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亡国色の王女は打算で敵国に嫁ぐ  作者: 灰銀猫


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異母兄上、助けてください!

 あの後、ジーク様は次の予定が詰まっているからと早々に墓廟を後にして戻ってきた。泣いてしまったことが恥ずかしい……お祖母様が亡くなったあの日に涙腺は枯れたと思っていたのに。


「いい傾向ですよ。それだけ感情を抑える必要がなくなったってことですから」


 私が泣いたと知ったエリーが予想通り「どういうことです?」「殿下が何かしたんですか?」「ところでどこに行ったんです?」と詰問されたので、正直にお義母様の墓前でのことを概要だけ話したらあっさりとそう言われてしまった。そんなつもりはなかったけれど、そういうものなのかしら。自分の変わりように一番驚いているのは、私かもしれない……


 それでも、心の奥がじんわりと温かくて多幸感が溢れてくる。こんなにも晴れやかで穏やかな気持ちで過ごすのは初めて。ジーク様の言葉や表情、あの時の風や木漏れ日が地面に作った模様が頭に浮かぶたび、恥ずかしくも愛おしい思いが溢れてくる。


 この甘い幸せがずっと続いてほしい……そうは思っても問題は山積みだった。エルリカのこともあるし、第三妃の動きも気になる。第三妃が何かを企んでいるのは間違いないのだけど、それが何なのか、ジーク様も確証が持てずにいた。


 そんな中、事態が動いたのは翌々日の午後だった。ジーク様の部屋で式当日の段取りの確認をしていたところ、意外な来客があった。


「兄上、少しお時間をいただいてもよろしいですか?」


 尋ねてきたのは異母弟のディアーク様だった。お珍しいこともあるのね。私がファーレンに来てからお二人が私的に顔を合わせるのは初めてだわ。


「どうした?」

「その、兄上に申しあげたいことが……」


 そう言いながらディアーク様は私にちらりと視線を向けた。何かしら?


「それでは、席を外しますわね」

「いえ、お義姉上もご一緒に。その、妹姫にも関わる話ですのね」

「エルリカの?」


 意外だわ、ディアーク様の口からあの子の名が出るなんて。いえ、あの子は毎日のように第三妃の部屋を訪れているらしいから顔を合わせることもあったでしょうけれど。


「どういうことだ?」

「兄上、僕、聞いてしまったんです。母上が、エルリカ姫をアンドレアス殿の妃にと話しているのを」

「あの男の妃にだと?」


 思いがけない名前に珍しくジーク様が声を荒げて眉間に皺を刻んだ。どういうこと? アンドレアスって、ベルツ王太子のことよね? だけどあの方には……


「あの野郎には妃がいるだろうが」

「はい。ですが臣下の娘では物足りないと、どうせなら王女を娶って箔を付けたいと仰っているとかで……」

「箔? あんな薄っぺらい野郎に箔もくそもないだろうに」


 よほどお嫌いなのか、珍しくジーク様の言葉が雑になっているわ。だけど、女性にだらしない方だったわよね。エルリカよりも十二、三くらい上じゃなかったかしら? さすがにその年齢差では……いえ、見目がよくてちやほやしてくれるのならあの子は気にしないわね。ジーク様とそんなに年が変わらないし。


「あんな我儘王女を望むとは趣味が悪くないか? アリーの前で言うのは気が引けるが、あれが王太子妃に、いずれ王妃になるなどベルツの民にとっては悪夢でしかないだろうに」


 同感だわ、姉の私が言うのもなんだけど、あの子が王妃になんかなったら国が荒れそうだし、それは巡り巡ってヴァイラントへの反感に繋がりそう。利よりも損の方が大きいわ。


「ディアーク、この話をどこで?」

「庭園です。授業の合間に気分転換に歩いていたら人の声がして。母上の声がしたのに気になってその場に佇んで耳を澄ませていたらこの話を……」


 それは随分と迂闊ではないかしら? 庭などどこに誰がいるかもわからないのに。


「そうか。他には?」

「その見返りに、ベルツの王女を僕の妃にすると。父上は二代続けてベルツの王女を娶ることに難色を示されていますが、ベルツがヴァイラントと近付くのであれば父上も反対しないだろうと」

「なるほどな。しかし、いくらあの男が望んでもヴァイラント王が頷かねばどうしようもないだろうに」

「それが……」


 ディアーク様が目を伏せて視線を彷徨わせた。どうかなさったの?


「どうした? 何か言い辛いことか?」

「はい。母上は、エルリカ姫の兄上への思いを利用するおつもりのようで……その、姫を兄上の寝室に案内する振りをしてアンドレアス殿の部屋に向かわせようと……」

「はぁ? 何を考えているんだ? そんなことをしたらヴァイラント王が怒り狂って宣戦布告してくるかもしれないのに」


 ジーク様の仰る通りだわ。父はあの子にも興味がないけれど、母は半狂乱になるでしょうね。そうなれば母は父を責めるでしょうから、父も動かざるを得ない。まったく、厄介なことを考えてくれるわね……いえ、そうして混乱させてその責を陛下やジーク様に負わせるつもりなのかもしれない。第三妃にとっては悪くない話よね。自分を顧みない夫に責任を負わせ、軽い小競り合いを起こしてジーク様を向かわせ、秘密裏に暗殺する……そうなればベルツの後ろ盾を持つディアーク様に王冠を……くらいは考えていそう。


