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2章 残照⑧黄昏の果て

ヴィールの群を退けたリヒトとカタリーナは、バルムンド博士からの緊急連絡を受け、急ぎオベリア基地へ向かっていた。しかし胸騒ぎは消えず、二人の頭上では空が紅へと染まりつつあった。


基地近くで二人を待っていたのは、元アトルサ軍総司令官のディノス。彼は巨大な異形の怪物へと変貌していた。親友を止められず傷ついたローザを庇いながら、リヒトはディノスと激突する。


サフィラスへの狂信に囚われたディノスは怒りに身を任せて襲いかかるが、リヒトとカタリーナは連携によって追い詰めていく。そして激戦の末、リヒトはディノスを貫いた。


しかし、とどめを刺すことはしない。


それはローザ自身が向き合わなければならない戦いだった。武器を受け取ったローザは、かつての親友との最後の決着をつけるため、一歩前へ踏み出したのだった。

 焼け残るのような燻んだ赤が頭上を覆う中、ローザはかつての親友と向き合う。勇ましく、頭の切れる頼りがいがあった男。その男が今、倒さなければならない敵、と同じ姿でこちらを睨みつけていた。マルクスが死んだ時、ディノスを疑ってしまった自分が嫌だった。彼がそんなことをするはずがない。そう思い続けてきたが、間違ってはくれない。ローザはかさついた唇を噛み締めた。


「ディノス。私たちが過ごした日々は……本当に嘘だったのか」


 抑揚のない声。垂れた前髪の奥の瞳が、何かを思い出しているかのように沈んでいた。


「少しでも……私とマルクスを友達だと思ったことは、なかったのか」


 ディノスがわざとらしく大きく鼻を鳴らす。


「あるわけないだろ」


 あまりにも迷いがない即答。ローザの胸がずきりと痛む。


「俺たちは使命を受けてこの地に来てるんだ。故郷を離れ、いつ戻れるのか。いつまたサフィラス様にお会いできるのかわからない俺の苦しみを、お前にわかるわけがないだろ」

「……そうか。そう……だったのか」

「なんだ?同情してんのか?くだらねぇ」


 吐き捨てるような口調の後、冷たい視線がローザに突き刺さる。


「昔からお前のそういうところがたまらなく嫌いだよ」


 彼の言葉とは裏腹にローザの胸の奥に熱いものが溜まっていく。握り締めたバルムセイバーの刃先が微かに震えていた。


 肌を刺すような緊張感が辺りを覆う。

 刹那。

 ディノスの巨体が地面を砕く勢いで突進してくる。ぎらりと怪しげに煌めく爪が迫る。ローザは息を長く吐き、止める。青白い扇状の斬光。柔らかいものに刃がすっと入るように。振るわれた巨大な爪が宙を舞う。顔を歪めたディノスはもう片方の腕を振り下ろす。ローザは紙一重で身を翻した。風圧が頬を叩く、同時に、一閃。赤黒い血飛沫が舞い、丸太のように太い腕が地面へ転がった。どさり、と重たい音。ローザが唇を引き結ぶ。


 ディノスは咆哮を上げ、飛ぶように後退すると、失った部位をずるり、湿った音と共に、再生した。赤黒い肉が脈打ち、骨を作り、皮膚を覆う。ローザの口角が微かに下がる。


 痺れを切らしたようにディノスが地面を掘り起こすように、乱暴に腕を振るった。砕けた石と砂塵が弾丸のような速度で襲い掛かる。ローザは身体の前でバルムセイバーを回転。青白い光が円を描く。飛来した岩石が次々と焼き切られ、地面の上に落ちる。舞い上がる砂煙。その向こうでディノスの赤黒い巨体を震わせていた。


 ローザはゆっくりと歩き出した。彼との距離を詰めていく。一歩。また一歩。近づくたびに、ディノスの顔が歪んでいく。ローザがひらり、と風に乗るように跳んだ。コアの前へ迫る。虚をつかれたディノスの目が大きく見開かれた。反射的にコアを守るように赤黒い肉を覆い被せる。


 ローザは静かにバルムセイバーを構えた。青白い刃が閃く。一太刀、二太刀、三太刀。瞬く間の蓮撃。肉塊が細切れになり、ぼとぼとと地面へ落ちていく。赤黒い血飛沫が散った。


 そして、剥き出しになったコアの中。かつて親友だった男と目が合う。恐れで揺れている。威厳と頼もしさのあった顔が激しく歪んでいた。


「ローザァァァ!」


 ディノスの割れんばかりの叫び声。ローザは一瞬、目元を弛ませた。――そして、何も言わず、青白い刃をディノスの身体に突き刺した。

 

 綺麗に整えられた地面を押し固められた道。空に伸びていたはずの木々。見慣れたこの道が荒れ果てている。そして、この場所に倒れ込む巨大な身体。

 ローザはその上に降り立った。赤黒い肉塊はまだ微かに脈打ち、濃い青の混じった茜色の光がその異形の輪郭を鈍く照らしていた。


 ローザは息を整えるが、呼吸をするたびに胸の奥が軋んだ。彼女はバルムセイバーを振るい、コアの表面を切り裂いた。ガラスのようにひび割れた透明な隔りが砕け落ちる。見下ろす先には口元から血を流すディノス。

 

「さっさと、やれよ」


 低くぐもった声は全てがどうでもよくなったみたいに聞こえた。ローザは無言のまま、バルムセイバーを逆手に持ち、煌めく切っ先を胸元へ向ける。脳裏にあの頃の思い出が蘇ってくる。笑いながら飯を食ったこと。馬鹿みたいな喧嘩をしたこと。くだらない話で夜更けまで笑っていたこと。視界が滲み、彼の顔がぼやける。刃先が小刻みに震えていた。ディノスはそんなローザを見て、小さく鼻を鳴らした。


「お前……。俺は本当に……。お前のそういうところが嫌いだよ」


 片方の眉を少しだけ上げた、呆れたような顔。昔、任務から帰還した時によく見せていた顔と重なって見えた。


「じゃあな」


 ディノスが目を閉じた。ローザは唇の震えを必死に抑える。やがて、震えていた切先がぴたりと動きを止めた。


「あぁ」


 掠れた声でそう言い、ローザはディノスの胸へバルムセイバーを突き立てた。ディノスの身体が硬直した後、手が静かに落ちたのだった。


 しばらくの間、ローザは拳を握り締めたまま動けなかった。ただ立ち尽くし、友の亡骸を眺めていた。


 空は朱と紺が混ざり合った黄昏。熱の籠る目元に冷たい風が触れ、深紅の髪がなびく。今だけは我慢しなくていいと、世界に許された気がした。

読んでくださりありがとうございます。

少し短い話ですが、ローザの揺れ動く気持ち、彼女はこれで全て晴れたのでしょうか。まだまだ足りません。

次回はほんわかからの少しミステリアスな展開です。


感想や評価をいただけると、今後の執筆の励みになります。よろしくお願いいたします。白モン

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