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亡国色の王女は打算で敵国に嫁ぐ  作者: 灰銀猫


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死んでもいいのですか?

「ははっ、ご心配なく。アリッサは聡明で真面目ですからね。俺が道を外すようなことをしても叱りつけて正しい道に戻してくれますよ」


 そう言ってジーク様が笑いながら私を抱き寄せた。途端に周りの女性たちから黄色い悲鳴が上がる。第三妃の頬が引き攣っているわ。陛下に嫌われているだけに仲睦まじい姿は癪に障るのかもしれない。それも彼女の自業自得なのだけど。って、今の台詞は第三妃への嫌味にも取れるけれど、ジーク様ったらわざとなのかしら。


「ははっ、殿下がお惚気になられるとは。これはすぐにでも後継が望めそうですな。実に幸先がいい」


 近くにいたブレンメ公爵が豪快に笑い、「王太子ご夫妻に乾杯」と言って手にしていたグラスを掲げた後一気に飲み干した。刺々しくなっていた空気が和らぐ。ブレンメ公爵は武のことにしか興味がなさそうだけど空気を読むのに長けていらっしゃるのね。


「おほほ、それは喜ばしいことですわね」


 さすがに第三妃もそれ以上不穏なことを口にすることも出来なかったようだけど、思い通りに話が進まなかったことに苛立っているように見えた。ブレンメ公爵のお陰で助かったわ。もっとも彼は将来的にはジーク様を外戚として支える立場にあるから悪い印象をこれ以上広めたくなかったのでしょうけれど。からっとした晴れ間のようなお人柄は陰湿な貴族社会の中では有り難いわ。彼の勘気を恐れて陰に籠った行動を大っぴらに出来ないもの。


「仲良きことは良きことかな。なかなかお相手を決められなかった殿下が身を固められたのだ。実にめでたいですな」

「まったくじゃ。わしもそろそろ若い者に道を譲る時期かのう」

「それでは私も考えねばなりませんな」


 フォルツ公爵とブレンメ公爵がご自身の今後を口にすると周囲の空気がまた張り詰めた。国を支える重鎮の交代は貴族家にとっても一大事ですものね。


「何を言う、二人にはこれからも俺たちを支えてもらわねば。引退されるにはまだ早かろう」

「そうは仰いますが殿下、いつまでも年寄りがのさばっていては若い者が活躍する場がございません。それでは有能な人材が育つに障りがありましょう」

「妃殿下もそう思われませんかな?」

「まぁ、お二方ともまだまだお若くていらっしゃいますわ。これからも私たちをお導きくださると期待申しておりますのに、引退だなど仰らないでください」


 彼らがいてくださる意味は大きいわ。重鎮と呼ばれる彼らの支持はとても重く得難いものなのだから。そこにフリーダがやってきて、そろそろ退出の時間だと告げた。


「ああ、もうそんな時間か」


 ジーク様が名残惜しそうに見下ろしてくる。私も名残惜しいわ、この素敵なお姿をもう見られないなんて。いつかお時間がある時にまた着ていただけるかしら?


「では、また後でな」

「ええ。皆様、失礼いたしますわ。どうかこの後もお楽しみください」


 一礼してフリーダとミアの後に続く。後ろには護衛騎士が続いた。騎士が出入り口の大扉を開け、その向こう側へと向かう。その時、前方に人影が見えた。

「カトリーナ、何しているんだ?」


 後ろにいたレオが前に出て声をかけた。今日は胸元が大胆に空き、軽い素材を幾重にも重ねたスカートだった。手がレースに隠れていて見えないせいか警鐘が鳴る。こんなところで何をしているの? もしかして、私を待っていた?


「アリッサ様に、お渡ししたいものがあってお待ちしていました」

「お渡ししたいもの?」


 フリーダが怪訝な表情で尋ねたけれどカトリーナ嬢は応えなかった。何なのかしら? 


「婚姻のお祝いです。どうかお受け取りを」


 取り出したのは細長い袋だった。光沢のある衣で出来ていて刺繍などで華やかに飾られている。ファーレンではそんな習慣があるのかしら?


「だったら俺がお渡ししよう」

「男性に触ってほしくありませんわ」


 ツンとした態度でカトリーナ嬢がその提案を固辞した。だったら女性が使うものなのかしら? そう言っている間にもカトリーナ嬢は私のすぐ近くまで来ていた。その時だった。布の袋を手にカトリーナ嬢が突進してきた。咄嗟にそれを躱そうと身体を捩った、その時だった。


「あねうえっ!」


 避けた瞬間、横から人の気配がしたと思ったら強く押されて体勢を崩してしまった。寸でのところでミアが支えてくれて床に接吻する事態は避けられたけれど……


「ディアーク様!?」


 次の瞬間、視界に入ったものに声が上ずった。そこには床に倒れるディアーク様の姿があったから。何があったの? その場面を見ていなかったからわからないけれど……それにしても、どうしてここにディアーク様が?


