謝罪
家族が退出すると、室内は王太子殿下とその侍従と護衛、私、我が国の侍女と護衛騎士が残った。使用人がいるとはいえ、二人きりなのが気まずい。いくら婚約が成立していても顔を合わせるのはこれで二度目、はしたないと言われないか心配だわ。
「さぁ、アリッサ殿、お手を」
「え? ええ」
手を差し出されて一瞬何のことかと思ってしまったけれど、これってエスコートよね? すぐそこまでの距離なのに。これは逃げるなって意味なのかしら? だけど否と言える筈もない。殿下に恥をかかせるわけにもいかず、傷跡が残る大きな手に手を重ねた。さっきまで父たちが座っていたソファに案内され、王太子殿下がその向かい側に腰を下ろす。その間に侍女が手早くテーブルに並んでいた茶器を片付け、新しいお茶を淹れ始めたけれど……
気まずい……王太子殿下は謁見用の正装なのに私はただの普段着のまま。しかも髪は軽く結っただけでお化粧も最低限しかしていないのに……さすがに失礼よね。
「あ、あの、申し訳ございません」
幾重にも謝罪しなければならないことがあるけれど、最初に頭に浮かんだのは我が身の恰好だった。恥ずかしいわ、王女なのにみすぼらしい恰好をしてと思われたかしら?
「それは、何に対しての謝罪だ? アリッサ殿が謝るようなことは何もなかったと思うが?」
思わず殿下を見上げてしまった。その言葉の真意は何? 私への気遣い? いえ、そんなわけないわよね。ただ冷静に状況を見ていらっしゃるだけで。
「まず御前にこのような軽装で参りましたことを。その上で、家族の浅はかな要求に貴重なお時間を奪い、同盟内容の一方的な変更を申し出ましたことをお詫び申し上げます」
言い切ってから座ったまま頭を下げた。言いたいことは他にもあるけれど、長々と続けるのは悪手のような気がしてこれだけに留めた。私に非はないと仰ってくださった言葉を否定することにもなり兼ねず、それではかえって失礼に当たるから。
「頭をあげられよ。先に申した通りアリッサ殿に非はない。大方妹御の我儘を通そうとして失敗し、収拾がつかなくなったから呼ばれたのだろう?」
頭上から降りてきた言葉に思わず目を丸くした。一呼吸置いてから頭をあげると、先ほどよりもずっと柔らかい視線を向けられていた。その差に余計な緊張が増す。何をお考えなのかしら? 私を懐柔しようとしている? 失礼だけどどうしても卑屈に考えてしまう……
「あの……」
「アリッサ殿の境遇は調べさせてもらった。我が国としても問題ある者を次期王妃として迎えるわけにはいかないのでな。その辺りの事情は聡いあなたならわかっていただけると思うが?」
「お、仰る通りです」
次々と向けられる想定外の言葉の数々に返す言葉が見つからない。ただ肯定するしか出来なかった。こんな風に誰かと話をする機会がなかったのもあるけれど。それにしても、ちょっと買い被り過ぎじゃない? 私はそこまで出来た人間ではないのだけど。
「気楽にされよ。あなたは私の婚約者であり、いずれは妻となる身。過分な礼節は不要であろう?」
「ありがとうございます」
そう言われるのは光栄だけど、そうなるとどこまで崩していいのかしら? 人付き合いに不慣れなせいか加減がわからない。
「かえって緊張させてしまったようだな。そうだな……場もよろしくないか。どうだろう、アリッサ殿、貴国の自慢の庭を案内してくれないだろうか?」
しばらく考え込んだ後でそう提案されたけれど、庭を案内? そりゃあここの庭は他国の王族を招いた時に備えて庭園には力を入れているし、その方が会話も弾むかもしれないけれど。いいのかしら? いえ、殿下の御希望なら否とは言えないわ。
「喜んで」
そう告げると殿下が立ち上がって私の側まで来ると手を差し出した。エスコートしてくださるってこと? ここまでして下さるのに断るなんて出来るはずもないわ。大きな手は乾いていて思ったよりも冷たく感じた。
両国の護衛を従えて庭に出た。今の季節は夏の暑さから解放された秋咲きの花々が競い合い、色彩に溢れていた。その中を王太子殿下のエスコートで進む。腕に捕まって歩くのだけど、その太さと硬さに緊張が増してしまう。男性の腕って私のそれとはまったく違うのね。いえ、鍛えていらっしゃるから普通の男性よりも逞しいのでしょうけれど。服の上からでも兄とは比べ物にならなそうだし。
「素晴らしいな、ヴァイラントの庭園は」
「お褒めいただいて光栄です」
言葉が出てこないのは緊張しているから。それにこの方の真意がわからないわ。本当に私でいいのかしら? いえ、エルリカの我儘を可愛いと思われなかった方だから、あの子よりはマシだと思われているのでしょうけれど。これまで私が選ばれたことがなかったから実感が湧かない……
「アリッサ殿は内気な質でいらっしゃるのか?」
「え?」
「先ほどから黙り込まれているが、私との時間は退屈かな?」
「そ、そんなことありませんわ。ただ、男性とこんな風に歩いたことがないので緊張してしまって……」
気分を害されてしまったかしら? だけどこれは本当のこと。こんな距離で接した男性はエリーの父で神官のマルクとダンスの教師くらい。護衛騎士でもこんなに距離を詰めることはなかったから。
「なるほど、初心でいらっしゃるのだな」
「申し訳ございません。人慣れしていなくて」
「いや、奔放な女性よりはずっと好ましい。妃たる者、貞操観念が緩いようでは先が思いやられますからな」
「そ、そうですわね」
それって……もしかしてエルリカのことを遠回しに言っている? 確かにあの子はいつもたくさんの令息に囲まれて傅かれている。それでも常に侍女や護衛が厳重に囲っているから間違いなどないけれど、なにもご存じなければ疑いたくなるわよね。失礼だったかと心配だったけれど大丈……
「っ!」
突然頭上から気配を感じ、刹那の瞬間に身体が反応した。




