1章 灯り完結⑭継灯
前回のあらすじ
突如発生した大規模ヴィール襲撃を受け、オベリア部隊は総出で迎撃へ向かった。北東戦線に配備されたリヒト、カタリーナ、ウルスラは連携しながら戦況を押し返していく。しかし戦闘終結直後、地中からこれまでにない変異種が出現。通信も遮断され、三人だけで迎え撃つことになる。圧倒的な速度と力に苦戦しながらも、ウルスラの提案した作戦とカタリーナの防御壁によって一時は勝機を掴む。だが味方側の攻撃によりカタリーナが戦線離脱。リヒトが救助に向かった隙を突かれ、ウルスラは変異種の攻撃を受け致命傷を負う。彼女は最後までカタリーナの無事を喜び、リヒトへ感謝を伝えた彼女は静かに息を引き取った。守れなかった現実だけが、リヒトの胸に重く残った。
今回の緊急任務は幕を閉じた。犠牲者はオベリア部隊のウルスラただ一人。この国で生活するほとんどの人間は彼女の死を知らない。誰にも知られず、大きく報じられることもなく、彼女の弔いはオベリア部隊だけでひっそりと行われた。部隊内で彼女を悲しむ者は多かった。いつも騒がしく笑い、場の空気を無理やりにでも明るく変えてしまう。そんな彼女の存在は知らぬ間に多くの人間の心に入り込んでいたのだろう。
ウルスラの墓は、姉の隣に建てられた。天で彼女が寂しくないように。大好きだった姉とまた一緒にいられるように。
リヒトはあの日買った濃紺の服を着てカタリーナと街を歩いていた。ウルスラをよく知る人たちに、彼女の死を伝えるために。服屋の店主。飲食店の店員。街で何度も顔を合わせた人たち。皆、言葉を失った。涙を流す者もいた。忌避され、距離を置かれていたはずのオベリア部隊なのに。
そして帰り際。二人は花屋でピンク色と水色の花が織りなす色鮮やかな花束を二束購入した。墓地に辿り着く頃には、西日が傾き始めている。
リヒトは二基並んだ小さな墓石の前で膝をついた。それぞれに花束を置く。風が吹き抜け、花びらが小さく揺れた。
リヒトはしばらく動けなかった。墓石を見ているのに、見えていない感覚。手を合わせるべきなのか、何か話しかけるべきなのかも分からない。そして、頭の中で彼女が最後に残した言葉がよぎる。
「ありがとう」
なぜ。何に対して。どうして彼女は最後にそう言ったのだろう。答えは出ない。その言葉だけが心に残り続けていた。
「ウルスラちゃん。ずっとリヒトさんのこと心配してたんですよ」
後ろから柔らかな声が聞こえる。リヒトはゆっくり振り返った。カタリーナは手を後ろに回し、微笑みを浮かべていた。涼風が白いワンピースの裾を軽やかに揺らしている。
「心配?あいつにそんなことされる覚えなんて、ないが……」
声に力が入らない。リヒトは小さく息を漏らした。無意識に拳を握る。怒りは湧いてこない。あるのはどうしようもない空虚さだけだった。風が吹く度、花びらが揺れる。その光景が妙に穏やかで、だからこそ余計に胸が痛かった。
「リヒトさんはそう思うかもしれませんね。でも言ってたんですよ。リヒトは生き急いでるとか。だからちゃんと見てあげないといけないんだとか。最初の頃、二人はきょうだいなんじゃないかって思ってました」
カタリーナは握った白い手を口元へ近づけ、小さく笑みを零した。
生き急いでいるか……。リヒトは視線を落とした。少しでも自分のことを知りたかった。自分が何者なのかを。そのためなら多少無茶をしても構わないと思っていた。
思い返せば、カタリーナを連れてくる前からウルスラはリヒトにちょっかいをかけてきていた。耳元で突然叫んだり。曲がり角から飛び出してきたり。背中に勢いよく飛びついてきたり。やることは子供みたいで相手にはしていなかった。いつも自分勝手に絡んできていると思っていた。ただ、あれはあれで彼女なりに気にかけていたのかもしれない。そう考えた瞬間、胸の奥に重たいものが沈み込む。
リヒトは置いた花束に視線を落とした。ピンクと水色。ウルスラの特徴的なツインテールで揺れるリボンを思い出す。夕陽に照らされた花びらが静かに揺れている。
「ウルスラが最後に言ってた……ありがとうって、どういう意味なんだろうな」
リヒトは掠れた声を溢す。
「色んな意味が込められていると思いますよ」
風が吹き抜ける。
「ウルスラちゃんが一番伝えたかったのは……生きていてくれてありがとう、だと思います」
その言葉がリヒトの胸の奥に押し込めていた感情を揺らした。いつからだろう。誰かと並んで歩くことに違和感を覚えなくなったのは。無意識に奥歯を噛み締める。込み上げる感情を、無理やり喉の奥へ押し込める。その時だった。
擦るような足音が聞こえた。思わず振り返る。
「ここには私たち以外誰もいません。私は耳を塞いでおきます」
一歩後ろに下がっていたカタリーナは後ろを向き、両手で耳を覆った。今は吐き出していいと言われた気がした。
リヒトの胸の奥で何かが切れた。自分の胸を強く掴む。呼吸をするだけで胸の奥が軋む。この感情をどうすればいいのか知らない。
「くそ!なんで!なんで俺は!」
声が墓地に響いた。今まで押し殺していた感情が堰を切ったみたいに溢れ出す。
「もっと何かできたはずなのに!俺はお前に何も返せていない!ふざけるな!」
リヒトの肩が震える。脳裏に次々光景が浮かぶ。街で笑っていた姿。くだらないことで絡んできた声。真っ直ぐ自分を見ていたサファイアブルーの瞳。
「あの時だって、お前じゃなくて俺が……!」
そこでリヒトは言葉を止めた。喉の奥で無理やり押し留める。命を懸けてくれた彼女たちの前で、自分が代わりに死ねばよかったなんて。あの時だってウルスラに言わせてはいけないと。そう感じたから。
夕陽に照らされた墓石を見つめる。リヒトは息を吐いた。胸の重みは少しだけ薄れていた。
ウルスラは最後まで笑っていた。自分を責めることなく。ありがとうと残して。誰かと笑って。誰かを守ろうとして。だからこそ何も返せていない自分が許せなかった。
「畜生……」掠れた声が零れる。「畜生……」
握り締めた拳に力が入る。掌から血が滲むほど強く。熱いはずなのに、遠く感じた。赤く染まった夕空の下、リヒトは立ち尽くしていた。そして沈みかけた夕日がこの地をいつまでも照らし続けていたのだった。
読んでくださりありがとうございます。
1章完結。リヒトの胸に大切な熱が宿りましたね。大抵大事なことは失ってから気づくもの。そうならないことが一番ですけどね。
次回、2章に入ります。ほんわか回。プラウドがいいお節介をします。ナイスパスかも。
感想や評価をいただけると、今後の執筆の励みになります。よろしくお願いいたします。白モン




