妹の訴え
エルリカの告白にさすがの父も驚きのあまり手が止まっていた。兄も目を丸くしてあの子を凝視しているし、母は驚き過ぎたせいかカトラリーを落としていた。乾いた音が室内に響く。
「ま、まぁ、そうなの? エルリカ、よかったじゃない!」
「そうか! ジークベルト殿がお前の……!」
母と兄が喜色を前面に出して、初恋の相手が見つかったことを喜んだけれど……この子ったら何を言っているの? 王太子殿下は既に私と婚約しているのに。
「お父様! どうか私をファーレンに送ってくださいまし! あの方こそ私がずっと想い続けてきた方ですわ!」
頬を薔薇色に染め、両手を組んで上目遣いで父を見上げるエルリカに頭が痛くなってきた。そんなに簡単に相手を交換出来ると思っているの? 私たちの婚約は既にファーレン王の裁可を受けているのに。この状態で交換なんて、よほどの理由がなければ受け入れてもらえないのでは……
「そ、そうか……だがエルリカ、既にジークベルト殿の相手はアリッサと決まってしまっているのだが……」
「だったら交代してもらえばいいわ。ねぇ、お姉様、よろしいでしょう?」
向けられた表情はつい最近見たものだわと、この時の私は関係ないことを考えていた。現実逃避したかったのかもしれない。あまりにも突拍子もない申し出だったから。
「そんな、簡単に出来ることじゃないのでは? この件は既にファーレン国王の許可を得ているのに花嫁の交換なんて、聞いたこともないわ」
「そんな……あの方は私の初恋の方ですのに……」
「だけどエルリカ、あなたと王太子殿下は十も離れているわ。あなたが出会った頃、あのお方は十五におなりだったはず。とても男児と言える年齢じゃないわ」
エルリカの話では、相手は同じか一つか二つ上だと言っていたわ。それはこの十年近く、ずっと言い続けてきた話。いくら髪や瞳の色が似ていても、さすがに十五歳の少年を男児に見間違えはしないのでは? しかも王太子殿下はあんなにも大きくて背もお高いのに。
「いい加減にしろ!」
突然の怒号は兄から放たれた。彼の視線はなぜか私に向かっていた。
「お前は、妹の幸せを喜べないのか!?」
唾を飛ばさん勢いで怒鳴りつけられたけれど……この人、とうとう頭がおかしくなったのかしら? 王族が自分の望む相手と婚姻出来るなんて本気で思っていたの?
「それとこれとは話が別ですわ。相手は同程度の国ですのよ? 既に決まった話をひっくり返すなど、失礼極まりありませんわ。これで同盟の話が反故になったらどうなさいますの?」
いくらあちらから申し出があったとはいえ、途中で花嫁を変えるなんて言い出したらいい笑いものだわ。しかも姉の婚約者が王女の初恋の相手だったからだなんて。
「そんなこと、どうとでもなるだろう? お前はエルリカの初恋をぶち壊す気か?」
「そうよ。まったくあなたったら! 妹の幸せを喜ぶ気はないの?」
兄と母が顔を歪ませて声を荒げるけれど、どうして私が責められるの? こんなこと子どもでもわかりそうなことなのに。それに年齢差のことは? おかしいと思わないの?
「はぁ、お前は本当に情のない女だな。まったく、こんな奴をファーレンに送り込んだら我が国がどう思われることか……」
「そうよ。髪色のことを言われて勘違いしたのかもしれないけれど、ジークベルト様だって愛らしく一途で情の深いエルリカの方がいいに決まっているわ」
「お兄様……お母様も。そんな風に仰ってはお姉様がお可哀相だわ」
二人を止めに入ったのはエルリカだったけれど、元凶が何を言っているのかしら? 最初に嫌だと泣いて私に押し付けたくせに。
「まぁ、エルリカったら、なんて優しい子なの」
「まったく、少しはエルリカを見習おうと思わないのか。可愛げのない……」
はぁ、一体何の茶番を見せられているのかしら? この場合、非常識なことを言い出したのがエルリカで、普通はそれを諫めるのが母と兄の務めではないの? まさか兄まで頭の中がお花畑だとは思わなかったわ。この国、大丈夫かしら……
「あなた、幸いジークベルト様が滞在中ですわ。あの方に選んでいただけばいいではありませんか」
「そうですよ、父上。王太子もこんな可愛げのない奴よりエルリカの方がいいに決まっています」
二人が父に詰め寄ると、それまで口を挟まずに顎に手を当てていた父がゆっくりとエルリカを見た。期待を込めてエルリカが父を見つめる。
「確かにお前たちの言う通りだな。幸い王太子はここにいる。事情を話してみよう」
「お父様、ありがとうございます!」
エルリカが満面の笑みを父に向けるのを、私は呆然と見つめていた。突拍子もない流れに現実味がない。贈り物までいただいておいて花嫁の交換だなんて……いくら何でもファーレンを蔑ろにし過ぎではないかしら? これで怒りを買ったら我が国はいい笑いものだわ。この話が周辺国に広がってしまったら外交に影響が出るかもしれないのに。
「お父様、そのようなことをなさっては……」
「もう決めたことだ。まったく、お前はどうしてそうも自分のことばかりなのだ?」
「な、何を仰っているのです? そもそも年齢的に無理が……」
「黙れ。過分な贈り物に慢心したか? だが忘れるな。最初に嫁ぐ予定だったのはエルリカだったということを」
冷たい視線と言葉が氷の剣となって胸を貫く。ああ、この人たちは私を家族だと思っていないのね。前からそうだろうと思っていたけれど、こうもはっきり態度に出されるとは思わなかった……
「お父様! お母様もお兄様もおよしになって! お姉様がお可哀相です」
そう言って憂い顔で私を案じるけれど……私がこんな目に遭っているのは誰のせいだと思っているのかしら? 加害者が被害者の顔をして私を貶めるなんて……こうなったらもうどうなろうと私の知ったことではないわ。




