黙が続く。そして。


「あぁ!サフィラス様のお客人に対して、私は何と言うことを!お許しください!」


 男は石畳の地面に勢いよく膝をついた。そのまま項垂れ、繰り返し、聞き取れない何かを呟いている。やがて男はふらつきながら立ち上がり、そのまま歩き出した。彼が膝をついていた石畳だけが微かに赤く染まっていた。

読んでくださりありがとうございます。


狭い世界で生きている人たちこそ本当の狂気なのかもしれません。

次回、とうとう教皇サフィラスと対面。リヒトの過去は一体。


感想や評価をいただけると、今後の執筆の励みになります。よろしくお願いいたします。白モン

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