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亡国色の王女は打算で敵国に嫁ぐ  作者: 灰銀猫


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社交シーズン始まりの舞踏会

 空は青く木々は多彩な緑を纏い花々が一斉に咲き初める。春の気配が一層濃さを増したその日、王宮で社交シーズン最初の舞踏会が行われた。美しく修繕と清掃が行われた王宮はもうすぐ王太子の婚姻式という一大慶事を前に輝かんばかりに磨き上げられ、着飾った貴族たちが会場を一層煌びやかに飾り立てていた。


「ああ、アリー、なんて綺麗なんだ」


 ファーレンでは春色の一つに挙げられる薄紅色。ジーク様がこの色がいいと選んだ色を纏った私を嬉しそうに見下ろすのは「血濡れの王太子」の異名を持つ私の夫だけど、表情を見ているととてもそんな物騒な二つ名を持つ人物には見えない。鋭い目つきと大柄で筋肉隆々とした外見で綺麗だ、女神だとあらゆる賛辞を口にされるのだけど……言われる方は慣れていないのもあって赤面するしかなかった。もうやめてほしいわ、舞踏会が始まる前に気力が尽きてしまいそう……


「殿下、落ち着いてください。妃殿下が困っているでしょう」

「困ってなど……」


 側近に冷たく指摘されて困惑の目を向かれてしまったけれど、目が合っただけで恥ずかしくて居たたまれないわ……自分の想いを自覚してしまったし、それを知られてしまったけれど、こういう時どうしたらいいのかわからないもの……エリーと目が合ったけれど、意味深な笑みを浮かべると背を向けた。絶対に私の反応を見て面白がっているわね……


「さぁ、そろそろお出ましの時間ですよ」

「あ、ああ。アリー、行こうか」

「ええ」


 助かったわ……どうにもジーク様の誉め言葉に上手く反応出来ないから。だけど……そっと胸を抑える。この奥が温かい。こんな感情があったなんて知らなかったわ。


「ジークベルト王太子殿下、アリッサ妃殿下の御入場です!」


 騎士の声を合図に会場へと入る。気を引き締めないと……何があっても負けるものかとの思いを笑顔で隠した。眩いばかりの会場に目が慣れてくると、周囲の視線がこちらに向いていることに気付いた。


「皆がアリーの美しさに見惚れているな」

「まさか……」


 さすがにジーク様、買い被り過ぎです。そう思ったけれど声にはならなかった。


「王太子殿下、妃殿下!」


 大きな声の主はブレンメ公爵だった。お会いするのは久しぶりね。


「お久しゅうございます。おお、妃殿下も何と愛らしい」


 公爵が満面の笑みで話しかけてきた。その後ろに女性の姿があった。ご令嬢かしら? だったらこの方がカトリーナ様? 艶やかな栗色の毛はよく手入れされていて、すっと鼻筋の通った美人だわ。目元は涼やかで意志の強そうな瞳に矜持の高さが伺える。ドレスも女性らしい身体つきがわかる意匠で艶かしい。


