理不尽な家族
それからは父に退出を命じられて自室へと戻された。どうやら私は妹の初恋を邪魔する性悪で浅慮な姉らしい。どうしてそうなるのか、まったく意味が分からないわ。
「ねぇ、エリー。私がおかしいのかしら?」
家族にされたことを思わずエリーに聞いてしまったわ。ここまで家族に否定されるということは、私の感覚がずれているのかと思ってしまったから。
「そんなことありませんわ! アリッサ様の感覚は真っ当ですよ。あの方たちがおかしいんです!」
声を殺しながらもエリーがはっきりきっぱりとそう言った。その強さに揺らいでいた心が少しだけ落ち着く。
「よかったわ。皆私が薄情だと、妹の幸せを喜べない浅ましい人間だと責めるからそうなのかと……」
「アリッサ様は誰よりもお優しくて情に厚い方ですわ! 第一、泣いて嫌がってアリッサ様に押し付けたのはあちらではありませんか」
エリーの言葉に凝り固まった心がほぐれていく。あの人たちの中にいると自分が間違っているのかと思えてくるけれど、彼女が引き戻してくれる。
「それに、王太子殿下があの男児だなんておかしいですよ。どれだけ年が離れていると思っているんですか」
「やっぱりそう思うわよね? そう言ったのだけど、誰も疑問に思わないのよ……だから私の感覚がおかしくなったのかと……」
「おかしいのは圧倒的にあちらです。こんな話をお聞きになった王太子殿下がどう思われることか。お怒りを買うことにならなきゃいいんですけど……だって相手はあの『血濡れの王太子』なんですよ?」
そうだったわ。公の場では礼儀正しくしていらっしゃるけれど、あの方は『一夜で千人を斬り殺した』と言われるほど苛烈な方。怒らせたらどんな目に遭うか……我が国なんてあっという間に滅ぼされてしまうんじゃないかしら?
「もし怒らせて、その後始末をアリッサ様に押し付けなければいいのですけれど……」
「言わないで。本当にそうなりそうだから」
考えたくなくて意識の外に追いやっていたけれど、言葉にされると本当になりそうだから止めてほしい。王太子殿下との関係が冷え込んだままファーレンに行ったら、あちらでどんな扱いを受けることか……だけど、あの人たちはそんなことすら想像出来ないでしょうね。余計なことをしないでほしいと祈るしかなかった。
家族からの嫌がらせはすぐに始まったわ。その日、私の相談役を務める神官がやって来たのだけど、入室を遮られてしまった。
「アリッサ様は暫く自室にて謹慎されるようにと陛下が仰せです」
「謹慎? そんなことを命じられるようなことをした覚えはないわ」
「そう仰られましても、ご命令でございますれば」
そう言って取り合ってもくれなかった。一体どういうことなの?
「どうやら今日はご都合が悪いようですね。日を改めましょう」
戸惑う私をよそに、彼はそう穏やかな笑顔を浮かべると帰っていった。申し訳ないわ、わざわざ来てくれたのに。彼はエリーの父親で、お祖母様の執事を務めていた方。私には父親代わりでもあるわ。
「申し訳ないことをしたわ」
「お気になさらないでください。父もアリッサ様のお立場は理解しておりますから」
素っ気なく言うエリーだけど、彼は優しそうに見えるけれど容赦ないのよね。そのせいかエリーは苦手意識を持っている。憎まれ口を叩くけれどエリーって父親っ子なのよね。それにしても……
「暫く鍛錬はお預けかしら」
「仕方ありませんわ」
彼はお祖母様を守って国を逃れた神殿の聖騎士の息子で、私の護身術の師でもある。それにしても……こうなると軟禁ね。午後には王太子殿下との歓談が予定されているけれど、どうするつもりなのかしら? 私の代わりにエルリカを連れて行く、のでしょうね。あの様子では王太子殿下の心証を悪くしそうで不安しかないのだけど。悶々としながらも自室で変化が訪れるのを待った。
変化が現れたのはその日の午後、昼食から一刻半ほど経った頃だった。足早に近付く靴音にエリーと顔を見合わせる。王宮の廊下を走るなんて緊急時以外にあり得ない。だったら……
「アリッサ様、至急いらしてください!」
父の侍従が息を切らして部屋に駆け込んできた。いつもなら無礼を咎めるところだけど、尋常ではない様子からして今は状況を把握することが先ね。
「何事ですの?」
「理由は歩きながらお話します。さぁ!」
「待って。この格好で行けというの?」
今の私は自室で過ごす用の地味なドレスで宝飾品も身に着けていない。髪もお化粧だって。これで人前に出るのはさすがに憚られるわ。
「どこに行くのです? それに、誰かと会うのなら着替えをしなければ」
「そんなことはお気になさらず。とにかくすぐに来てください」
侍従の言葉を受けて護衛騎士も私を追い立てるように周りを囲む。
「あなたたち、相手は王女殿下ですのよ! 無体なことはおやめください!」
「国王陛下がお呼びなのです。あなたは黙っていなさい」
侍従の叱咤を受けてエリーが悔しそうに口を引き結んだ。父の呼び出しとあれば拒否することは出来ないわ。宥めるように彼女の肩に手を置くとくしゃりと顔を歪ませた。こんなことで彼女が罰せられることは避けたい。
それにしても……彼らの様子からしてかなりのことが起きたと考えた方がよさそうね。午後からは王太子殿下との面談の予定が入っていたから、やはり機嫌を損ねてしまったのかもしれない……私を呼んで謝罪させるつもりなのかしら。私は何もしていないのに……それに、私が謝罪して収まる話だとは思えないのだけど。
追い立てられるように護衛騎士に囲まれて廊下を進むけれど、侍従の説明は全く意味がなかった。とにかく行けばわかるとしか言わないのだから嫌になるわ。相手が誰かも教えてくれないし。辿り着いた先は賓客との会談をするための応接室だった。嫌だわ、こんな貧相な恰好で客人とお会いしなければいけないなんて。
「失礼します。アリッサ様をお連れしました」
侍従が扉の外から声をかけると、すぐに扉が開いた。こうなったら覚悟を決めるしかないわね。せめてもの矜持とばかりに背を伸ばして顔を上げた。服装は粗末でも心意気で負けるつもりはないわ。私はこのヴァイラントの第二王女、王女の中の王女と讃えられたお祖母様の孫なのだから。心の中でお祖母様にお守りくださいと祈った。
「アリッサ、お召しと伺い参上いたしました」
震えそうになる身体を叱咤して、母よりも、エルリカよりも美しいと教師に褒められた所作で礼をした。優雅さを損なわないように、王女としての威厳を失わないように。