「カトリーナ、お前、何やってんだよ!! おい、こいつを捕らえろ」

「誰か医師を呼んで! 大至急よ!」

「私が!」


 ミアが駆けだし、騎士たちがカトリーナ嬢を囲ってあっという間に拘束する。ジーク様に報告した方がいい? だけどこの騒ぎを知られれば一層王家の威信に傷が付いてしまう……


「アリー、どうした?」


 迷っていたところに、来てほしいと願って人が私の名を呼んだ。どうして?


「ディアークが急にこちらに向かったんで気になってやってきたんだが……何があった?」

「私もその場を見ていなくて……」

「カトリーナが何かを手にアリッサ様に向かってきたのです。そこにディアーク様がアリッサ様を庇うように間に入られて……」

「カトリーナが?」


 フリーダが説明してくれてやっと状況がはっきりした。だったら、ディアーク様は私を庇って? レオがディアーク様の腹部を確かめていると、銀色が見えた。あれは……


「ディアーク! ああ、ディアーク!! なんてこと……!!」


 いつの間にか第三妃まで近くに来ていた。ディアーク様がこちらに向かってきたから追ってきたのかしら?


「いやぁ、ディアーク! しっかりして!!」

「第三妃様、お気を確かに! 今はディアーク様にお触れになりませんよう!」

「離して!! ディアーク! ディアーク!!」

「そいつを抑えておけ」


 第三妃は半狂乱になってディアーク様を起こそうとしたけれど、ジーク様の命を受けた騎士によって止められた。それでも暴れるため騎士が羽交い絞めにして抑えている。ジーク様がディアーク様の傍に膝を付き、傷の具合を見ていた。服の間からナイフが見える。刺さったままなのね。第三妃がナイフを抜けと叫んでいるけれど、医者が来ないのに抜くなんて悪手だわ。


「ジークベルト、私のディアークに触れないで!! 誰か、あの男をどこかにやって。ディアークを害しようとしているのよ!!」

「第三妃様、落ち着かれよ。殿下は傷の具合を見ているのです。戦場で何度も怪我人を見てこられた方です」

「だったらディアークを殺すのも簡単だわ。その証拠にナイフを抜かないじゃない! 早く抜かなければ毒がまわってしまうのに……!!」

「毒だと?」


 周囲の空気が凍り付いた。毒って……どうしてそう言い切れるの? いえ、それが本当ならディアーク様は……


「誰か!! 毒に詳しいものを呼べ! 近くに部屋を用意しろ! 湯を沸かせ! 時間がない、急げっ!!」


 ジーク様の声に騎士が弾けるように走り出した。どうしてこんなことを……だけど、今は躊躇している時間なんかないわ!


「何の毒ですか?」


 騎士に押さえつけられている第三妃の傍に駆け寄って尋ねた。後ろでジーク様が「アリー、近づくな!」と叫んでいるけれど、今はそれどころじゃないわ。


「な、何のこと? 私は何も……」

「知らないなら構いません。ですが、ナイフに毒が塗られているならディアーク様が死んでしまいます」


 時間がないわ。即効性の毒なら一瞬たりとも無駄に出来ない。


「死って……だ、ダメよ! ディアーク、しっかりして!! ディアーク!!」

「何の毒です? 死んでもいいのですか?」

「いいわけないでしょう! マ、マデルよ。早く解毒剤を飲ませないと……ああ、ディアーク!!」


 泣き叫ぶ第三妃を放ってジーク様の下に駆け寄った。


「ジーク様、マデルの毒だそうです」

「マデルだって? いや、だったらディアークにはそれほど影響は……」


 マデルは女性向けの毒で不妊の効果があるものよね。昔お祖母様が毒について教えてくれた中にその名があったもの。男性のディアーク様には影響は少ないはず。それよりも出血の方が問題かしら? 


「ディアーク、しっかりしろ!」

「あ、あに、うえ……」


 か細い声が兄を呼んでいた。意識はおありになるのね。だったら傷は浅いかしら? あの場所で深かったら即死の可能性もあったけれど……


「喋るな」

「あね、うえ……は……」

「ここにおりますわ。私は無事です」

「よか……」


 微かな笑みに心が締め付けられる。母親の陰謀の犠牲になったのが実の息子だなんて……いえ、ディアーク様は第三妃の企みを知って止めようとしていたから、咄嗟に気付いて私を守ろうとしてくれたのでしょうけれど……


「殿下、医者が!」


 ラーシュの声と共に複数の足音が向かってきた。ジーク様が場を開けると壮年の男性が膝を付いてディアーク様の様子を診始めるのをじっと見守った。第三妃はまだ叫んでいたけれど、診察に障ると言われてようやく黙り込んだ。程なくしてディアーク様は担架に乗せられて近くの部屋へと運ばれ、第三妃がその後を追った。その頃にはカトリーナ嬢の姿はなく、いつの間にか牢に移されていた。


 幸いだったのは護衛騎士が扉を閉めてくれていたため、この騒ぎが貴族たちに知られなかったこと。ディアーク様は気分が悪くなったために退出され、第三妃がそれに付き添ったことにされた。第三妃が過保護なことは有名だから誰も疑うことはないでしょうね。私も予定通り部屋に、ジーク様は会場に戻った。



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