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亡国色の王女は打算で敵国に嫁ぐ  作者: 灰銀猫


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三者三様の決意

 ディアーク様の思いがけない宣言に、ジーク様だけでなく陛下も驚きを露にしていた。第三妃は信じられないものを見るような目で息子を見下ろしていた。これまで逆らったことのなさそうなディアーク様だからその変化に驚いているのかもしれない。


「ディアークよ」

「はい」

「グレーデンに行けば二度とこの国には帰ってこられない」

「はい」

「つけられるのは侍従一人くらいだ。孤独で気苦労も絶えん。それに、グレーデンは遠い。何かあっても手を差し伸べることは出来ん。その覚悟があるのか?」


 陛下の言葉は重く、そして身に覚えのあるものだった。私もそうだったわ。幸いにも私はジーク様が望んでくださったから苦労は少ないけれど、第三妃のように関係が悪ければ針の筵よね。


「へ、陛下! 何を仰るのです!? まだ幼いこの子をグレーデンになど……!」

「何も今すぐというわけではない」

「ディ、ディアーク、考え直して!! 母を捨てると言うの? 私は、私はあなたのためを思ってやってきたのに!!」


 第三妃は半狂乱だった。ここで陛下がその気になられたら覆すことは難しいわ。国益を思えば悪くない話だから。


「それは母上次第です。約束してくださいますか? 僕を王位に就けるのは諦めると。そうでなければ僕はこの国を去ります」

「ディアーク!!」

「ウィルマ様、落ち着かれよ。ディアーク様は怪我を負っておられるのですぞ」


 興奮した第三妃がディアーク様に迫ったため、フォルツ公爵が間に入って静止した。途端に怪我をしたことを思い出したのか第三妃の動きが止まった。


「母上、だったらすべて話してください。どうしてあのナイフに毒が塗られていたとご存じだったのかを」


 ディアーク様の真っ直ぐな視線を受けた第三妃は青褪め、言葉を失っていた。彼の願いは罪を告白することでもあるから。


「ディアーク、今日はもういいだろう。ゆっくり休め。この話は回復してからでもいいだろう?」

「兄上……そうですね。今日は兄上の婚姻式だったのに申し訳ありませんでした」

「お前が謝ることじゃない。怪我人は怪我を治すことを一番に考えるんだ」

「はい」


 ジーク様が頭を撫でるとディアーク様が嬉しそうに目を細めた。お二人はこんなに仲がいいのに……この光景は第三妃にはどう見えたのかしら?


 結局、今はディアーク様の怪我の回復が第一だということでこの場はお開きになった。第三妃にはディアーク様への加害事件の容疑者の一人として取り調べを受けることになり、内々に貴族牢に収監された。王太子の婚姻という慶事に水を差すことを避けたためで、ディアーク様も第三妃も体調不良のため暫く静養すると、明日陛下の名で公表することになったわ。


 ジーク様と部屋に戻ると、ブレンメ公爵が面会を求めているとエリーが教えてくれた。ディアーク様を刺したのは彼の娘のカトリーナ嬢なのよね。忠臣として誉れ高い彼にとって娘の凶行は相当な衝撃だったでしょうね。ご自身の後見でもあるブレンメ公爵の希望にジーク様は執務室へ通すようラーシュに命じた。


「アリーも来るか?」

「よろしいのですか?」

「カトリーナが狙っていたのはあなただ。同席する権利はある」

「でしたら、私も」


 カトリーナ嬢が狙っていたのは私なのよね。彼女は自業自得だけど、忠実に職務をこなしていた公爵が心配だわ。その忠心から責任をとって自死を選ぶ可能性がある。それだけはやめてほしい。




 執務室に入ると、既にブレンメ公爵が待っていた。いつもならソファに掛けて待っているけれど、さすがに今日は立ったまま待っていたらしい。忠誠心厚い彼らしいわ。舞踏会ではハリのある声を上げて闊達に見えたけれど、今は打ちひしがれて萎れた花のよう。こんなに覇気のない公爵を見るのは初めてだわ。


「殿下、我が家の馬鹿娘が申し訳ございませんでした」


 私たちが部屋に入ると公爵がその間に膝を付いて頭を床にこすり付けた。その声には張りがなく別人のよう。


「公爵、顔を上げられよ」

「しかし……」

「今回の件は内々に処理することになった。ディアークは体調を崩してしばらく休養する。第三妃もだ。今日の慶事に瑕疵をつけるわけにはいかない」

「申し訳ございません」


 一層公爵が頭を床にこすり付けた。一族の不祥事は家長の責任、彼が責任を感じるのは当然だけど、ジーク様の後見でもある彼をこの件で失うわけにはいかない。ジーク様はソファに移動し、その隣に腰を下ろした。公爵にも勧めたけれど彼は固辞し、ソファの向こうに立った。


「娘は私が責任を持って罰を与えます」


 沈痛な面持ちで告げた言葉に公爵の決意を感じた。それはカトリーナ嬢の死を意味していた。公爵自ら彼女を……その結論は彼らしいけれど、そこに至った心情を思うと痛々しくて胸が痛む。


