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亡国色の王女は打算で敵国に嫁ぐ  作者: 灰銀猫


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秘されていた家族の闇

 兄からの申し出を私たちは受けることにした。さすがに他国の王族、それも花嫁の母国の実兄からの申し出を突っぱねることも出来ない。エルリカ抜きでならと翌日の午後、ジーク様は兄を王宮に迎え入れる旨を記した書簡を兄に送った。


 それを受けて、私は先日から悩んでいたことをジーク様に打ち明けることにした。その発端はマルクがお祖母様から預かっていた書簡で、そこにはエルリカが両親の実子ではない事実とそうなった経緯、更にはお祖母様が疑うに至った理由と本当の両親と思われる人物の概要が記されていた。


 あまりにも重すぎる事実に、私はずっとどう扱うべきか迷い、考えあぐねていた。あの子のためを思えばこのまま黙っていた方がいいと思う一方、王女でない者がこれ以上誰かの人生を左右する地位にいるべきではないとの思いもある。あの子は王女としての権利を享受するばかりで、自分の我を通すためなら周囲の者が王宮から追放になろうと気にも留めない。王女だとしても我儘が過ぎるのに、その前提が崩れるとなれば話は変わる。悩んだ末に私はジーク様にお祖母様の書簡を見せて事実を告げ、意見を求めた。


「あなたの家族には何かあるとは思っていたが……まさかこのような事実を隠していたとは……」


 さすがのジーク様も想定外だったらしく、暫くの間書簡に目を通しながら言葉を失っていた。


「それにしても、祖母君はどうしてこのような疑念を……」

「最初は私への態度だったそうです。その後、夫婦仲が冷え切っていたのにエルリカが生まれたことを疑問に思ったと」

「なるほど。不貞を疑われた母君の怒りもわかるが……そんな状態で子が出来るのは、確かに不自然だな」


 ジーク様は腕を組んだまま重々しく頷いた。


「ええ。ですが父が母の不貞を疑ったのには理由があるのです。母にはずっと相愛の婚約者がいたそうです。青髪の侯爵令息が」


 母はその方に嫁ぐ予定だっただけど、父の婚約者だった母の姉が病気になり、急遽母に変更になったという。何か圧力があったのか侯爵令息はその直後から領地で過ごしていたけれど、私が生まれる一年半ほど前に役職を拝命し、王宮に出入りするようになったという。


「まさか、それだけのことで?」

「多分、父はずっと二人を疑っていたのでしょう。父も母を好んでいなかったので、もしかすると離縁する理由が欲しかったのかもしれません」


 母国では王族の離縁は基本的に認められないけれど、唯一妃が不貞を犯した場合のみ王から離縁を申し出ることが出来る。父はそれを使って青髪の私が不貞の子だと訴えたのでしょうね。


「不貞を疑った父は結局私を不貞の子に出来ませんでした。母の不貞を知っても失敗を恐れて追及出来なかったのでしょう。父の政治的な後ろ盾は母の実家のルエーガー公爵家、母とその公爵がその気になれば父を病気だとでっち上げて兄を即位させることも出来ます。父はそれを恐れ、母の不貞に目を瞑ったのかと」


 娘の不貞と妊娠を知った公爵は万が一に備えて両親と色の似た赤子を用意していた。生まれた子が私以上に濃い青髪の子だったため、母と公爵は赤子を入れ替えた、そんなところでしょうね。父は勘付いていたけれど、一度失敗しているから強く言えなかった。それに女児は王位を継げないから騒いで面倒なことになるよりは、と思ったのかもしれないし、黙認することで母と公爵に恩を売っていたのかもしれない。だけどこれが本当ならとんでもない話だわ。


「しかし腑に落ちんな。だったら何故母妃は妹御を溺愛していたんだ。血の繋がりはないのだろう?」

「それは……私にもわかりません。ですが祖母は……父の子でなかったから愛せたのかもしれないと」

「それほどに、父王を疎んじておられたのか」

「どうでしょう。でも仲がいいとはいえませんでしたから、案外そうだったのかもしれませんね」


 母の気持ちはわからないけれど、好きな相手がいたのに無理やり婚約を白紙にされて父に嫁いだのならその絶望はわからなくもない。父は人の気持ちがわかる人ではなかったから、母にも妃としての役割だけ求め、気遣うなんて発想もなかったでしょうね。ルエーガー公爵はお祖母様を滅んだ王国の末裔と蔑んでいたから、その娘の母もお祖母様に頼ることは出来なかったでしょうし。だからと言って不貞をしていい理由にはならないけれど。




 翌日、王族が他国の賓客と歓談するための応接室にジーク様と向かった。エルリカがいないことにほっとしているけれど、あの兄があの子を排除したと私を責めてくるのは間違いない。それをジーク様に見られる未来が容易に思い描けて気が重いわ。まったく、国を出たら縁が切れると思ったけれど簡単じゃないわね。


