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亡国色の王女は打算で敵国に嫁ぐ  作者: 灰銀猫


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混乱し過ぎて…

 私たちが王宮に戻った三日後、国王陛下もお戻りになった。主が戻った王宮は一気に賑わいを取り戻し、それは春の訪れそのもののように見えた。王宮には早くも花が咲き始め、色とりどりの新芽が目を楽しませてくれている。改修と清掃を終えた王宮は見違えるように煌びやかさを増し、これから訪れる者たちを待ち構えていた。


 そしてそれから五日後、ようやく第三妃が王宮に戻ったとの知らせがあった。随分とゆっくりしているなと思ったけれどこれが普通なのだという。嫁いだ直後、どうして王女の自分が正妃ではないのかと騒いだ彼女は陛下が愛していらっしゃる第二妃にきつく当たり、それからはすっかり陛下との関係は冷め切って、今では互いに儀礼的な挨拶を交わす程度なのだという。




 婚姻式の準備で慌ただしくなった中、久しぶりに自室でジーク様をお茶をしながら招待客の一覧を見ていた。王太子の婚姻となれば王族、国によっては国王自ら出席することもある。今回出席を表明している王族は北のベルツ王国とその西にあるロンベルク王国、南のゲルツアー王国とその西のグレーデン王国、さらに西のロスラー公国、そして母国のヴァイラント王国六か国。我が国より西の国は国境を接していないのもあって出席はないという。


 国境を接していないのに参加する唯一の国はエルリカの初恋の相手と思われる人物がいるロスラー公国だった。更に驚くことに、やって来るのはエルリカに振られたという第三公子で、こちらは婚約者の令嬢と一緒だという。


「公子には婚約者がいたのですね……」


 それを承知でエルリカに求婚を? それはお相手に失礼ではないかしら? そう思ったのだけど……


「公子の背を押したのがその婚約者だったそうだ。後悔するよりはと言って送り出したらしい」

「まぁ……随分と出来た方ですのね」


 お人柄も二人の関係もわからないけれど、エルリカよりも百倍マシに思える。


「そうだな。どうも二人は幼馴染で兄妹のように育ったらしい」


 なるほど、だったら恋情というよりも家族愛に近かいのかもしれない。だったらあり得るかもしれないわね。令嬢にとってはいい加減に吹っ切ってほしいとの思いだったのかもしれないけれど。私もそうする気がする。


「でも、婚姻式で鉢合わせることになるから、公子は気まずいでしょうね」

「ああ。だがこればかりはどうにも出来ないからな。自衛してもらうしかあるまい」


 確かにその通りね。問題はエルリカの方かしら。公子の婚約者に失礼なことを言わなきゃいいけれど……あの子は周りに気を遣うということを知らないから頭が痛いわ。こちらは第三妃の動向も気になるというのに。


「そういえば、ベルツ国からはどなたが出席を?」


 第三妃の兄に当たる国王陛下なのか、それとも甥の王太子なのか。どちらにしても警戒するに越したことはないわよね。今のところ彼の国にはジーク様と年の合う王女はいないけれど、第三妃が産んだ第四王子と年の近い王女はいるのよね。ベルツ国として狙うならそちらの方かしら。ジーク様に何かあれば自国の血を引く王子が即位する。そこに自国の王女を送り込めば王統を乗っ取れるわね。


「王太子夫妻だと聞いている」


 だったら第四王子と年の近い王女は来ないってことね。まぁ、一般的に成人を迎えていない王族が公の場に出ることは、それも他国で開かれる催しに出ることはまずない。だったらそちらは心配しなくてもいいのかしら?


「王太子ご夫妻はどのような方ですの?」

「そうだな、一言で言えばいけ好かない奴だ」


 珍しくジーク様の表情が曇った。ヴァイラントとは国境を接していないのもあって交流がなく詳しいお人柄は存じないけれど、そこまで仰るということは相当合わないってことね。


「いか好けない……」

「女のような見た目だが、とにかく女にだらしがないんだ。俺より少し上だが、既に両手の指では足りないほどの隠し子がいるとも言われている」

「まぁ、そんなに……」

「アリー、あなたもどうか気を付けてくれ。あの男は婚約者がいようが人妻だろうが節操がないから」


 それは……下半身だけで生きているような方ね。だけど……


「ご心配には及びませんわ。私、不誠実な男性は嫌いですから」

「だが、あいつの見目は女性を惑わせると言われている。その……あなたはとても愛らしくて守ってあげたくなる風情をお持ちだから……」

「……ヘ?」


 あ、愛らしい? 私が? それに守ってあげたいなんて……は、初めて言われたわ。


「そ、そんな……私など、いつも剣ばかり振り回して可愛げがないと……」

「そんなことはない。あなたはとても綺麗だし、可愛らしい。しかも強いなんて反則だ」

「は、反則?」


 それは何に対しての? がっしり両手を握られて顔を覗き込まれたけれど、ち、近いですジーク様……! 


