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3章 空白③招かれざる招待状

前回のあらすじ

リヒトはローザに、桃色の髪の女性が死ぬ悪夢と、自分が彼女を殺したかもしれないという恐怖を打ち明ける。涙を流したローザは彼を受け止め、カタリーナへの想いが恋だと諭す。そこへ、実はロッカーに隠れていたカタリーナが現れ、リヒトは彼女に避けていたことを謝罪する。二人は互いの温もりを確かめるように抱き合い、リヒトは自分の想いを受け入れる。だが、甘い空気の中で廊下に潜んでいたローザが見つかり、場は笑いに包まれた。

 時折、あの時の夢が脳裏をかすめることはあった。だが、もう惑わされない。目を開ければちゃんとここに帰ってこられるようになった。抱き返してくれた腕も、向けられた言葉も、全部この手の中にある。虚構の声は、満たされた心に入り込む隙はない。


 気付けば一人で戦っていることも少なくなっていた。誰かを守るために戦うのなら、自分一人が強ければいいわけじゃない。その当たり前を、少しずつ理解できるようになっていた。


 任務を終え、帰還する道中、リンクギアの通知音が鳴る。ローザから個人宛ではない、部隊全員への通知。


 ――帰還次第、第一会議室へ集合。


 短い文面を確認したリヒトは端末を閉じ、オベリア部隊たちはそのまま第一会議室へ足を運んだ。


 基地一階にある第一会議室は部隊員全員を収容できるほど広く、部屋の奥に大型モニターが設置されている。なだらかな傾斜に沿って長机と椅子が並び、すでに何人か席についていた。モニターに近い最前列に座っている桃色の髪。カタリーナが女性隊員と楽しそうに話している。相手が何か言うたびに肩を揺らして笑い、小さく身振りを交える。その様子にリヒトはわずかに口元を緩めた。


 リヒトは扉に近い後列の席に腰を下ろす。話し声が行き交う空間も昔ほど嫌いではない。無事に帰ってきた人間たちが、それぞれ今日を終えた音だった。


 やがて前方の扉が開く。部屋に入ってきたローザはいつもよりも表情が固く見えた。彼女は壇上に上がり、演台の前に立つ。ゆっくりと会場を見渡した後、マイクを手に取った。


「まずは本日の任務お疲れ様。皆無事に帰還したことを嬉しく思う」


 静かな声にリヒトは目を細める。こんなことを言うためだけに、部隊全員を集める人じゃない。


 背にもたれていた身体を起こす。周囲の空気も変わっていた。視線を歩かせると、腕を組み直す者、椅子へ深く座り直す者。隣同士で小さく言葉を交わしていた隊員たちも、いつの間にか口を閉じていた。


「さて――労いの言葉はこれぐらいにして、まずはみんなにこれを見てもらう」


 ローザはマイクを置くと壇上から降り、そのままモニター脇で立ち止まる。リンクギアを操作した瞬間、大型モニターに映像が投影された。まだ再生は始まっていない静止画。会議室の空気が一変し、ざわり、と波が走る。


 囁く声があちこちから漏れる。紫色のローブを着た薄く笑う男。プラウドがいた。困惑、警戒の漣が広がっていく。リヒトは黙ってモニターを見つめていた。もう一度、椅子の背に身体を預け、目を細めた。椅子の背がぎしりと音を立てる。口を引き結んでいたローザがマイクを通さず声を響かせる。


「静粛に!」


 力強く、鋭い声だった。空気を切るような一声に会議室はすぐ静まり返る。ローザは全員を見渡した後、再びリンクギアを操作した。映像が再生される。


「は~い! オベリアの皆久しぶり! プラウドだよ。もう今は部隊を抜けたから元副隊長と言っておこう。そして改めて……。ラピス教枢機卿プラウド。以後お見知りおきを」


 道化た動作で頭を下げるプラウドにリヒトは眉間に皺を寄せた。男の胸元で揺れる紫色のアストラだけを静かに見据える。その石は照明を受けて艶めいた光を返していた。


 やがてプラウドが顔を上げ、くるりと背を向け、赤い絨毯の上を歩き始めた。そこで初めて気付く。彼の身体に隠れて見えなかったが、その先には何人か並んでいた。ローブを深く被っており、性別までは分からない。ほとんどが赤色のローブを着用しており、プラウドを含めた三人だけが深紫色のローブを纏っていた。ただ、その中に一人だけ顔を隠していない女がいた。前髪で片目を覆うようなバイオレットの髪。腕を組み、まるで護衛か監視役みたいに微動だにせず立っている。どこか軍人めいた張り詰めた表情を崩さない。