「失礼する」


 ジーク様が私の手を取ったまま部屋へと入った。奥に立ち上がる兄が見え、その険しい表情に予想が当たったことを悟った。だけど……


「ヘルベルト殿、式前の忙しい時期に一体何事ですかな?」


 座ると同時に口火を切ったのはジーク様だった。何かを言いかけていた兄が言葉を飲み込んでいる。実際式の直前は忙しいし、新婦は純潔を守るために人との面会を厳しく制限されるのはどの国も共通だから。


「す、すまない。だが、エルリカが……」

「主役でも何でもない貴殿の妹御の希望が、式を挙げる当事者より優先されると?」

「そ、そういうわけではないが……」


 まさかそんな風に追及されるとは思わなかったようで兄は言葉に詰まっていた。私には何をしても構わないとの慢心からのことでしょうけれど、それはジーク様には当てはまらないと何故わからないのかしら。


「アリッサが兄妹に会うことは何の問題もなかろう?」

「確かにそうかもしれませんが、アリッサ殿は既に我が国の王族。それをお忘れか?」


 兄が悔しそうに口元を引き結んだけれど、実際その通りなのよね。私は既にジーク様の妻でファーレン王家の一員、いくら兄でも命令出来る時期はとっくに終わっているのに。


「それで、どのようなご用件だ? この時期に面会を求められるのなら相応の事情がおありなのでしょうな」


 ジーク様の声は重く深く、まるで威嚇しているようにも聞こえた。ちょっとやり過ぎではないかしら? 兄の居丈高な態度は小心さを誤魔化すためのものなのに。


「……どうして、あの子と会ってくださらない?」


 暫しの沈黙の後、兄が絞り出すように問うてきた。さっきのジーク様の言葉をもう忘れたのかしら? 正直言ってファーレンにとって未成年のあの子の存在は重要ではなく、わざわざあの子のために時間を割く理由がない。それくらいなら婚姻式のために滞在している他国の王族と会談した方がずっと利があるもの。


「婚姻が迫る今、花嫁にしろなどと迫ってくる女と会えと? 王太子としてそんな無責任な行動はとれませんな」

「そんな言い方をしなくても……」

「でも、事実でしょう?」


 容赦がないわね、ジーク様。そして経験の差が如実に出ている。戦場に立ったこともない兄がジーク様に敵うわけがないのだけど。


「いい加減に妹御の我儘を助長するのはお止めになった方がよろしかろう。貴殿がやるべきことは妹の我儘を聞き入れるのではなく、諫め、王族としての在り方を教えることでしょう」


 ジーク様が真っ直ぐに正論で返した。まさにその通りだけど兄にその言葉が届くかしら? 正論は正し過ぎるが故に大きな反発を招くこともあるから。


「ジ、ジークベルト殿! さすがに言い過ぎではありませんか?」

「そうですか? ですがアリッサは既に私の妻でファーレン王太子妃、なのに今になって代われなどと要求をしてくる王族など他におりませんよ」

「そ、それは……」

「いい加減にしていただこうか。貴殿は同盟を遵守するために来られたのではないのか? それとも、破棄するために来られたのか?」


 兄の甘い考えをジーク様が一蹴した。同盟で交わされた文書に名があるのはエルリカではなく私で、私に嫁げない重要な瑕疵や怪我・病がない限り他の誰かと代わるなど無理なこと。しかも婚姻届は既に出されて両国の王が裁可しているから、代わるとなると両国の王の許可がいる。母国はともかくファーレンがそれを呑むとは思えないわ。それにしても……


「お兄様はどうしてそこまであの子を庇うのです? 何か……深い理由でもおありになるのかしら?」


 何も発せなくなって押し黙った兄に尋ねた。兄の行動はあの子の秘密を知っているなら辻褄が合う部分が多い。もっとも、それは完全ではなくて判断がつかないのだけど。今を逃せば尋ねる機会はないかもしれないし、この疑問をこの先もくすぶらせるのは私の本意ではない。つまりは好奇心が上回っただけなのだけど……


「……何が言いたい?」


 鋭い視線を向けて放たれた兄の答えはまるで私の疑念を肯定するものに聞こえた。何のことだと言ってくるかと思ったのに、意外だわ……


「エルリカは、両親の子ではありませんよね」


 兄は呆けた顔で私を見ていた。私が知っているとは思わなかったのでしょうね。そして、兄はその事実を知っていた。お祖母様の思い過ごしかとも思ったけれど、事実だったのね。


「お兄様、エルリカにしっかり言い聞かせてください。あの子の我儘でこれ以上不幸な人を増やすというのなら、私はこの事実を公表します」



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