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亡国色の王女は打算で敵国に嫁ぐ  作者: 灰銀猫


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大きくて傷だらけの手が好き

 三日後、第三妃のお茶会が王宮の奥庭で行われた。ロンベルクからは王妃、ベルツとグレーデンからは王太子妃、ゲルツアーからは王弟夫人、ロスラーからは第三公子の婚約者、そして母国ヴァイラントからは第三王女のエルリカが出席したという。私は式が間近に迫っているため、また行動を制限されている身であったため欠席した。


「それで、どうだったのですか?」


 お茶会のあった日の夜、夕食の後会いに来られたジーク様に尋ねた。他国の王族が到着し始めてからはジーク様もお相手に忙しくてなかなかお顔を見ることも出来ないでいる。並んでソファに座る、それだけのことで心の中が温かいもので満たされた。


「特に問題なく終わったらしい」

「では、エルリカも問題を起こすことなく?」

「ああ。侍女や護衛に俺の手の内の者を紛れ込ませておいたが、始終和やかなまま終わったそうだ。妹御も大人しくしていたらしい」


 ちょっと信じられないけれど、兄の忠告が効いているのかしら?


「ただ」

「ただ?」

「茶会で第三妃は弟を同席させたらしい」


 弟って、ジーク様の異母弟のディアーク様を? 女性だけのお茶会に息子とはいえ男性を同席させるなんて。いえ、未成年だったら目くじらを立てることではないけれど。


「まさか、エルリカを弟君に?」

「さすがにそれはないだろう。同じ国から二人も王女を娶るなんて聞いたことがないからな。大方、弟の顔を売ろうとしたのだろう」


 なるほど、ジーク様の勇名は他国でも知らぬ者がいないほど広がっているけれど、それに比べたらディアーク様は無名に近いわよね。未成年だから仕方がないけれど。


「第三妃は本気でディアーク様を王位に就かせようとお考えで?」

「だろうな。そのためにもディアークには最上の相手を娶らせようと考えているだろう。有力なのはベルツの王女だと俺は見ている」

「ベルツの……第三妃の故郷ですわね。でも、ベルツ国からまた妃を娶ってはさすがに国内の貴族が黙っていないのではありませんか?」


 第三妃が野心家なのは有名な話だからさすがに警戒されるのではないかしら?


「ああ、俺もそう思う。だが、第三妃が頼れるのは母国だけだし、姪であれば自分の思うように動かせるだろう。それにあそこの王太子も野心家だ。ディアークとはいとこ同士だし、あいつは気が優しいから御しやすいと思っているだろう」


 なるほど、ベルツにとっても悪い話ではないわよね。北に位置するベルツに比べファーレンは温暖で食料の生産量も多いから手に入れたいと思っても不思議じゃない。


「妹御をディアークの相手にするなど第三妃は考えていないだろう。あの女のことだ、妹御を唆して俺たちの間を引っ掻き回そうとしている可能性の方が高いだろう」


 ジーク様の仰る通りね。第三妃は野心が強いけれど頭もよさそうだからエルリカを大事な息子に嫁がせようとは思わないはず。そう思っていたのだけど……




「今日もエルリカが、第三妃の部屋に?」


 それから四日後の午後、ジーク様からあの子が毎日第三妃に会いに行っていると聞いて胸の中が騒めいた。


「どうしてあの子が……」

「あの女が茶会の出席者に声をかけているんだ。女同士楽しもうと言ってな」

「出席しているのは?」

「妹御にベルツ、ロンベルクだな。それ以外は我が国との関係がいいわけじゃないからな、姿はない」


 ベルツはロンベルクと仲がいい。エルリカは……品定めのためかしら? それにきっとあの子がジーク様を慕っているのは知っているはずだから利用するつもりでしょうね。


「あと、カトリーナが参加しているらしい」

「カトリーナ嬢が?」

「あいつも王家と縁続きだからな、妹御やベルツ王女と年が近い。案内などを頼まれているらしい」

「案内を……」


 そりゃあ、彼女は公爵家の令嬢だから他国の賓客の接待を頼まれることもあるでしょうけれど……だからと言って第三妃の誘いを受けるなんて……何を考えているのかしら。


「公爵は止めたそうだが、本人は見聞を広めるためだと言っているらしい」

「勉強家でいらっしゃるのですね」

「まさか。あいつが勉強好きだなど聞いたこともなかったが」


 あっさり否定されたわ。そういう方だったのね。


「何を考えているのでしょう」

「そこがわからん。が、何か企んでいるとしたらろくでもないことだろうな」


 あの顔ぶれではとてもいい話になるとは思えないわ。エルリカとカトリーナ嬢、どちらもジーク様を狙っているけれど、二人を競わせて何かしようと考えている? これだけの情報でははっきりしたことはわからないわね……


「ところで、アリー」

「はい?」

「後で庭を歩かないか?」


 見上げると紺碧色が柔らかく私を見ていた。庭を一緒に? 