「公爵、これを」


 ジーク様がテーブルに置いたのは、小さな茶の小瓶だった。聞かなくてもわかる、あれは毒だと。


「王家の秘毒だ。苦しまずに済む」

「殿下……ご厚情、感謝いたします」


 公爵が深々と頭を下げた。これはジーク様なりの慈悲ね。苦しまないで済む毒は希少だから。王族への加害は絞首刑か斬首刑が一般的だけど、今回の件は公にしないから病死として片付けられるでしょうね。高位貴族は毒杯の場合もあるけれど、罪人には苦しむ毒を与えることもある。それは罰だから。だけど公爵の忠誠があったから彼女は苦しまずに逝ける。


「公爵、勝手に死ぬことは許さんからな」


 ジーク様の言葉に公爵の身体が僅かに揺れた。彼の性分ならその可能性は高い。けれど彼は大切な忠臣であり我が国を支える一柱でもある。まだ内乱の痛手から立ち直っていない状態の今彼を失うわけにはいかないわ。


「殿下……」

「貴殿の命は俺のものだ。勝手な真似は許さん」


 ジーク様が重ねて告げると公爵は深々と頭を下げた。忠義を重んじる彼の娘が王子を害して自死を賜ったことを完全に隠すことは出来ない。騒ぎを聞きつけた者に箝口令を敷いても人の口を完全にふさぐことなど出来ないわ。必ずどこからしか話は漏れるわ。そうなれば公爵を責める者は必ず出てくる。王族を害して何が忠臣だと揶揄る人も出るでしょうね。それでも公爵は引くことも出来ず今の職を全うしなければならない。それは誇り高い公爵にとっては死ぬよりも苦しいかもしれない。


「殿下、私の命は殿下のものです。どのような汚れ仕事でも引き受けましょう。如何様にもお使いくださいませ」

「公爵にそのようなことを求めることはない。これまで通り国のために働いてくれ」

「殿下の恩情に感謝いたします」


 再び頭を下げた公爵にジーク様は下がっていいと告げると、公爵は小瓶を手に取り、一瞬だけじっと見つめるとそれを懐に仕舞って部屋を辞した。


「ジーク様、さすがに早過ぎるのでは……」


 まだ取り調べも始まったばかり。毒を渡すのは処分が決まってからでよかったのではないかしら。


「いや、ああしなければ公爵も共に逝く気だっただろう」


 そうだわ、公爵のお人柄ならそう考えそう……公爵の心が心配だわ。いくら歴戦の猛者でも家族に対して非道になれるわけじゃないもの。


「ああ言ったからには公爵は死ねない。まだ彼を失うわけにはいかないんだ」


 そうね、まだファーレンは不安定だから公爵の力は欠かせない。だけど、後味の悪い結果になってしまった。


「これから、第三妃はどうなりますの?」

「ディアークを襲ったナイフに毒が塗られていると知っていた。カトリーナを唆したのはあの女だろう。本人はしらを切るだろうが、そうすればディアークはグレーデンへ行く気だ。それを阻止するためには自白するしかない」


 だったら罪を認める? あの第三妃が? ちょっと信じられないわ。


「殿下」


 ラーシュが声をかけてきた。どうしたのかしら? ジーク様が顔を向けて先を促すように頷いた。


「ヴァイラントの、王太子殿下が」

「お兄様が?」

「ヘルベルト殿が?」


 ジーク様が面倒くさそうに顔を歪めた。まったく、こんな時に何の用かしら? もしかしてエルリカもカトリーナ嬢の事件に関係していた? これから初夜だから断ってもいいのだけど……ジーク様はこんな状況だから応接室で会うと返事をされた。私も気になったのでジーク様と共に兄の元へ向かった。


「ヘルベルト殿、今日でなければならない要件か?」

「も、申し訳ないっ」


 ジーク様の咎めるような口調に兄が慌てて立ち上がって謝罪を口にした。あの驕慢だった兄が……意外に思いながらも口にはしなかった。


「それで、どうなされた」

「エルリカのことだ」

「妹御のことならそちらで責任を持って閉じこめておいてくれればいい」

「もちろんだ。帰国するまで部屋から出さないと約束する」


 さすがに婚姻式での態度は看過出来ないわ。せっかく問題を起こさないように手を打っていたのにあの失態。いっそ眠り薬でも盛って式に出さないでくれたらよかったのに。


「要件はそれだけですかな?」

「その、我が国は同盟を軽く扱っているわけではない。それは理解していただきたい」

「そうは仰るが、妹御の態度を見る限り、とてもそうとは思えませんな」


 冷ややかな返答に兄は膝の上で両手を握り締めた。返す言葉もないのでしょうね。まったく、今になって慌てるくらいなら連れてこなければよかったのに。


「妹には、私が責任をもって罰を与える」

「左様か」

「両親にも今回のことを報告し、父から改めて謝罪させていただく。だから同盟は……」

「貴国に求めるのは同盟の順守。それに反すると言うのであれば我が国は破棄させていただく。ああ、アリッサのことは心配無用だ。同盟に関わらず彼女は俺の唯一の妻、破棄したからといって貴国に戻すつもりはない」


 私の手を握り、兄に見せつけるように宣言した。その力強い言葉に安堵と愛おしさが満ちていった。



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