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亡国色の王女は打算で敵国に嫁ぐ  作者: 灰銀猫


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花嫁の決定

「なるほど、アリッサ殿は強い矜持をお持ちのようだ」


 王太子殿下の纏う空気が和らいだ。それだけで室内の空気が緩むのを感じたわ。この方はいるだけでその場の空気を支配してしまう覇気に満ちているようね。それを支えている実力の底が見えなくて空恐ろしいわ。私なんかの手に負える方ではないのだけれど。王宮から出たこともない世間知らずの私と比べたら、年齢も経験も比較するのが烏滸がましいほどあちらの方が上手だから。


「亡き祖母からの教えを守っているだけでございます」

「祖母君とは……ヘデラ―の王女殿下か」

「ご存じでしたか」

「他国の王族のことを調べるのは当然であろう。貴国もそうされておられるはずだが?」


 王太子殿下が問うたのは父で、父も鷹揚に頷く。それだけのことなのに格の違いを感じるのは両者が纏う覇気の差かしら? 父は横柄さでは勝っているけれど品位では負けている。座る姿勢からして違うもの。


「もちろん、アリッサ殿が生まれてすぐ不義の子だと疑われたことも存じている」


 思わず息を呑んだ。まさかそのことまでご存じだったなんて……いえ、調べて当然よね。問題は王太子殿下がどう思われるかなのだけど……


「アリッサ殿は陛下の実子で間違いないのですね?」


 率直過ぎる問いに思わず息を呑んだ。母も顔を引き攣らせて真っ青だわ。今まで彼女の前でそれを口にする者などいなかったはず。私だって遠回しに揶揄られることはあっても、はっきりと口にした人はいなかったわ。


「アリッサは、私と王妃の間に生まれた実子だ。間違いない」


 父が殊更重々しい口調でそう言い切った。そうは言っても私に柔らかい笑みを向けてくれることなんてないのだけど。その思考は理解出来ないけれど、父とお祖母様の仲は良くなかったからそれも関係しているのかもしれない。


「それを聞いて安心しました。それでは契約通り我が妃としてアリッサ殿を貰い受ける」

「そんなっ!」


 鋭くも高い悲鳴はエルリカのものだった。さっきまで母の胸元で俯いていた顔を上げて王太子殿下に縋るような目を向けている。頬には透明な雫が流れて可憐さが増していた。こんな時だけど、妹だけど、その横顔を綺麗だと思ってしまった。大抵の男性はこれだけで落ちてしまうわね。


「ジーク様、どうしてですの? 私はずっとあなた様を想い続けてきましたのに……!」


 はらはらと涙を流す姿は可憐の一言に尽きるわ。


「それに関しては先ほど申したとおりだ。私はこの国を訪れたことは一度もない。今回が初めてだと」

「で、ですが……」

「それに、あなたが仰る九年前、私は既に騎士団に籍を置き戦場を駆けていた。姿形もだ。男児と間違えられることはなかった。そうだな?」


 最後の言葉は後ろに控える側近に向けられたもので、声を掛けられた方は「はい」と短く答えて一礼した。ここまで言われてしまえば反論など出来るはずもない。気まずさに満ちた沈黙が明るいはずの室内の空気を重くする。


 だけど、それって私が指摘していたことよね。あの時、どうして一人だけでも冷静に思い留まれなかったのかしら? そうしていたらこんな恥をかくこともなかったでしょうに。


「そういうことだ。王女殿下の想い人は他にいるようだ」

「ジーク様っ!」

「それに……殿下に愛称呼びを許した覚えはない。よからぬ憶測を招く行為は控えていただきたい」


 はっきりと言い切る王太子殿下に拍手を送りたくなった。今まではお祖母様以外であの子に注意する人はいなかったからいい薬になるといいけれど。言われた方は信じられないと言わんばかりに呆然と王太子殿下を見上げていた。


「我が花嫁はアリッサ殿だ。それは既に同盟の文書に記され、父王も裁可している。よほどの事情がない限り覆らぬと承知していただきたい」


 その一言で私の運命が決まり、エルリカの野望も崩れた。母にもたれかかって両手で顔を覆って泣いているけれど、冷静になったせいか国賓の前だからか、両親も兄もそれ以上何も言わなかった。王族としての矜持は残っていたってことかしら? だったらそれでいいわ。もっとも、これ以上ない程の陳腐な恥を晒したけれど、家族にはいい薬になったでしょうから。いい加減エルリカの我儘を無条件で受け入れるのは止めてほしいわ。


 そのまま歓談の時間は終わったわ。とりあえず出奔は避けられたようね。あれは失うものも大きいから最後の手段に残しておきたかったから。これで私の出番は終わったわ。エリーが心配しているだろうから早く戻って安心させてあげないと……


「アリッサ殿、待たれよ」


 背を向けた私に王太子殿下が声をかけられた。驚きを飲み込んで振り返ると、立ち上がってこちらに向かってくる。何かしら? 近付くにつれその背の高さと威圧感に一歩下がりそうになるのを堪えた。必要以上に恐れる必要はないと思うのに、本能が逃げろと訴える。それだけ戦場で武勲を重ねていらっしゃるってことよね。


「はい、何か?」

「この時間はアリッサ殿との歓談の時間だったと記憶している。用がなければ少し話をしたいのだが?」


 思いがけない言葉だったけれど、よくよく考えたらその通りよね。この時間は元々私との……そうしている間に家族が部屋を出て行った。両親や兄の表情は渋く、最後にエルリカが恨めしそうな顔を私に向けてきた。あの子ったら……それに立ち上がるとあの子のドレスの豪奢さが一層際立った。随分気合が入っていたのね。いえ、今はそれよりも殿下のことだわ。


「承知しました」


 私にも否はないわ、殿下の為人の欠片だけでも拾いたかったから。それに、家族の無礼を謝罪したい。きっと非常識な国だと思われたでしょうね。実際その通りではあるのだけど、同盟を結ぶ以上、これ以上の悪感情を持たれても困るし、両親や兄が謝罪するとも思えない。だったら私がやるしかないのよね。何の権限もない私の謝罪にどれほどの価値を感じてくださるかはわからないけれど。




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