もういい加減、痛い目に遭ってもいいわよね?
第三妃の動きを封じて婚姻式を乗り切る準備は思った以上に早く進んだ。というのも、既にラーシュが宰相と話し合って対抗策を考えていてくれたから。その日の午後、グレーデンと会談があった宰相は王太子殿下にそれとなく王女殿下の婚約の話を出し、ディアーク様の婚約者がまだ決まっていない旨をそれとなく告げたという。
そして今日、グレーデンの王太子夫妻とファーレン国王夫妻の昼食を兼ねた会談があったのだけど、王太子殿下がその話を持ち出したのだとか。お義父様は縁談にいい返事をしなかったジーク様が婚姻したことを上げ、ディアーク様のグレーデンへの婿入りも悪くないと仰ったらしい。さすがに公の場、しかも当の王太子殿下の前では第三妃も強く拒否することが出来なかったという。
「さて、あの女はどう出るかな? ディアークのこととなれば冷静でいられないからな」
「だったら、ベルツの王女を何としてでも嫁がせようと必死になるのでは?」
焦った第三妃がベルツ王太子の希望を叶えようと強硬手段に出ないかしら? 手段を選ばなくなっては却って面倒なことになりかねないけれど……
「ああ、そのベルツだが、親父が今朝、苦情を出したんだ」
「苦情を?」
「ああ、あの野郎、出席者の妃にも声をかけまくっていただろう? グレーデンとゲルツアーから苦情が上がったんだ。それ以外にも我が国の侍女に声をかけてしつこく部屋に来るように迫っていたらしい。さすがに他国の王宮で風紀を乱す行動は看過出来ないと、親父の名で抗議文を出した。国にも抗議文を持たせた使者を向かわせている」
呆れたわ、侍女はともかく他国の王太子妃に浮気を持ちかけるなんて。頭がおかしいのではないかしら?
「もしかして、第三妃が絡んでいるのですか?」
「直接はないだろうが、対外的には親父の唯一の妃だからな。王妃が自分の叔母だから多少のことは大目に見てもらえると思ったのだろう」
なるほど、確かにそう考えてもおかしくはないわね。もっとも、お義父様は第三妃を嫌っているしベルツにもいい感情がないから許されるわけがないのだけど。
「あの野郎は公式な会談と婚姻式以外で離宮の外に出ることはない。侍女もあの男の親世代の者に代わっている」
徹底しているわね。だけどこれ以上風紀を乱されて困るのも確か。それにベルツ王太子の行動が制限されてしまえば第三妃も動けないわよね。それにディアーク様の縁談を止める方が先でしょうし。
「あの女が恐れるのはディアークと離れ離れになることだ。その可能性を匂わせればそれに気を取られて動けない。あと二日だ、さすがに立て直す時間はないだろう。監視も強めてあるし、ディアークにも怪しい動きがあったらすぐに知らせるように言ってある」
ディアーク様が協力してくださるのなら心強いわ。第三妃の最も近くにいるのは彼だもの。
「あの、私からも一つ」
「どうした?」
「商会を通して第三妃が式当日に着るドレスの納品を遅らせています。些細なことでしょうが気を散らせる効果はあるかと思いまして」
マルクが率いる商会は大陸中に影響力を持ち、ここファーレンでもそれは変わらない。その商会を使って第三妃が懇意にしている仕立て屋に圧力をかけて材料の一部の納品を遅らせたのよね。着飾ることが生き甲斐の彼女なら焦って脇が甘くなるはず。
「さすがだな、アリー。あの女にとっては最高の嫌がらせだ」
仕立て屋には申し訳ないけれど、陰謀に集中させないために許してほしい。彼女が断罪されれば仕立て屋だって不利益を被るのだから。
静かに、だけど確実に第三妃は封じられた。ベルツの王太子も母国に抗議文が送られたと知って蒼白になり、それからは随分静かになったという。婚姻式の準備は将来の懸念を作らないため問題を起こさないことを第一に進められ、私の周辺も言葉に出来ない緊張感に包まれていたのだけど……
「エルリカが行方不明?」
事件は婚姻式の前日に起きた。侍女がエルリカに夕食を届けに来たところ、部屋はもぬけの殻だったという。慌てて兄に報告しようとしたけれど運悪くグレーデンと会談中で、兄が知ったのは既に外が暗くなってからだった。さすがに兄は血相を変えてジーク様に面会を求め、今に至る。
「侍女と護衛はなにをしていたんだ?」
ジーク様はご自身の部下にエルリカを監視させていた。その監視役の話では、ヴァイラントの侍女一人と護衛二人がエルリカに頼まれて第三妃の元に書簡を届けに行くと言って離宮を出たという。それは第三妃からのお茶会の誘いへの返事で、欠席するためにお詫びとしてヴァイラントの特産でもある貴虹石という宝石で出来たブローチを届けに行くという。宝石を届けるために念のため護衛を付けたのだと言われれば無下にも出来ず、そのまま通したという。
