止めろジーク、式が中止になるぞ
ディアーク様からの情報を得て、ジーク様は早々に動かれた。婚姻式までもう三日しかない。それまで無事にやり過ごせたらいいのだけど、第三妃が何かを企んでいるのは明白だから動かないわけにもいかない。ディアーク様から聞いた計画だって第三妃の計画の一部でしかないかもしれないのだから。
そんな中、私はジーク様の許可をいただいた上で兄に面会を求めた。意外なことに兄は私の申し出をすぐに受け入れ、翌日の午後にジーク様と共に王宮の応接室で兄を迎えた。
「アリッサ、頼む。エルリカを止めてくれ」
席に着く早々、兄が焦った風に懇願してきた。あの兄が私に頼みごとをするなんて……今までは頭ごなしに命令してくるだけだったから意外だし新鮮だった。
「お兄様、どういうことです? あの子は何をしているのです?」
尋ねると兄が苦虫を噛み潰したような表情をして語りだした。兄曰く、エルリカは兄が外出を禁止したにも拘わらず、取り巻きの令息を従えて出かけているという。最初は第三妃の誘いだから仕方がないと思っていたけれど、最近はベルツ王太子も同席していると聞き、さすがにそれは外聞が悪いから控えるようきつく言い聞かせたという。
だけど、今まで散々甘やかされてきたエルリカは兄の諫めに反発し、取り巻きの護衛騎士を使って連日抜け出しているという。彼らはエルリカに心酔していて王太子である兄の言葉も届かないらしい。嘆かわしいというかなんというか……
それにしても、そこまで令息を心酔させる何かがあの子にはあるのね。せめて第三妃のように頭が切れるのなら使いようもあるのだけど……あの子は本能で動く子どもと同じだから厄介なのよね。しかもベルツの王太子が……
「あの子はベルツの王太子について、何か言っていました?」
「ああ、綺麗な人だと、親切で優しい人だと褒めていた。いや、あれは絶賛といっていいだろう。その、ジークベルト殿に浮かれていた頃と同じような感じだ」
顔に手を当てて俯く兄はかなり疲れているように見えた。まぁ、兄が愛しているのはあの子のようだから余計に心穏やかではないのでしょうけれど。
「では、あの子はジーク様を諦めたと?」
それなら心配が減るから有り難いのだけど。
「いや、あちらには妃がいる。あくまでも本命はジークベルト殿だと思う」
ため息が出そうになったわ。ベルツの王太子にちやほやされて喜んでいるだけってこと? まったく頭が痛いわ……あの子がジーク様に執着しているのは、私への対抗意識もあるのでしょうね。私が自分よりも上になるのが許せない、そんなところかしら。
「お兄様、あの子は今、とても危うい状況にあります」
こうなったら仕方がない、兄に第三妃の計画を打ち明けた。知らなくていい部分までは話さないけれど、第三妃やベルツ王太子の思惑と、夜這いさせようとしている旨を大まかに説明した。
「そんな、ことを……」
話を聞いた兄が青褪めて言葉を失っていた。こんなに弱々しい兄を見るのは初めてだわ。あの子への並々ならぬ特別な感情を思えば仕方のないことかもしれないけれど。
「何としてでもあの子を止めてください。特に夜は決して目を離さないように。ベルツに嫁いだところであの子が幸せになるとは思えませんから」
「ああ、もちろんだ……あの子に、そんな力量はない……」
あら、状況判断能力はまだ生きていたのね。意外だったけれど、兄なりにあの子の未来を真剣に考えてくれたと思っていいのかしら?
