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亡国色の王女は打算で敵国に嫁ぐ  作者: 灰銀猫


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ディアークの決意

 部屋に戻るとエリーが湯浴みの準備をして待っていてくれた。最も信頼し、姉とも親友とも慕う彼女にようやく肩の力が抜けた。エリーに着替えを手伝ってもらいながら会場であったことをエリーに説明する。


「やっぱりやらかしたんですね、あの馬鹿は」

「エリー、馬鹿って……」

「馬鹿でしょう? あんなにアレの立場を考えてアリッサ様が動かれたのに全部無駄にしたんですから、馬鹿でも勿体ないです」


 元々エルリカに点が辛いエリーは辛辣だった。もっとも、その気持ちはわかるわ。兄にだって言い含めて、あの兄ですらもさすがにまずいと思って動いていたのに、何一つあの子には届いていなかったのだから。


「まぁ、自業自得ですよね。まったく、ディアーク様より年上なのに情けないったら。って、ディアーク様は大丈夫なんですか?」

「まだ手当てをしている最中だと思うわ。意識はあったから大丈夫だと思うけれど……」


 親の陰謀の犠牲になったともいえるディアーク様。第三妃が何か企んでいるとご存じだったから、何とか止めようとなさったのでしょうね。第三妃の野心の犠牲になったと言えなくもない。


「フリーダ、ディアーク様の様子を見に行ってはダメかしら?」


 これから初夜だけど、そんな気分になれないわ。せめてディアーク様のご無事を確かめたい。


「アリッサ様……いえ、かしこまりました。殿下にお聞きして参ります」

「ええ、お願い」


 フリーダがすぐに部屋を出ていった。まだ外は明るいからそれくらいの時間許してほしいわ。決して初夜に怖気づいているわけじゃないのよ。


「どちらにしても湯浴みを終わらせてしまいましょう」

「ええ、そうね」


 そうね、様子を見に行くにしても湯浴みはしたいわ。汗をかいたし、お化粧もいつも以上に濃い。それに髪もしっかり香油が塗られているから病室に行くには相応しくないわね。


 髪を解き化粧を落としてたっぷりのお湯に浸かる。それだけで疲れが半減したわ。慣れない靴と重いドレスであちこちが凝っているのを感じて、お湯の中で軽く揉み解した。


 初夜だけど外はまだ明るく夜まで時間があると、エリーが気を利かせていつものドレスに着替えた。エリーに髪を拭いて貰っているとフリーダが戻ってきて、その後ろにはジーク様がいらっしゃった。


「ジーク様、会場から離れてよろしかったのですか?」

「ああ、少し退場を早めたんだ。ディアークが気になったからな。可愛い妻に早く会いたいと言ったら許してくれた」

「……そうでしたか」


 な、なんてことを仰ったのよ……いえ、そうしないと動けないからでしょうけれど。


「ディアーク様はいかがですの?」

「ああ、すぐに処置をしたから大事には至らなかった。傷が深いから暫くは安静にしておかねばならないがな」

「そうですか。でも、それで済んでよかったです」


 あと少しずれていたら致命傷になったかもしれない。そう思うと本当に運がよかったのだと思うわ。あの優しい人が母親に刺殺されて人生を終えるなんて悲しすぎるもの。


「そのディアークだが、会いたいと言っている」

「ディアーク様が? ですが……」

「本人は意識もあるし、大丈夫だと言っているんだ。無理にとは言わないが……」

「いえ、だったら参りますわ」


 そう仰っているのなら会わないわけにはいかないわ。お礼も言っていなかったもの。そう告げると「だったら様子を見に行こう」と仰ってくださったので、共にディアーク様の部屋に向かった。


 ディアーク様は既にご自身の私室に移動されていた。入口に立つ騎士がジーク様を見て驚いていたけれど、すぐに中に通してくれた。勝手に入っていいの? 第三妃の許可はいらないのかしら? そんな疑問を抱きながらジーク様と共に奥へと向かった。


「兄上。義姉上も」


 ベッドに伏しているディアーク様は私たちの姿を認めると声をあげてはにかんだ笑みを浮かべた。顔色は悪くないし、声にも張りがあるわ。まだ傷を負って間がないからかしら? だけど今夜には熱が出るかもしれないわね。


「ディアーク、気分はどうだ?」

「傷は少し痛みますが、それだけです。それよりも義姉上、母が申し訳ございませんでした」

「ディ、ディアーク様、お動きにならないで!」

「ディアーク、よせ! 傷に障る!」


 起き上がって頭を下げようとしたので慌てて止めたわ。まだ血が止まっていないでしょうから無茶をしないでほしい。


「ディアーク様が謝られる理由などありませんわ。庇ってくださって感謝しかありません」

「だけど、こうなったのも母上のせいですから……」


 目を伏せると長い睫毛が震えていた。お優しいから罪悪感に苦しんでいられるのね。だけどそれは第三妃の罪であってディアーク様には関係ない。むしろ彼も被害者だもの。


「ディアーク様と第三妃様は別ですわ。それに、ディアーク様は危険だと教えてくださったではありませんか。そのお陰で今日まで無事に過ごせたのです。こちらこそいくらお礼を言っても言い足りませんわ」

