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亡国色の王女は打算で敵国に嫁ぐ  作者: 灰銀猫


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応接室

 応接室は冷ややかな沈黙に包まれているように感じた。この部屋は三人が座れそうな大きなソファが一対と、その左右に一人掛けのソファが一対、楕円形のテーブルを囲むように配置されている。他国の王族を迎えるためのこの部屋は何もかもが最高級の品を揃えているのだけど、今はそれすらも色褪せたような空気に満ちていた。


 上座のソファには王太子殿下がお一人で座し、その背後には側近らしい方々が控えていた。その向かい側には父、母、エルリカの順に並び、その左隣には兄が私に背を向けて座っている。王太子殿下の表情は険しいようにも見えるけれど、無なのかもしれない。普段がどのようなものかわからないから判断がつかないわ。だけど、先日お会いした時のような柔らかさは感じられない。


 一方で父の表情は渋く、目が合った瞬間に逸らされてしまったわ。それで形勢が不利なのだと察した。エルリカは明るい色のドレスに身を包んで母に凭れかけるように身体を傾け、母はそんな彼女の肩に手を置いて抱きしめている。あの子の希望は叶わなかったようね。兄は……背を向けているからわからないけれど、私を呼んだのは自分たちの手に負えなくなったということよね。そして、私に何かしらの責任を押し付けようとしている。これまでの経験がそう教えてくれる。


 どうしたらいいのかしらと思案を巡らせる。雰囲気から王太子殿下の不評を買ったのは間違いなさそう。だったら父たちはどんな理由で私にその責任を負わせるかしら? ここでの判断を間違えれば私の未来はない、かもしれない。いっそ身分を、国を捨てて出奔しようかとも思うけれど、それは最後の手段ね。今はこの状況をどうするかを考えないと。姉とも親友とも思うエリーの顔が思い浮かぶ。彼女達のためにも間違えられない。


「ジークハルト殿、申し訳ない。すべてはこの姉娘の我儘が発端で……」


 機嫌を窺うような声には王としての威厳も何もあったものではなかった。それだけで家族が王太子殿下の機嫌を損ねたか怒らせたかしたのだと察する。そして、その責任を私の我儘で片付けようとしていることも。どう返事をすべきなのかしら? そんな事実はないと正面から突っぱねる? 誤解があったことにして婉曲に事実を告げる? それとも……緊張で口の中が乾く。ちゃんと言葉が出るかしら。


「なるほど、陛下はこのアリッサ殿の我儘だと仰るか」


 応える声は落ち着いていて、父の言葉を肯定しているようにも聞こえた。


「そ、そうなのです。この娘は昔から自分のことばかりでして。今回もエルリカが嫁ぐ予定だったのを、自分が年上なのだから先に嫁ぐべきだと言い張って無理やり」


 呆れを通り越すと怒りも何も浮かばないらしい。父の言葉は予想通り過ぎて何の面白みもなく、心の中には乾いた風が一筋流れていっただけだった。こんな言い訳が通ると思っているのかと、その浅さによく王が務まるなと感心すらしてしまう。


「そうなのか?」


 先日は優しげに見えた紫紺の瞳は別物のように鋭かった。心の奥底まで見透かしそうなそれに胸が騒めく。どう答える? 少なくとも肯定するつもりはないけれど……


「申し訳ありませんが、私はたった今ここに来たばかりです。話が見えないのでお答えのしようがございません」


 見当はつくけれど、憶測で答えるなんて出来ないわ。


「確かに一理あるな。ヘルベルト殿、アリッサ殿に説明を」


 王太子殿下が兄に説明を求めた。父に頼むには立場が下だから、同じ王太子である兄を選んだのでしょうね。母やエルリカは感情的になって会話にならなさそうだし。


「承知した。アリッサ、お前はエルリカ宛に来たジークハルト殿との縁談を、姉だからと、嫁ぐのは自分が先でなければならないと言って強引に自分のものにした。しかもジークハルト殿がエルリカの初恋の相手だとわかってからも執拗にその立場に固執し、二人を引き離そうとした。相違ないな?」


 王太子殿下への態度とは一変して、横柄にそう告げてきた。色々と指摘したいところばかりでどこから手を付けていいのか悩ましいけれど、それ以前にそんな作り話を私が肯定すると思っているのかしら? 私がそんなに聞き分けのいい性格ではないことは知っているはずだけど。


「どうかな、アリッサ殿」


 兄の身勝手さに呆れて返事を忘れていたわ。だけど、それは兄の都合のいい妄想で、王太子殿下がそれをどう思っているのかわからないわよね。引き離そうとしたと言うけれど、そもそも王太子殿下はエルリカの初恋の男児ではないでしょうし。


「どうやら兄と私では、この件に関しての認識が違うようです」


 丁寧に、でも卑屈に映らないよう真っ直ぐに彼の瞳を見て答えた。


「ほう……それは、どのように?」


 すっと目が細まった。まるで獲物を見つけた狼のそれね。


「一言で表すのは難しく存じます。ですが私たちは王族、優先すべきは両国の関係です。私個人がどう感じたかなど些末なことでございましょう。王太子殿下が望まれる方をお選びいただければよろしいかと」


 家族が私情を優先するのなら、私は王女としての矜持を優先するわ。それを王太子殿下がどう受け取るかに賭ける。家族の茶番に付き合ってもエルリカの方が利になるというのならそれでいい。今度はエルリカも拒んだりはしないでしょうから。初恋なんて綺麗ごとを言っているけれど、あの子はああ見えて損得で動く。私への贈り物やこれまで来た縁談と比べて、王太子殿下以上の相手はいないと踏んだのでしょうね。


「なるほど、アリッサ殿は俺の興味を引くのが上手いようだな」


 口の端が僅かに上がり、どこか皮肉めいた表情を作った。何を言い出すの? そんなつもりは微塵もないのだけど……


「その様なつもりはございません。ですが聡明と名高い王太子殿下であれば、両国にとって最善の選択をなさるでしょう。私は同盟国の王女としてそれに従うまでです」


 もっとも、いつまでも言いなりになっているつもりはないけれど。エルリカが選ばれれば私の居場所はますます狭くなり、私の扱いが一層酷くなるのは目に見えている。これ以上蔑ろにされるなんて御免だわ。あの計画を本気で考える時期が来たのかもしれない。お祖母様だってさすがに許してくださるわよね。




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