「兄上、僕は王位に興味がありません。出来ることなら兄上をお支えする側になりたいと言っても母上は聞き入れてくださらない。どうか母上を止めてください。誰かを犠牲にしてまで王位に就きたくありません」


 必死の懇願は彼の置かれた立場を言葉にするよりも表していた。第三妃は王位に就くのが彼の幸せだと信じて疑わないのでしょうね。だけど彼にはそんな野心はなく、お優しい彼の意向などお構いなしだと。まだ子どもだからわからないと思っていそう。


「お前の気持ちはわかっているし、俺も将来はお前に支えてもらいたいと思っている。わかった、この件はこちらで何とかしよう。彼らを警戒させないためにお前は何も知らないふりをして過ごしてくれ」

「兄上、すみません。こんなことまで頼ることになってしまって……」

「悪いのはお前の気持ちを無視する大人たちだ。大丈夫だから心配しなくていい」


 そう言ってジーク様はディアーク様の頭を撫で、ディアーク様は嬉しそうに目を細めた。本当にジーク様を慕っているのね。こんなにも聡明でお優しい方なのに……本当にあの第三妃と母子なのかと思ってしまう。


 ジーク様は再度大丈夫だ、俺に任せておけと言い、ディアーク様はホッとした表情で帰っていった。室内に重い空気が立ち込める。


「まったく、面倒なことを考えてくれるな」

「ええ。まさかエルリカをベルツの王太子にだなんて……」

「ああ、しかもこの王宮で王女に夜這いを勧めるとは……気が触れているんじゃないか」


 ジーク様が疲れた表情で額に手を当てたけれど、同感だわ。第三妃にとってはベルツの王太子に恩を売るだけのことで、この件でファーレンとヴァイラントの関係が悪化しても困らないし、それでベルツとの関係が強まればいいと思っていそう。ディアーク様を王位に就かせてファーレンを好きに操ろうと考えているのでしょうね。それが第三妃のファーレンへの、自分を受け入れない夫への復讐、なのかもしれない。


「ジーク様、どういたしますか?」


 声を上げたのはラーシュだった。とはいっても、彼の頭の中には既にいろんな算段が動いていそうだけど。


「そうだな……あの妹御に忠告しても聞かんだろう。ひとまず兄に忠告しておくか」

「では、書簡をお書きくださいますよう。後は誰がエルリカ姫をアンドレアス殿下の元に案内するか、ですね」

「ああ、協力者がいるんだろうが……」


 腕を組んで険しい表情のジーク様を久しぶりに見た。最近は甘い表情ばかりだったから。協力者……あの子がこの国で親しくしている者などいなかったはずだけど……


「まさか、カトリーナ嬢が?」


 お茶会の後も彼女は第三妃の元に顔を出している。他国の王族を接待するためと言っているらしいけれど、彼女の目的はジーク様よね。お互いに望む相手は一緒だから共闘はないと思っていたけれど、第三妃があの子をベルツの王太子にと考えているのなら、あの子を誘導する見返りにカトリーナ嬢にはジーク様を、と考えていたら……嫌な予感に肌が粟立つ。


「あいつか……」

「可能性はあるんじゃねぇ? あの姫さんには王太子を、カトリーナにはジークをって。姫さんが自ら男の部屋に夜這いに向かったんならヴァイラント側も文句は言えねぇよな」

「レオにしては珍しく鋭い意見ですね」

「何だよ、珍しくって。お前はいつも一言多いんだよ」


 レオが顔をしかめて毒づいたけれどラーシュは涼しい顔で黙殺した。


「エルリカ姫が既成事実を作るため自ら部屋に向かったのなら自業自得というもの、我が国が責められる謂れはありません。まぁ、実行させるのも手ですが……妃殿下は望まれないでしょう?」


 一呼吸おいてラーシュが尋ねてきたので頷いた。


「ええ。あの子に王太子妃が、王妃が務まるとは思えない。いつかあの子への不満がヴァイラントに向かうのは本意ではないわ。それに、不幸になってほしいわけじゃないし」


 あの子があんな風になったのは周りにも責任がある。それに、あの子が単身異国でやっていけるとは思えない。寂しさから母国にいた時のように若い令息を侍らせそう……だけど、それをしたら……


「あの男は野心家だ。箔付けに王女である妹御を妃に据えて若い男らを傍に置いて軟禁、面倒になったら不貞を理由に廃妃にして幽閉する、そんなところだな」


 ジーク様の推測にラーシュが頷く。やっぱりそうお考えになるのね……あの子には権力争いなど無理だから丸め込まれていいように使われそうよね。まだ十五歳で子どもだからとはいっても一国の王女。もっとしっかりしてほしい。一つ下のディアーク様と比べても幼く見える。


「婚姻式という国事で騒ぎなど起こせば我が国の威信に関わる。まずは情報を集めろ」

「御意」


 ラーシュが深く頭を下げ、レオがそれに続く。まずは私たちの予想が当たっているかを確かめないと。それにしても兄はなにをしているのかしら? 気は進まないけれど一度会って話をした方がいいのかもしれないわね。



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