「その護衛と侍女、でしょうな」
「そうだろう。すまない、私の落ち度だ。だが、頼む。あの子を探してくれ」
すっかり焦燥した兄の声は力なく、目の下には隈がはっきりと見て取れた。連日のあの子の扱いに手を焼いていたのでしょうね。あの子は頭の中は自分中心のお花畑だけど、愚かではない。多分眠り薬に気付いて、何としてでも今日中にジーク様の寝室に押しかけようと抜け出したのでしょうね。
「妹御には監視を付けてあります。ご心配なく」
ジーク様の言葉に兄がぱっと顔を上げた。心なしか血色がよくなった気がするけれど、監視されていたことはどうでもいい、みたいね……
「あの子の行先に心当たりは?」
「……侍女や護衛を問い詰めたところ、今夜、誰かと約束をしているようなことを言っていたらしい」
私の問いには少し躊躇して、渋々といったように答えた。相変わらずね、それでも無視しなかっただけマシになったかしら。
「夜に、約束ですか」
「ああ。だが、その詳細を知っている者はいなかった」
それは……きっとジーク様への夜這いね。カトリーナ嬢の動きは監視しているけれどあちらはどうかしら? ここまでやっても大人しくしていないのなら痛い目に遭ってもらうしかない? だけどあの子の軽率な行動で私の式を台無しにされたくない。見つけたら帰国するまで牢にでも入れておこうかしら……
「あの子が問題を起こしたと周りに知られるわけには参りません。お兄様は普段通りお過ごしください」
それでも兄はまだ何か言いたげだったけれど、次の予定もあるそうで未練たっぷりに帰っていった。
「やれやれ、出来の悪い妹を持つと大変だな」
私の肩を抱き寄せてジーク様が笑った。急なことに心臓が大きく跳ねる。
「これまでの行動の結果ですわ。少しは苦労すればいいのです」
「ははっ、アリーの言う通りだな」
式の前日ということで、ジーク様の公務は終わり、後は夕食を食べて明日に備えるだけ。今日はジーク様も朝から髪を整え、髭を剃り、肌の手入れもなさったという。慣れないことばかりで却って疲れたと仰って、さっきからのんびり過ごしているところに飛び込んできたのがあの子の騒動。あの子が必死に接触しようとしているジーク様は私の隣にいる。そのことに優越感を感じてしまうなんて、私も性格が悪いわね。だけど、人の夫にいつまでも横恋慕する方が問題なのよ。ほしいものはすべて手に入るというあの驕慢な鼻っ柱、いい加減へし折ってもいいわよね。
「それで、あの子は今どこに?」
「ああ、カトリーナの、いや、正確にはブレンメ公爵が賜っている部屋だ」
「公爵家の?」
だったらブレンメ公爵もご一緒なのでは……侍女に扮して隠れているのかしら?
「どうなさいますの?」
「アリーはどうしたい?」
私の髪を弄びながら悪戯っぽくジーク様が尋ねてきた。距離の近さに緊張してしまう……ふ、夫婦なのだからこれが普通なのよね。だけど慣れるにはまだまだ時間がかかりそう。いえ、今はそれよりもエルリカよね……どうしたらいいのかしら? あれだけ警告したのに理解していないなんて……あの子のために良かれと思って庇ってきたけれど……
「俺の意見を言ってもいいか?」
「え? ええ」
ジーク様も思うところがおありなのね。まだ心が決まらないから参考までにお聞きしたいわ。
「俺が思うに、そうやって周りが庇ってきたのがダメだったのではないか? 一度本当に痛い目に遭った方が、これから先を考えればよいように思うが?」
それはこれまでに何度も選択肢の中に入れながら、最終的に肉親の情で排除されていたもの。まだ十五歳だからと思っていたけれど、もう十五なのよね。王族としては一人前に振舞わなければならない年。だったら……
「そう、ですわね。あの子を甘やかして、周りが守り過ぎたのが悪かったのでしょう」
今のあの子は「花姫」だと賞賛される存在じゃないわ。若くて見目のいい令息を侍らせ、いくつかの縁談を壊し、あの異名は悪い意味で伝わって警戒されている。このまま放っておけば、いつかは取り返しのつかないことになるかもしれない。それに、痛い目に遭わせていい加減に現実を直視させる必要がある、わよね。今なら兄も手を出せないし、庇うことも難しい。だったら……
「ジーク様、相談があるのですが……」
もういい加減、痛い目に遭ってもいいわよね?




