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亡国色の王女は打算で敵国に嫁ぐ  作者: 灰銀猫


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ファーレンからの訪問者

「何ですって?! ファーレンの王太子殿下が?」


 朝晩に秋の気配が混じるようになったある日、思いもしない知らせを受けた。ファーレン国の大使との謁見が予定されていたのだけど……なんと、ファーレンの王太子ジークベルト様が大使と共にやって来たというのだ。


「そんなお話、伺っていないわ」

「十日ほど前、ファーレンから連絡があったそうです。アリッサ様には既にお知らせしてあると伺っておりますが」


 謁見のためのドレスを運んできた侍女が冷たくそう告げる。呆れたわ……父は知っていたのに言わなかったのね。わざとなのか、うっかり忘れていただけなのかはわからないけれど。今日は私の輿入れが正式に決まる日だと聞いて楽しみにしていたのに……気持ちが沈むわ。私を軽んじる父に、この国にうんざりする……


 だけど嘆いている暇はないわ。正式に輿入れが決まればこの国から離れられる。もう少しの我慢だと自分に言い聞かせてドレスに着替えた。ドレスは濃い青を基調としたもので、装飾は控えめだけど生地にこだわったもの。金と白の刺繍が贅沢に施されていて、派手さはないけれど上品さが際立つ。宝飾品はドレスが引き立つよう真珠を連ねたものを。水色の髪は両横を編み込み、ところどころに真珠をちりばめ、後ろはそのまま下ろす。鏡の中に立つ私は王女としての品位は十分に保てている。これは私の戦いのための衣装でもあるわ。


「アリッサ様、お綺麗に仕上がりましたわ」

「ありがとう。エリーのお陰よ」


 エルリカのような可憐で華やかなドレスも、お姉様のような肉感的な魅力が際立つ大人っぽいドレスも私には似合わない。地味だと言われても上品で質がよく、露出の控えめなものを選ぶわ。


 侍従が呼びに来るまでの間、エリーが入れてくれたお茶を飲みながらその時を待った。王太子殿下が直々に我が国へいらっしゃった理由が気になって仕方がない。一体どうして? その身分を思えば軽々しく他国を訪れるのは簡単ではないわ。だったら相応の目的があってのことよね。何か問題があった? 同盟の話し合いが足りていない? それとも……相手が私なのがお気に召さなかった?


 それに……一体どんな方なのかしら? 『血濡れの王太子』との異名を思い出してますます心が冷えていく。噂通りに恐ろしげな方だったら? ちゃんと会話が出来る方なのかしら? 父や兄のように高圧的で人の話を聞かず、思い込みで責め立ててくるような人でなければいいのだけど……


 思わず両手を握り締めていた。ルーマン殿は必要以上に恐れる必要はないと言っていたけれど、わざわざこの国までいらっしゃったということは、私の噂を聞いて不満に思われ、直接断りに来られたのかもしれない。行動力がある方だと言っていたもの。断るにしても筋を通すために直々に出向かれた、はあり得るかもしれない……


「……アリッサ様?」


 エリーが心配そうに私の顔を覗き込んだ。


「ねぇ、エリー。もしかして王太子殿下は、断るためにいらっしゃったのかしら」

「は? 何を仰っているのです?」

「だって、一国の王太子がわざわざいらっしゃるのよ? それ以外の理由が思いつかないわ」


 婚姻のためなら慣例通り使者とのやり取りで話が進み、花婿は国境まで迎えに行くだけで済む。わざわざ王都まで来る理由はないわ。だけど断るとなれば、誠意を示すために自ら足を運ぶ、はあり得るわよね。これは同盟のための婚姻だから、断るなら説明と代替案が必要になるから。


「そ、それは……」


 エリーも否定しなかったけれど当然よね。せっかくここまで来たのにと、心が沈んでいく。嫌だわ、断られるのなら行きたくない。どんな顔をしてその場に立てばいいというの? その後の周囲の反応も予想出来て息が苦しくなる……


「アリッサ様、陛下がお呼びでございます」


 その時は無慈悲にもやって来た。侍従の表情はいつも通りで何の感情もうかがえない。あの子には笑みを向けるのにと、気にしたくないことまで思い出してしまった。嫌だわ……だけど、行かない選択肢は私にはない。沈んだ気分が重りのように圧し掛かって足取りを妨げる。ああ、だめよ、王女として落ち込んだ姿なんか晒せないわ。謁見室の前で歯を食いしばって顔を上げた。私は誇り高いお祖母様の孫で、このヴァイラント王国の第二王女なのよ、しっかりしなさい! 無情にも扉が開く。


「アリッサです。お召しと伺い参じました」


 扉を潜り、淡い笑みを顔に貼り付けたまま最上級の礼をしてから中に進んだ。左側に見知らぬ顔を感じながら真っ直ぐ玉座の前へと進み、少し離れた場所で歩を止めて膝を折り頭を垂れる。どんな未来が待っていても私は私、決して負けないと床を見つめた。


「アリッサ、顔を上げよ。ジークベルト殿、これが我が娘アリッサだ。こちらがお前の夫となるファーレン王国のジークベルト王太子殿下でいらっしゃる」


 ゆっくりと顔を上げて立ち上がり、左側を向く。最前列に立つのは、この場にいる誰よりも背が高く強い存在感を放つ男性だった。ルーマン殿に聞いていた通りの黒髪と、ファーレン王家特有の紺碧の瞳、そして『血濡れの王太子』の異名に違わない鍛えられた体躯。この方が……ジークベルト様?


「はじめてお目にかかる。ファーレン王太子のジークベルトだ」


 朗々とした声は力強く部屋の隅々まで響き渡った。ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる、それだけなのに言葉に出来ない威圧感があるわ。思わず一歩下がりたくなる心を必死に抑えた。すぐ目の前に立たれると身長の差が一層明らかだわ。私などこの方の肩にも届かないし、身体の厚みは三倍くらいありそう……


「お会い出来て光栄です、ジークベルト王太子殿下。第二王女のアリッサです。ファーレンの皆様を歓迎いたしますわ」


 何とか噛まずに挨拶出来たわ。だけど手には汗をかき鳥肌が立っている。誰にも感じたことのない緊張感に押された。正直に言うと……怖いわ。あの噂のせいもあるでしょうけれど、この国では珍しい黒髪や日に焼けた肌などがそれだけで恐ろしげに見えるせいかしら。この方と……夫婦になるの? 本人を前にしたことで現実的な未来が一気に鮮やかになる。本能が絶対に勝てない相手がいると警鐘を鳴らす……


「ああ、ようやくお目にかかれた。神の色を持つ水色の乙女に」


 だけど、返ってきた声は思いがけないものだった。



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