「ジーク、何を言っているのです?」


 間髪容れずラーシュが止めに入った。やっぱりお忙しいのね。


「いいじゃないか、もうずっとアリーを放っておいているんだぞ? 式の前に愛想を尽かされたらどうしてくれるんだ?」


 ななな何を仰っているのですか、ジーク様! 私が愛想を尽かすなんて、そんなこと……


「そんなこと言って、あなたがアリッサ様を構いたいだけでしょう」

「当たり前だろう。可愛い妻が目の前にいるんだぞ。お前には理解してもらえると思っていたが?」


 ラーシュが眉の間に皺を刻み、深くため息をついた。そういえば彼は愛妻家で有名だったわね。


「……わかりました。この後のグレーデン王太子との会談は外せません。その後の式の最終確認を明日の午前に回しましょう。ですが、その後にはロンベルクとの会談があります。遅れないでくださいね。明日は休む暇はないと思ってください」

「アリーとの時間を作るためだ、最速で終わらせる」


 胸を張ってジーク様がそう仰ったけれど……私のために時間を作ってくださったことが嬉しくて身体の隅々まで嬉しさが満ちて温かくなっていく。嫌だわ、顔が赤くなっていそう。思わず頬を両手で覆った。いつもよりも熱を持っている、かもしれない……


「では、アリー、また後でな」

「はい」


 一緒に過ごせる時間に自ずと笑みが浮かんだ。嬉しいわ、ここ数日は顔を合わせることはあってもゆっくり話をする間もなかったから。


「さ、アリッサ様、準備をいたしましょう」

「え? どうしたのミア?」

「こちらへ。エリー、あのドレスを出してくれる?」


 ミアがてきぱきとエリーに指示を出し、鏡台の前に座らされた。フリーダが簡単にまとめた髪を解して梳き始める。どうしたの? 着替えって……


「何なの? 着替えって、庭をあるくだけでしょう?」


 そんな私の問いに三人は「後でわかりますわ」と言って準備を進めていった。


「このドレス……」


 まるで茶会か何かに出るためのような質のいいものだった。青みがかった白の生地の上から水色や濃青の糸で編まれたレースが重なってとても繊細で手がかかった品。とても可愛いけれど庭歩きには向かないと思うのだけど……




 ジーク様が訪れたのは、あれから一刻ほど経った頃だったのだけど……


「ジーク様、そのお姿は……」


 現れたジーク様はいつもの衣装ではなく、真っ黒な正装用の騎士服だった。この衣装を召しているのを見たのは我が国を訪問されて父に謁見した時以来かしら。精悍なジーク様によく似合っているし、髪も綺麗に後ろに撫でつけられていて、見慣れてきた私でも見惚れてしまう。こんな素敵な方が私の夫だなんて、信じられない……じっと見つめられて恥ずかしいのに、視線を外せないわ……


「ああ、なんて綺麗なんだ……」


 あまりにも凛々しく神々しいのジーク様に見とれていたけれど、不意に声を掛けられて我に返った。冷たささえ感じる紺碧の瞳なのに、今は蜂蜜のように甘く私を映していた。胸が高鳴って口から心臓が飛び出してしまいそう……


「よく似合っている、アリー……」

「ジーク様も、素敵です」


 すぐ側まで来ると手を取られた。それだけで心臓が益々その存在を主張する。


「ああ、参ったな。こんなに愛らしいなんて……」

「ほ、褒めすぎです。それに、ジーク様の方がずっと素敵です」


 恥ずかしいけれど言わずにはいられなかった。絵に残しておきたいわ。きっとジーク様本人には及ばないけれど、それでもいつでも思い出せるから。


「ちょっと付き合ってくれないか?」

「ええ、構いませんが……どちらへ?」

「行ってから話す」


 そう言われたらこれ以上聞けないわ。何かお考えがあるのは明らかだもの。


「さぁ、我が姫君、お手を」


 騎士らしく手を差し出された。いつもよりも少し硬い所作も綺麗で一層胸が弾けてくる。本当にお姫様になった気分だわ。差し出された手に自分のそれを重ねる。大きくて傷だらけだけど温かいこの手が好き。そしてその持ち主も。いつの間にこんなに好きになっていたのかしら。足取りが軽くてどこまでも歩いて行けそうだわ。きっとジーク様と一緒なら、山越えの進軍だって楽しめる自信があるわ。


「ああ、春になったんだな」

「ええ、ファーレンは春が来るのが早いですね」


 庭に出ると色とりどりの花が咲き乱れていた。若葉も。緑にもこんなにもたくさんの種類があったのね。こんなに世界が明るいなんて知らなかったわ。明るい色彩が心を一層弾ませてくれる。その時だった。


「まぁ、ジーク様、こんなところでお会い出来るなんて!」


 割り込んできた声に、舞い上がっていた心が一気に冷えた。



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