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亡国色の王女は打算で敵国に嫁ぐ  作者: 灰銀猫


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その言葉、そっくりそのままお返しします

「ア、アリッサ……!! お前、妹を破滅に追いやるつもりか!?」


 さっきまで気勢を削がれていた兄が立ち上がって怒鳴りつけてきた。顔は青褪め、両手を握り締めて今にも殴り掛かってきそう。テーブルがなかったら手が出ていたかもしれないわね。もっとも、兄がそうしたところで当たるはずもないのだけど。


「元々その地位にいるべき者ではなかったのです。当然のことではありませんか?」

「だが、あの子には何の罪もないっ!!」


 青褪めていた顔は怒気で一気に赤く染まったけれど、それは私の感情に僅かな波も立たせなかった。


「罪がないのは確かにそうでしょう。だからと言って傍若無人に振舞っていいわけではありません」

「お、お前には人の心がないのか!?」

「その言葉、そっくりそのままお返ししますわ」

「何だと!?」


 兄がテーブル越しに手を伸ばしてきたけれど、その手はジーク様によって払われた。自分よりも大きく遥かに強い相手からの牽制に驚き、一歩下がった。情けないわね、その程度で動揺するなんて。


「では、あなた方の私に対しての態度は何だったのです?」


 静かに、だけど決して誤魔化すなど許さないとの思いを込めて兄を真っ直ぐに見上げた。人の心云々言うのなら、長年私にしてきた仕打ちに人の心があったと?


「私はずっとあなた方から蔑ろにされてきました。この髪色のせいで。ですがこの髪色はお祖母様から受け継いだもの、私が父の実子だとの証です」

「だが、母の浮気相手も青髪だ。ただ色が薄く出ただけだろうが」


 なるほど、母が浮気していたと知っていたのね。いえ、父もそう主張していたそうだから知っていて当然だけど。


「あら、それを仰るなら、お兄様だって怪しいですわよね」

「何だと!?」


 挑発するように告げると再び怒気を放った。


「あの子の実父には三人の子がいます。二人は青髪ですが一人は金髪です。ええ、お兄様のように」

「……何が言いたい?」

「父親が青髪でも、金髪の子が産まれる可能性があるということですわ」


 私自身、絶対に父の子だとの確信は持てていない。ただ、この髪色は非常に珍しく、この髪色同士でも同じ色が出るとは限らないらしい。そういう意味ではこの髪色だからこそお祖母様の血を引いていると当時の重鎮たちは父を諫めたという。


「それに、あの子の髪色は両親やお兄様に比べても濃いですわね。ちなみに母の元婚約者の子もそうだとか」


 そこまで言うと兄にも私の言いたいことが伝わったようで押し黙った。だけどこれも事実、本当に実子かどうかなんて神様にしかわからないのではないかしら? だからこそ王家は純潔を重んじ、常に監視を置いて托卵を阻止しようとする。それでも、協力者がいればどうにでもなるわ。


「ヘルベルト殿、座られよ」


 黙り込んでしまった兄はその声に抵抗することなく座り込んだ。私には居丈高に振舞えてもジーク様は怖いのよね。


「私はあの子に嫌な思いを散々させられましたが、だからといって破滅させたいとは思いません。事実を公表すればあの子の命はなく、王家への信頼は失墜し、国が乱れる元になるでしょう。そんなことは私の本意ではありません」


「……何を考えている?」

「あの子に王女としての自覚と、それに見合った振る舞いをさせてください。王家の血を引いていないというのなら尚のこと、王女としての務めをしっかり果たすべきです。それが出来るのなら、私はこのことを公表するつもりはありません。実際、この件に関してはあの子には何の罪もないのですから」


 もっとも、あの子の我儘のせいで追放された使用人も少なくないし、破談になった縁談もいくつもある。こんなことを繰り返すのなら王族には置いておけないわ。それは王家の血を引いていても同じことで、義務を果たさない者は王族としての権利を享受すべきじゃないわ。


「まずはジーク様への付きまといをやめさせてください。そして自分の希望がすべて叶うなどという驕りを捨てるように言い聞かせてください。このまま増長すれば、あの子の未来は暗いものになるでしょう」


 ヴァイラント国内であればどうにかなるけれど、他国が絡めばそうもいかない。ヴァイラントが大陸一の大国ならまだしも、今は中の下くらいまで落ち込んでいる。ファーレンに来てからあの国の衰退ぶりが一層はっきり見えた。あの子に振り回されている場合じゃないのよ。