「お前が気にすることなど何もない。今は傷を癒すことだけ考えろ」

「……はい」


 泣きそうな笑顔が痛々しいわ。彼が苦しまなければならない理由なんて何もないのに。


「兄上、母上は、どうなります?」

「……今、話を聞いているところだ。だが、自分は何もしていないと言うだろうな」

「そう、ですね。母上は、そう仰るでしょうね」


 紺碧の瞳が深い憂いに曇ったように見えた。第三妃のことだから決定的な証拠は残していないでしょうね。カトリーナ嬢に何かを吹き込んだのでしょうけれど、多分確実なことは言っていないはず。ただ、ディアーク様を刺したナイフに塗られていた毒が何なのかを知っていたわ。それは大きな意味を持つはず。


「兄上、お願いがあるのですが……」


 横たわったまま、ディアーク様がいつになく真剣な眼差しでジーク様を見上げていた。




 ディアーク様の願いは国王陛下と第三妃、更には宰相を呼んでほしいとのことだった。何をお考えなのかしら? ジーク様は傷が癒えてからにしろと仰ったけれど、彼は珍しく今がいいと譲らなかった。いつにない弟の様子にジーク様が折れ、すぐに侍従らにお呼びするように命じた。


 幸いにも舞踏会も終盤を迎え、陛下も宰相も既に会場を後にしていたため、指名された方々が部屋に集う。第三妃も騎士の見張り付きでやってきた。部屋に私たちの姿を見つけるとすぐに目を吊り上げた。


「どうしてお前たちがディアークの部屋にいるのです? さっさと出て行って!」


 すぐに息子の傍に駆け寄ってその手を取る。一方で私たちに向ける表情には敵意が剥き出しになっていた。


「お待ちください、母上。私がお呼びしたのです」

「ディアーク?」


 諫める息子に第三妃が目を丸くする。息子の意図を測りかねているのでしょうね。私も彼が何をしようとしているのか想像がつかないもの。


「父上、母上、兄上、そして義姉上、フォルツ公爵、お忙しいのに御足労くださってありがとうございます」

「構わん。それよりも傷はどうだ? 無理をするものじゃない」

「お気遣いありがとうございます。でも、それほど痛みはないのです。それよりも、父上にお願いがあってお呼びしました」


 最初は笑顔を浮かべていたけれど、最後は真剣な表情で陛下を見上げていた。


「願い? 言うてみよ」

「ありがとうございます。では……」


 陛下の是を受けて僅かに頬を綻ばせたけれど、それも一瞬だった。すぐに頬を強張らせた。何か強い意志を感じるけれど……何を仰るつもりなの?


「父上、私は王位継承権を放棄いたします」

「ディアーク!?」


 静かに、怪我人だとは思えないほど確かな口調でディアーク様が告げた内容に第三妃が悲鳴のような声で愛息子の名を呼んだ。宰相やジーク様、陛下も驚きの表情で幼い王子を見下ろしていた。


「な、何を言っているの? あなたは正当なファーレンの第四王子なのよ! 継承権を放棄するなんて……そんなこと、母は許しません!!」

「母上、もうおよしになってください。前から申しあげているでしょう? 僕は王位など望まないと。そんな器がないことは自分でも承知しています。僕は兄上をお支えしたいのです」


 母親の勘気の前でも彼の心は穏やかで、揺るぎないものだった。今までどこか怯えたような空気すら感じていたけれど、今はそれがない。彼の中で何か、大きな変化があったのは付き合いが浅い私にもわかった。


「ディ、ディアーク、どうして……どうしてなの? 母は、母はあなたを王位に就けることだけが生き甲斐だったのに!!」

「そのために罪のない者が苦しんでもいいと仰るのですか? 誰かの犠牲の上で王に就くなど、僕には耐えられません」


 ああ、多分ディアーク様は第三妃の罪をご存じだったのかもしれない。そんな気がした。


「そんなこと、気にしなくていいわ! すべての罪はこの母が負います!」

「それが耐えられないと申しているのです。僕は母上だって大切なんです。母上にこれ以上罪を犯してほしくない……もし僕の存在が母上を玉座へとかき立てるのなら、僕はこの国を去ります」

「ディアーク……!!」


 大人しく従順だった息子の思いがけない言葉に第三妃が言葉を失っていた。この国を去るって……まさか、グレーデン王国に婿入りすると仰るの?


「母上が僕を王位に就けるのを諦めてくださらないのなら、僕はグレーデンに婿入りします」



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