神の色?
思いがけない言葉に、思わず声の主を見上げた。今、なんて仰った? かみのいろって、何? 水色の乙女って……
「ああ、失礼した。我が国では水色は神の色と尊ばれているのだ。我が国は海によって富を得ているし、沙漠では水は金と同じ価値がある。肖像画を見ても信じられなかったが……本当にこのような尊き色の髪があるのだな」
厳つい顔立ちがふわりと和らぐと一気に張り詰めていた空気が緩んだ。その落差に言葉が出ない……この色が尊い? 確かに沙漠では水は貴重で金と同じ価値があるとルーマン殿は言っていたけれど……本当なの? この国では亡国の色だと、不吉な色だと敬遠されているのに?
「ああ、すまない。初対面で失礼なことを申し上げた。許してほしい」
そう言って軽く頭を下げた。王太子の地位にある方がこんなに気安く頭を下げるなんて。兄とのあまりの差に驚きしかないのだけど……
「い、いえ。その様に仰っていただき光栄です」
そう答えるのが精一杯だった。こんな展開は予想していなかったわ、てっきり断られるかと思っていたのに。まさかこの髪が……揶揄われているわけじゃ、ないのよね。そんな風に言ってくれる人がいるなんて……だったらなおのことファーレンに行ってみたい……
「ジークベルト殿下にそう言っていただけるとは。よかったな、アリッサ」
「は、はい」
父に声を掛けられて今の状況を思い出した。我に返ると周囲の目が恥ずかしくていたたまれない。こんな時どう反応したらいいの……
それからも王太子殿下と父が言葉を交わすのを静かに見守った。改めて周囲に意識を向けると、玉座には父と母が座し、その一段下に兄が立ち、宰相を始めとする重鎮が段下の右側に立っている。父はどこか探るような表情で王太子殿下を見下ろし、母は笑みを張り付けていた。兄は……取り繕っているけれど嘲りが隠しきれていないわ。相手は次期国王なのに何を考えているのかしら?
一方のファーレン国の一行も和やかとは言い難かった。王太子殿下からは悪意などの負の感情は感じられないけれど、随行する者たちの視線は冷ややかだわ。父や兄の態度から歓迎とは逆の意を感じ取っているのかもしれない。これから同盟を結ぼうというのに、これでは先が思いやられるわ。そんな思いが顔に出ないように気を引き締めながら会話に耳を傾ける。
「アリッサ王女に贈り物をお持ちした。受け取ってくれると嬉しい」
「おお、ジークベルト殿はなんと配慮が行き届いた方だ。アリッサよ、ジークベルト殿のお心、有難く受け止めよ」
「はい、お心遣い、心より感謝申し上げます」
私に贈り物? 友人どころか家族からも贈り物など貰ったことがないだけに、嬉しさよりも不安や警戒心が先に立つ。褒めそやして懐柔しようとしているのかしら? 失礼かもしれないけれど婚姻とは名ばかりで実情は国同士の契約であり、その裏では陰謀が張り巡らされている可能性もある。彼は猛々しいだけでなく優秀な指揮官だと聞いている。だったら私を利用しようと考えている可能性もあるだけに素直に受け入れるのは難しい。だけど、それを悟られるわけにはいかない。
そんなことを考えている間に、王太子殿下が父に贈り物を運び入れる許可を求め、父がそれに機嫌よく応えていた。すぐに扉が開くと我が国の騎士がテーブルを運び入れ、その後をファーレンの騎士が様々な大きさの箱を手に入ってきてテーブルへと並べていく。かなりの数だわ。大きなものだけでも二十や三十では収まらない。小さいものを入れるとその倍以上はありそう……
「こちらは挨拶代わりに受け取ってほしい。気に入っていただけると嬉しいのだが」
「そ、そんな! そのお心だけでも十分でございます。心よりお礼申し上げますわ」
褒められることもそうだけど、贈り物までいただけるなんて、夢を見ているようだわ。断られるのではと思っていたから尚更。そのせいか、実感が沸かないわ……
戸惑いから抜け出せない私の前で、騎士によって箱が次々と開かれていく。これは危険な物がないかを確かめる意味合いがあるのだけど、ドレスを作るための生地やレースに刺繡用の糸の数々、宝飾品やそれを収める宝石箱、タペストリーなどが現れた。特に宝飾品は首飾りや耳飾り、指輪や腕輪、ブローチなど我が国では見たこともない輝石や細工品が並ぶ。ファーレンは交易が盛んだと聞いていたけれど、その豊かさの一端が窺えたわ。父も母も兄も、次々と現れる珍しい品に目が釘付けね。大丈夫かしら……これらの品、エルリカに渡せなどと言い出さないわよね?
「これらはアリッサ王女への贈り物だ。嫁いだ後も我が国でも使えるようにと思って流行りの物も用意した。使っていただけると嬉しい」
少し照れたような笑みを浮かべる王太子殿下に何とも言葉に出来ない思いが湧き上がってくる。その表情には嘘はないように思える。だったらその言葉を信じてもいいのかしら? 私を歓迎していると……それに、ファーレンでも使えるようにと言ってくださったわ。だったらエルリカに奪われることはないかしら? 彼の国で使うと言えば無理にとは言えないわよね。多分……
「本当に素晴らしいお品ね。よかったわね、アリッサ」
珍しいわ、母が私に声をかけるなんて。だけどそれは私ではなくこの贈り物への興味が勝っているように見えた。母は享楽的だし、宝石には目がないものね。
「はい、お母様。アリッサは幸せ者ですわ」
「そうですよ。恵まれた婚姻を結べることをお父様に感謝なさいな」
「はい」
何を言っているのかしら? 私が知らないとでも思っているのかしらね。泣いて嫌がるエルリカの代わりに私を送るよう、母が父に迫っていたとの話は私だって聞いているわよ。
「まことに素晴らしいご息女だ。このように尊き色を持つ王女を手放す決意をされた国王陛下ご夫妻に心から感謝申し上げる」
「うむ、大切な娘だ。どうかファーレンで苦労のないようよろしく頼む」
「はい、決して両陛下の御心に背くことはしないと誓いましょう。我が名に賭けて」
力強くそう宣言する王太子殿下を私は信じられない思いで見上げていた。私をいない者として扱ってきた父の掌返しが腹立たしいけれど、それ以上に王太子殿下の言葉が想定外で現実味がなさ過ぎる。それは彼に随行する者たちの態度とかけ離れていたのもあったかもしれないけれど……彼の表情にも声にも、偽りはないように思えた。
謁見はその後、和やかな雰囲気の中で恙なく終わった。自室に戻ると一騎に気が抜けてソファに座り込んでしまった。こんなに緊張したのはいつ以来かしら……それに、思いがけない展開も。ふと視界に入った髪を手に取った。この国では忌まわしいと言われてきたけれど、この色が神様の色だなんて……国が変わると価値観も変わるのね。まだ信じられないけれど、それだけでファーレンに嫁ぐのも悪くないわ。そう思っていたのだけど……




