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亡国色の王女は打算で敵国に嫁ぐ  作者: 灰銀猫


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第三妃主催のお茶会

 春の舞踏会は無事に乗り切ることが出来た。あの後はジーク様にファーレン貴族を紹介してもらったけれど、初めて会う方が殆どだったから顔と名前を覚えようと必死だったわ。主要貴族は絵姿を見せてもらったけれど、肖像画がそのまま本人と瓜二つということは少なくて、これなら絵姿を見ない方がよかったかと思うほど。多分覚えるには当分かかるでしょうけれど、まずは主要な上位貴族からね。


 舞踏会の余韻が残る中、婚姻式の準備と王太子妃教育は続いていた。幸いにも式の準備はジーク様が主体となってやってくださっているので、私がやるのは肌や髪の手入れ、当日着る衣装の調整や式の段取りの確認など。教育は幸いにも求められていた内容は終わっているので、今は教師たちからファーレンの内情や裏話を聞かせてもらっている。このままいけば問題なく当日を迎えられそう。


 そんな風に安心していたところに一通の招待状が届いた。差出人は第三妃で、婚姻式前に主だった貴族家の夫人や令嬢を招待して私との顔つなぎをするというもの。


「まさか行く気か?」


 どうやらジーク様の中では欠席一択だったらしいけれど、義母となる相手からの招待となれば無下にも出来ない。断ったら角が立つし、第三妃の面子を潰したとなれば恨みを買うかもしれない。


「義理とはいえ母子になりますわ。わざわざ角を立てる真似は出来ませんわ」


 いくら陛下との仲が冷め切っていても正式な唯一の妃だもの、無碍には出来ない。それに、行けばこの国の貴族家の内情が見えるかもしれない。


「しかし……」

「フリーダやミアを連れて行きます。それに、ジーク様だっておわかりでしょう? 断れば余計に面倒なことになると」


 きっと欠席したらヴァイラントの王女はファーレンを疎んじているとか軽んじているとか言い出すに決まっているわ。わかっている以上そんな愚は冒せない。


「わかった。俺も出来る限り俺の息がかかった者を警護に回そう」

「ありがとうございます」


 何か企んでいるのでしょうけれど、私だってヴァイラントの王女。そう簡単に手が出せるとは思わないわ。もし私を害すれば第三妃が糾弾される。夫婦仲が冷め切っているから陛下も必要以上の恩情をかけることはないはず。もっとも、あちらもベルツの王女だからよほどの証拠がない限り処罰など出来ないでしょうけれど。




 舞踏会から五日後、王宮の奥の庭で第三妃のお茶会が催された。今はまだ冬の影が強いヴァイラントと違ってファーレンはすっかり春一色で、庭の木々も花々も今年一番の装いで私たちの目を楽しませてくれる。


「第三妃様、お招きありがとうございます」


 先日の舞踏会とは一変し、今日の私は薄紫の生地に紺碧色の差し色のドレスだった。これもジーク様が用意してくださっていたものの一つで、色合いは落ち着いていて色素の薄い私でも負けることはない。春らしい柔らかな素材は軽くて着心地もいいわ。


「まぁ、アリッサ様、来てくださって嬉しいわ」


 出迎えた女主人は艶やかな栗色の髪をゆったりと結い上げ、少しくすんだ濃い若草色。落ち着いた色合いは年齢に相応しい落ち着きと品があり、装飾も控え目で楚々とした雰囲気が強く見え、趣味の良さが窺える。敵対的な立場にあるけれど、王妃としての品も格も十分すぎるほどにお持ちなのよね。性格が穏やかな方だったら陛下ともいい関係を築けて違った未来があったでしょうに。


「ふふ、そのドレス、よくお似合いですわ。アリッサ様の髪色にもよく映えていますわね」

「ありがとうございます。第三妃様のドレスもとても素敵です。装飾品との組み合わせもセンスがよくて見習いたいですわ」


 この言葉に嘘はなかったからすんなりと出てきたけれど、第三妃の方は少し面食らったように見えた。褒められると思わなかったのかもしれない。少し踏み込み過ぎたかしら? あまり興味を持たれても困るのよね。


「ふふっ、アリッサ様はお可愛らしい方ですのね。剣を手にされるからもっと猛々しい方なのかと思っていましたわ」


 嫌味なのか本音なのかわからないけれど、その見立ては概ね合っているわ。ただ、私の外見がそう見せないだけで。


「さぁ、テーブルへどうぞ。皆さまお集まりですわ」


 第三妃は笑顔で私を案内してくれた。思った以上に印象は悪くないけれど、それでも気は抜けないわ。多分ここに集められた参加者は第三妃の息がかかった方ばかりだから。それでも後ろにはフリーダとミアがいる。二人とも侯爵家の出だから彼女も無下には出来ないはず。もっとも護衛としての参加だから同じテーブルには付かないけれど。


 案内されたのは三つあるテーブルのうちの一つで、第三妃の隣だった。序列的に王妃である第三妃の下は王太子妃の私になるから順当ね。驚いたのは同じテーブルにあのカトリーナ嬢の姿があったこと。彼女の実家は王太子派だから敵対するこちらの陣営とは付き合いがないと思っていたわ。こうなると嫌な予感しかないわね。