「ヘルベルト殿、貴殿が望むのは妹御の幸せか、それとも破滅か? 正直に申し上げるが、今のままでは後者の可能性が高いと思われるが?」


 ジーク様が静かに、諭すように告げた。私を睨みつけていたけれど、その言葉に困惑している。兄にもわかってはいるのね。だけど感情が、あの子への想いが惑わせる。


「甘やかすだけが愛情ではなかろう。貴殿があの子を愛しく思うのならしっかり言い聞かせ、厳しくとも正しい道へと導いてやるべきだ」


 兄はジーク様を見つめたまま何も答えない。


「もう一つ言っておく。俺はアリーを心から愛している。もし俺から彼女を奪うというのなら容赦はしない」

「アリッサを……?」


 ジーク様の平常運転の惚気に兄が訝しげに眉をひそめた。


「貴殿には彼女の素晴らしさが理解出来ないようだな。だが俺は子どもの頃から「ヘデラーの戦姫」に憧れ、いつかその血を受け継ぐ者に会いたいと願ってきた」

「祖母の……」

「実際に会った彼女は剣技に優れ、一方で我が国の教師たちも揃って教養深く優秀だと絶賛している。実に得難い存在だ。俺が重視するのは見栄えではなく中身だ。ああ、もちろんアリーは見た目も非常に愛らしいがな」


 そう言ってジーク様が私の肩を抱いて抱き寄せた。な、なんてことをするのですか……! 抗議の意を込めて見上げると甘ったるい表情で私を見ていた。ひ、人前です……! そしてそんな昔から私に興味をお持ちだったと? 初耳なのですが……


「残念ながら妹御の入る隙間は髪の毛一本もない。我が愛しい妻に無礼を働くというのなら、俺は妹御の秘密を公にすることも厭わない。それを心に留められよ」


 ジーク様の言葉を兄は激昂することもなく黙って聞いていた。


「それともう一つ。この式にはロスラーの第三公子が出席してくださる。我が国の招待客に無礼な真似は慎んでいただきたい。もし妹御が貴殿の忠告を聞かぬと言うのなら離宮に留め置かれた方がよろしかろう」


 最後は脅迫のようになってしまったわね。だけどそれくらい強く言わないと兄にもエルリカにも伝わらない。結局、兄からははっきりした言質は取れなかったけれど面会は終わり、兄は当初の怒気と覇気をすっかり抜かれて帰っていった。ほんの少しでもいい、あの子を大切に思うのなら非常識な振る舞いをやめるよう諭してほしい。そうすることがあの子を守るのだから。




「あれでよかったのか?」


 兄が去った後の応接室で、ジーク様が心配そうに私を見下ろした。


「ありがとうございます。十分すぎるほどです


 本当は私から兄を諫められたらよかったのだけど、あの兄が私の言葉を素直に聞くはずもない。だからジーク様に兄を諭すようにお願いしていた。あれで伝わったのかどうかは疑わしいけれど兄だって成人しているし、あれでも一国の王太子、理解する頭があると信じたいわ。


「兄が諭してもダメなら仕方がありません。あの子も十五、貴族であれば一人前に振舞って当然の年です。しかも父の名代として他国を訪問しているのですから」


 王の名代はその名の通り王の代理人で、それだけの重みと責任がある。あの子はジーク様に会いたい一心で兄に付いてきたのでしょうけれど、他国はそんな事情など汲んではくれないし、子どもだからと容赦もしてくれないわ。それが外交だから。兄があの子を諭して理解してくれるならいいけれど、そうでなければ閉じ込めておいてほしい。




 兄があの子を諭したのか、その翌日からエルリカからの面会願いはピタリと止まった。わかってくれたのならそれでいいし、そうでないのならこのまま静かに過ごしていてほしい。そう思っていたのだけど……


「ええっ? 第三妃があの子をお茶会に誘った?」


 翌々日飛び込んできたのは思いがけない話だった。


「どうして……」

「あの女が式のために集まった王族の女性に声をかけたんだ。茶会自体はよくあることだし、開かない方がおかしいのだが……」


 確かにその通りで、他国の王族を招待したら王妃は女性の招待客を集めてお茶会をするのは当然のこと。それ自体は仕方がないと思っていたけれど、エルリカを招待って……


「ヘルベルト殿の忠告が利いているといいのだが……」

「そう、ですわね」


 そう答えたけれど、はっきり言って不安しかないわ。しかもそのお茶会にはカトリーナ嬢の名もあるというし。


「何か、企んでいるのだろうな」


 ジーク様が深くため息をついた。胃の底に冷たい小石が積もっていくような感じがした。


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