「ジーク様、無事のご帰還、おめでとうございます」


 にこりと、自信たっぷりな笑みを向けてきた。私のことは無視なのね。


「これ、カトリーナ。殿下の愛称を呼ぶのは控えなさい」

「まぁ、お父様ったら。私とジーク様は幼い頃から親しく過ごした仲。よろしいではありませんか」


 眉を顰める公爵に対して令嬢は全く気にもせず、ゆったりとした笑みを浮かべた。


「ジーク様、心配しておりましたわ。ご無事のご帰還、心よりお祝い申し上げます」

「ああ」

「でも……反乱軍の討伐などジーク様自らお出ましにならなくても。部下に任せればよろしいでしょうに」


 ジーク様の腕に今にも触れそうなほど距離を詰めていた。さりげなく私とは反対側に陣取るのも私を認めないとの意思表示かしら。


「ブレンメ嬢、俺は人の上に立つ者こそ先頭に立つべきだと考えている」

「まぁ、ジーク様。私のことはカトリーナと」

「俺たちはもう子供ではない。いい加減愛称で呼ぶのは控えていただこう」

「そんな……私たちの仲ではありませんか」


 途端に泣きそうな表情を浮かべてジーク様を見上げた。あざとい令嬢の姿を久しぶりに見たわ。エルリカはどうしているかしらね。


「ジーク様にだって幼馴染との交流は必要ですわ。ねぇ、妃殿下、そう思われません?」


 自信たっぷりの表情をこちらに向けてきた。驚いたわ、私のことは黙殺するかと思っていたのに。


「カトリーナ、弁えろ! 妃殿下にお声がけするなど不敬だぞ」


 鋭い声で彼女を止めたのは実父のブレンメ公爵だった。さすがは騎士を率いるだけあって迫力があるわ。カトリーナ嬢もさすがに頬を引き攣らせていた。


「お、お父様……」

「妃殿下はヴァイラントの王女であり、既に我がファーレンの王太子妃殿下でいらっしゃる。臣下出のお前とでは立場が違う。弁えろ」


 さすがは戦場に出ていた方だわ。大きな声を出しているわけではないのに強い圧を感じる。カトリーナ嬢も青褪めているわ。普通の令嬢ではあの迫力は怖いでしょうね。


「も、申し訳ございません」


 父親の剣幕にカトリーナ嬢は消え入る様に謝罪を口にした。


「謝罪は受け取ろう。だが二度目はない。我が妃は広量だが俺は狭量なのでな」

「か、かしこまりました」


 何かを言う前にジーク様に先を越されてしまったわ。カトリーナ嬢がさっきよりも深く頭を下げると周囲からざわめきが上がった。


「殿下、妃殿下、娘が申し訳ございませんでした」


 公爵も深々と頭を下げた。この方は本当に忠義に厚い方なのね。頭を下げることにも抵抗がおありではないようだし。


「公爵に免じて今回のことは不問にしよう。だが、俺は妻を心配させるような無能は夫にはなりたくないのでな」

「いやはや、殿下はほんに妃殿下のことがお好きですなぁ」


 ブレンメ公爵が表情を和らげた。その後ろではカトリーナ嬢が俯いたまま佇んでいた。重ねられた両手に力が入っているのが見えた。父親に諫められて頭を下げたけれど納得はしていないのかもしれない。


「ははっ、これほど得難い女性もそうはいないだろう?」

「真に。妃殿下は愛らしいだけでなく武にも秀でた素晴らしきお方、さすがは殿下、お目が高こうございますな」

「ああ、俺もそう思う」


 カトリーナ嬢の様子を気にしている間に、二人の会話が意外な方向に飛んでいた。何なの、一体……ブレンメ公爵もジーク様も……周りの貴族が引いているわよ……


「おい、ジーク、惚気はその辺にしておけ」


 暴走気味の二人を止めてくれたのは意外にもレオだった。いつもとは違って騎士の正装姿だけど、背が高いからよく似合っているわ。そうしている間にカトリーナ嬢の姿が消えていた。彼女の存在を脅威だとは思わないけれど敵意を向けられるのは面倒ね。思い詰めて暴走しなきゃいいのだけど……


 ブレンメ公爵と別れた後はダンスを踊り、庭に出て散策を楽しんだ。それでも、行く先々で声を掛けられてゆっくりというわけにはいかなかったけれど。


「兄上!」


 庭から戻ってきたら少年が声をかけてきた。ジーク様を兄と呼ぶ人物は一人しかいない。


「ディアークか」


 柔らかそうな銀の髪を揺らして第四王子のディアーク様が小走りでこちらに向かってきた。その表情には兄への憧憬が色濃く見える。彼はジーク様を慕っているとレオが言っていたけれど本当だったのね。


「兄上、義姉上、ごきげんよう」


 まるで子犬のような方ね。年は十四だからエルリカの一つ下ね。お可愛らしいわ。


「楽しんでいるか?」

「はい。友人たちとさっきまで庭で話を」

「そうか」


 婚約者がまだいらっしゃらないからご友人と一緒に過ごしているのね。彼の後ろには似た年の令息の姿が見えた。


「あら、ディアーク、ここにいたの?」

「母上?」


 兄弟の会話に割り込んできたのは同じ髪色を持つ少年の実母だった。その姿に俄かに警戒が膨らむ。ゆったりとした足取りで第三妃がこちらにやってきた。笑顔が却って警戒を呼ぶ。


「アリッサ妃殿下、ごきげんよう」

「第三妃様、ごきげんよう」


 会釈で終わった彼女に対して通常の礼を返した。彼女は義理の母ではあるけれどジーク様と血の繋がりはないし、正妃ではない。それだけにどこまで遜ればいいのか加減が難しいわ。だけど彼女もベルツの王女、侮ることも出来ない。


「ふふっ、殿下と仲がおよろしいのね」

「はい。殿下にはよくしていただいております」

「まぁ、それは素晴らしいことね。次期国王夫妻の仲が円満なのは国のためにも喜ばしいこと」


 その言葉をどう受け取ったらいいのかしら? 嫌味とも受け取れるだけに返答し辛いわね。


「はい、殿下とファーレンのため、日々精進を続けたいと思います」

「まぁ、素晴らしいわ。殿下は良き伴侶を得られましたのね」


 ジーク様に笑顔を向けたけれど、カトリーナ嬢以上に警戒感が湧いた。わざわざ険悪になる必要はないけれど、ジーク様を陥れてディアーク様を王太子に就けようとしているとの噂があるだけに気を抜けない。最初から険悪な態度を取ってくれたら楽なのに。思った以上に手強そうな方ね。いくつか言葉を交わした後、第三妃は悠々とした足取りで去っていった。


「間近で見ると、ディアーク様とよく似ていらっしゃいますのね」

「そうだな。顔立ちも髪色もよく似ている」


 遠ざかる二つの銀の頭にエルリカの顔が浮かんだ。先日マルクから渡されたお祖母様の書簡には衝撃的なことが記されていて、未だに受け止め切れていない。あの話が本当だったら私は何だったのか……


「どうした?」


 自分の考えに沈んでいたらジーク様が心配そうにこちらを覗き込んでいた。いけないわ、心配をおかけしてしまったわね。あの件のことをジーク様に話さないといけないけれど、それはいまではないわね。


「何でもありませんわ」


 今はまだ舞踏会の最中、まずはこの場を無事切り抜けるのが先だわ。



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