「さぁ、今日は今年最初のお茶会です。皆様、楽しんでいかれてね」


 優雅に挨拶をすると侍女たちが一斉にお茶を配り始めた。お茶菓子は既にテーブルに準備されていて、どれも色彩豊かに飾り付けられて見ているだけでも楽しいわ。


 私の前にもお茶が置かれた。茶器も細かい細工がされていて素晴らしい品ね。それでいて品が損なわれていない。この方は本当に趣味がいいのね。


「妃殿下、失礼します」


 置かれたお茶に手を伸ばしたのはフリーダだった。まずは銀の匙で掻きまわしてから匂いを嗅ぐ。匙で僅かに掬ったお茶を手首の内側に塗った。


「ちょっと、あなた、何をなさっているの?」


 咎めるような声を上げたのは反対側に座っていた茶の髪の夫人だった。あの方は確か……


「バーデン侯爵夫人、大きな声をお出しにならないで」

「申し訳ございません。ですが、第三妃様のお茶会で毒見をするなど無礼ではありませんか」

「そうですわ。いくらヴァイラントの王女とはいえ、これでは我が国を信用していないと言っているも同然ですわ」


 第三妃がゆったりと諫めるも、バーデン侯爵夫人は黙らなかった。それどころか隣に座る黒髪の夫人も同調したわ。こちらはカルツ伯爵夫人ね。お二人とも第三妃と極めて親しい間柄だと聞いている。この二人は第三妃の代弁者ね、咎める態度は演技だけどお上手だわ。


「まぁ、申し訳ございません。でも、王太子殿下のご命令ですの。ご容赦くださいませ」


 私だって黙っていないわよ。無邪気な笑顔を浮かべてジーク様に言われた通りに返した。


「王太子殿下が?」


 さすがにジーク様の名を出すとバーデン侯爵夫人は勢いを失った。第三妃は笑顔のままね。このことは想定内ってことかしら。


「はい。そうよね、フリーダ」

「はい。妃殿下の仰る通りです。わたくしは王太子殿下から直々に毒見を命じられました」


 それからフリーダはジーク様が警戒する理由を説明してくれた。まず、私がヴァイラントの王女でありこの婚姻は同盟の証であるから、もし私に危害が加えられればヴァイラントが同盟違反を理由に我が国に開戦する可能性があること。これはファーレンの瑕疵であるため周辺国からの非難は免れず、もし開戦となればファーレンと友好関係にある国も表立って味方に付けないこと。


 二つ目は私がヘデラーの末裔であること。現在生存しているヘデラーの王族の末裔は少なく、ヘデラー商会は私を旗印と見ている。その私に何かあればヘデラー商会から恨まれ、最悪取引停止になるかもしれない。ヘデラー商会は大陸中に支店を持つ大商会であり、そことの関係が切られれば物流が途絶える可能性があること。


 三つ目は私が民からアシェリア様の再来と言われて人気があること。もし何かあれば熱心な信者が王家に不満を抱く可能性があり、内乱で国力が落ちた今、再び国内が荒れる可能性があること。


 そして四つ目はジーク様が私に惚れているから、何かあれば参加者全員が容疑者として疑われ、各家門の名に傷がつくこと。これに関しては大袈裟だしジーク様の弱点を大々的に宣伝することになるし、何よりも恥ずかしいからやめてほしかったのだけど、ジーク様はそれでも構わないと押し切ってしまわれた。


 これらの理由をフリーダが淡々と説明すると、会場内は静まり返ってしまった。嫌だわ、せっかくのお茶会に水を差したかしら? だけど、これくらい具体的に言わないと夫人方は理解しないとラーシュが言い、レオもイーダも同意し、フリーダが言う気満々だった。そこにエリーまで加われば私に止められるはずもない……


「まぁ、殿下の御寵愛が深いのですね」


 第三妃の声は楽しげで、好奇心も多大に含まれているように感じた。敵に弱点を教えるようなものだけど、一方で殿下を怒らせればどうなるかを知れば、協力する側も躊躇するだろうから抑止力にもなる。幸いにも私は自分の身は自分で守れるからというのもあるでしょうけれど。


「皆様、王太子殿下とアリッサ様の婚姻は我がファーレンに多大な利をもたらしてくださるもの。そのことをお忘れにならないでね」


 参加者を見渡しながら第三妃がそう告げた。その姿は王妃としての威厳に満ち、有無を言わせないものがあった。私を心配していると見せかけているのでしょうけれど、何を企んでいるのかしら? こうも友好的だとかえって不安が増すし、そのことをわからない方でもないでしょうに。


「さぁ、難しいお話はここまでにして、春の恵みを楽しみましょう」


 その一声でお茶会に再び春の空気が戻ってきた。さすがというべきかしら。それだけに敵対するこの立場が重く圧し掛かる。


 それからのお茶会は和やかな空気で進んだ。第三妃が私に参加者を紹介してくれた。 意外だったのはレオが思いを寄せているという令嬢も参加していたこと。その方は淡い茶の髪を持つ楚々とした印象だった。残念だったのはその方がヘルゲン侯爵家に連なる家門の出で、彼の恋が絶望的だとミアたちが言っていた意味がわかったわ。


 挨拶が終わっても私に声をかけてくる者は少なかったけれど、顔と名前を覚えるにはいい機会になったし参加者の様子を観察することも出来た。第三妃派の夫人たちの結束はかなり強そうね。カトリーナ嬢は最初は浮いているようにも見えたけれど、カルツ伯爵夫人が声をかけて若い令嬢の輪に紹介していた。これはジーク様に報告ね。だけどジーク様を慕う彼女がどうして……もしかして、何か密約でも交わしたのかしら? まさか、ジーク様の命令で潜入を……はあり得ないわよね。



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