「ヘルベルト殿、貴殿が望むなら眠り薬を用意しよう」
「薬を……だが……いや、お願い出来るだろうか」
思わず兄の顔をまじまじと見てしまった。
「何だ?」
「いえ、お兄様がお受けするとは思わなくて……」
「仕方がない。あの子を連れて来た俺が間違っていた」
素直に非を認める姿を見ることになるなんて……どうかしてしまったのかと思ってしまったわ。いえ、これが真っ当な対応なのだからいい傾向なのでしょうけれど。弱々しい姿に少しだけ溜飲が下がった。せっかくの機会だから、自分の甘さを悔いて精々落ち込めばいいのよ。ジーク様が命じるとラーシュが眠り薬を取り出した。ラーシュったら、こうなると予想していたのね。
眠り薬を受け取った兄はジーク様に礼を言って去っていった。兄が欠けた応接室は安堵と新しい不安に包まれていた。兄が真っ当な対応をしてくれる事にほっとすべきなのでしょうけれど、あまりにも素直にこちらの忠告を受け入れている姿には違和感を持たずにはいられない。
「大丈夫なのでしょうか……」
「ヘルベルト殿も一国の王太子、ベルツとの関係を思えば慎重にならざるを得ないだろう」
「それは、そうですが……」
「アリーの懸念もわからなくはない。だが、彼の協力は必須だ。第三妃の行動は目に余るが、今優先すべきは式を無事に終わらせること、事を起こさせないことだ」
そうね、仰る通りだわ。式を無事に終わらせて各国の王族を無事に帰国させる。それが今、私たちが優先すべきこと。ここで第三妃の罪を詳らかに出来て排除したとしても、同じ時期に起きた断罪劇は私たちの婚姻式に汚点を残すことになる。それはジーク様が即位した後も語り草として後世に残ってしまう。それは避けたいわ。
「いっそ問題を起こしてくれた方が手っ取り早いのに」
「そういうわけには参りません。婚姻式という晴れの日に問題が起きれば、この婚姻が不吉だと言い出す者も現れるでしょう。そんな愚は起こせません」
レオのボヤキにラーシュが釘を刺したけれど、そうね、私との婚姻が不吉だと言われるなんて遠慮したいわ。それにディアーク様のこともある。あんなにもジーク様を慕っている彼が巻き込まれればジーク様も悲しまれる。まったく、第三妃も息子の気持ちをもっと考えてあげてほしいわ。
「妹御は眠り薬で止めるとして、後はカトリーナか」
「エルリカ姫が抜け出してこなければ何も出来ないでしょう。そうですね、多分エルリカ姫とどこかで落ち合う予定でしょう。だったらその現場を押さえては? 夜に令嬢が一人でうろついているとなれば不審者として拘束出来ます」
「そう、だな。ブレンメ公爵には申し訳ないが、暫く自宅謹慎を命じれば第三妃にも近付けまい」
これでディアーク様が言っていた陰謀は阻止出来るかしら?
「後は第三妃とベルツの王太子だな」
ジーク様が腕を組んで考え込んだ。この二人を抑えるのは簡単ではないわね。
「そうですね。あのお二人を引っかき回せる何かがあるといいのですが……」
陰謀に励んでいる場合じゃない状態、になればいいのよね……
「ディアーク様に縁談などありませんの?」
「ディアークに?」
「ええ。第三妃が一番大事にしているのはディアーク様です。今は大陸の半分の王族がここに集っていますわ。例えばディアーク様を婿に、またはベルツの王女を我が国にと望む国などないでしょうか?」
あの二人が共犯なら、ディアーク様と彼に娶らせようとしている王女は大事な駒。その駒に外から縁談があれば慌てるのではないかしら? しかも相手は王族、断るのも簡単じゃないわ。
「そうですね……ディアーク様にはグレーデンから婿にとの申し入れがありましたね。彼の国は女性も即位が認められている国、王太子の子は女児二人です。長女の王配にとの申し入れが数年前にありました」
「ああ、第三妃が断れと父に詰め寄っていたな」
その時の光景が目に浮かぶようだわ。きっと鬼気迫る勢いで詰め寄ったでしょうね。
「ええ。ですがまだ婚約者は決まっておりません。王女が幼いのもあって、今は交流を重ねて相性を見ているところです」
「なるほど。だったら声をかけるだけでも第三妃は動揺するかもしれんな」
「では、それとなくグレーデンの王太子夫妻の耳にそれとなくお入れしましょう」
ラーシュがさらっとそう言ったけれど、グレーデンの王太子に伝手があるのかしら? いえ、彼の父親は宰相だったわね。宰相もジーク様を支持しているから協力してくれるはず。
「後はベルツか……」
「こちらの方が厄介ですね。年に見合う王子といっても……」
「そう都合のいい話はないか」
さすがに何もかもこちらの望む通りにはいかないものね。
「仕方ありませんね。ですが王太子殿下が」
「あの男が何かしたのか?」
「ゲルツアーの王弟夫人とロスラー公子の婚約者にも言い寄っているとか」
「はぁ? あの野郎、何やっているんだ?」
一同の空気が呆れに染まったけれど、まったく同感だわ、人の婚姻式で何をやっているのかしら? 程度によっては相手国から厳重抗議を受けてもおかしくない暴挙なのに。大丈夫かしら、あの国……
「ゲルツアーとロスラーの反応はどうだ?」
「どちらも表立って抗議はしていません。ですが、不快には感じていらっしゃるようです」
「ベルツの王太子妃も当てにならないしなぁ」
「ええ、すっかり夫婦仲は冷めていますからね」
それに、妃は臣下出身だから強く言えないのでしょうね。それをいいことに遊び歩いているのでしょうけれど。一度痛い目を見ればいいのに。
「いっそ、私にでも言い寄って来たら苦情も言えますのに」
「ダメだ! 何を言っているんだアリー。あんな愚物をあなたに近づけるなんて、いや、あの野郎の視界にだって入れたくないのに!」
「ジーク……」
両手を取って止められてしまった。レオが向こうで呆れた目を向けてきている。それに、他国の王太子を愚物って……
「くそっ、いっそ叩き切ってこようか」
「止めろジーク、式が中止になるぞ」
「チッ!」
物凄く悔しそうにジーク様が舌打ちをした。そんなにもお嫌いなのね。いえ、私もあんな軽薄そうな方は苦手だけど。