 そして、その隣。リヒトの視線が止まり、小首を傾げる。もてあますほど大きな椅子に腰掛けた白い装束の女。


 プラウドは何事もないようにその横へ立つと、映像がゆっくり拡大していく。その瞬間、リヒトは目を見張った。机の上に置いていた手が拳を作る。


 褐色の肌。毛量の多いアッシュグレーの髪。見覚えがあるが、どこで見たのかがわからない。頭の奥で何かが引っかかり、輪郭になりきれない記憶だけが浮かんでは消える。あの時、夢の中で見た少女はもっと――。瞳が澄んでいた。もっと透明で、光を映したような黄色だった気がする。


 映像の女性は虚ろな瞳だった。心臓を指先で静かに撫でられているような、不快なのに目が離せない感覚。気付けばリヒトは椅子の背から身体を起こしていた。


 やがてその女が口を開く。


「面を上げよ。僕はラピス教、教皇サフィラス」


 声は想像していたよりも高く、よく通る。それなのに、場の全員が従わされるような圧を感じた。彼女の視線はこちらを見ているようで誰も見ていない気もした。


 リヒトは肩の力を抜いた。夢にいた少女とは、名前が違う。もっと濁る響きだった気がする。視線を動かすと、部隊員たちは皆モニターに見入っていた。口を開けたまま固まる者。眉をひそめる者。知らず姿勢を正している者。彼女に空気が飲まれている。


「君たちのことはプラウドから聞いていた。以前ここに来た時も、僕は楽しみにしていたのに……。なんで帰るの?」


 リヒトは心の中で小さく舌打ちした。決死の覚悟で踏み込んだあの襲撃すら、相手からすれば期待していた催し程度だったということ。


「ここ何年かで一番気分が良いからね。君たちをこの地へ招待しよう。楽しみにしていてくれたまえ」


 サフィラスは足を組み、顎を少し上げる。口に浮かべた微笑が気に障る。戦う相手ですらないと、その距離感だけが伝わってきた。そして、映像がゆっくり引いていく。それを追いかけるように、プラウドが前に歩き出した。


「僕を褒めてほしいね。僕のおかげで君たちはここに来れるんだ。サフィラス様は君たちみたいな人間がお目にかかれる存在ではないんだよ。だからね――」


 わざとらしく肩をすくめ、いつもの芝居がかった調子。だが、次の瞬間、急に映像が左右上下に激しく揺れる。プラウドの身体が弾かれたように画面の外に流れる。


「うわぁ! ちょっとマリーク! なにしてんの!」


 珍しく焦った声の後、映像のブレが止まる。映っていたのはサフィラスの隣にいたバイオレットの髪の女。髪は複雑に編み込まれ、一切の乱れがない。琥珀色の双眸がこちらを見据えている。一番印象に残ったのは無機質な表情だった。何かを押し殺しているような、その表面だけを硬く凍らせているように見えた。


「我々はお前たちなど一瞬で殺せる。命が惜しければくれぐれも無粋なことを考えるな。それと――」


 言葉が止まる。女性の眉がほんの僅かに動き、精悍な顔立ちが一瞬だけ歪む。苛立ちか、焦燥か、それとも別の何かか。感情が漏れたというより、押さえ込んでいたものに亀裂が入ったような表情だった。


 次の瞬間。映像に帯状のノイズが走る。画面全体が大きく歪み、音が裂けるように途切れたのだった。

読んでくださりありがとうございます。

さて、ラスボスの登場ですね。リヒトたちはラピス教国に行くのか、行かないのか。

次回、プラウドからリヒトへの個人的なメッセージが。


感想や評価をいただけると、今後の執筆の励みになります。よろしくお願いいたします。白モン

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