「反則だろう? 可愛いだけでなく強いなど、まさにアシェリア様の再来。世の男どものあなたを見る目をご存じないのか? 俺が隙を見せればすぐにでも攫って行きそうなのに」


 な、何を仰っているのですか、ジーク様!? 


「ちょっと、いえ、かなり過大評価し過ぎでは……」

「いいや、そんなことはない。むしろあなたは自分自身を過小評価し過ぎだ。お陰で俺がどれほど気を揉んでいるか……」

「ええっ!?」


 何ですか、それ? 初耳なのですが……


「何故そこで驚かれる?」

「え? だ、だって、私なんてジーク様に比べたらまだ子供で……その、女らしくもないですし、色気だってちっとも……」


 身の程は弁えているつもりよ。この前の舞踏会だって、この国には同性の私から見てもドキドキしてしまう色っぽい女性がたくさんいたわ。彼女たちに比べたら私なんて……


「あなたにそんな色気まで備わっていたら、俺はあなたを離宮にでも閉じ込めねばならなくなる」

「……と、閉じ込め?」


 何なの? いきなりの監禁宣言? いえ、その前に色気がないって仰いましたよね? そこは認めると? 何気に傷つくのですが……


「ど、どうしてしまわれたのですか……」


 最近表情が険しいことが増えたけれど、何か問題でも起きているの? まさかエルリカや母国がつまらないことを? 


「どうもしていない。ただ、あなたが……」

「わ、私が?」

「あなたの気持ちがわからないから、不安で仕方ないのだ!」


 わ、私の気持ちって……そ、それに、不安? 常勝将軍のジーク様が?


「だってそうだろう? 私は「血濡れの王太子」などという物騒な異名があるし、ずっと男所帯だったから女性に気の利いたことも言えない。女性が好む要素が何もないし、喜ばせる方法も知らない無骨者だぞ?」

「……え?」


 何を仰っているの? 気が利かないなんて、そんなことあり得ないわ。いつだって私の気持ちを読んでいるかのように先回りして気遣ってくださっているのに。


「ジ、ジーク様が無骨だとか、気が利かないなんてことはありません」

「だが……」

「絶対にありません。いつだってジーク様は私を優先してくださっています。それに、「血濡れの王太子」が何ですか? それは自ら先頭に立たれた証ではありませんか。尊敬することはあってもそれで厭うなんてことはあり得ません!」


 これは嘘じゃないわ。ジーク様ほど長として優れている方を私は知らないわ。強いて言うならお祖母様かもしれないけれど、お祖母様の現役時代を私は知らないから比べる対象になり得ない。母国でもジーク様ほど優れた騎士はいなかったもの。


「ア、アリーはそう思ってくれるのか?」

「当たり前じゃないですか! そうでなければお慕いなんかしませんわ!」

「なっ……」


 途端に目の前のジーク様が真っ赤になって固まってしまったけれど……ど、どうなさったの? なにか変なことを言ったかしら? って……


「え……え、えええっ!?」


 思わず大きな声をあげてしまったわ。だ、だけど……わ、私ったら何てことを……おおおおおお慕いしているって……!!


「アリー」


 再びジーク様が私の名を読んだ。両手をしっかりと握られて。だけど、ちょっと待って! 


「今の言葉は、真か?」


 正面から真っ直ぐに見つめられる。し、視線が痛い、わ……それに、息が……


「アリー?」


 何も答えられないでいると再び名を呼ばれた。こ、これは、絶対に誤魔化せない、わよね……


「……お、お慕い、しています……」


 もうダメ、向けられる視線が強すぎて目を合わせられなくて視線を彷徨わせた。


「お願いです。い、今はこれで許してください……」


 返事がない。でも、視線を外していても、視線を感じる……


「こ、こんな気持ちを持ったのは初めて、なんです。だから、どうしていいのか、わからなくて……」


 情けなくも語尾が小さくなってしまう。だけど、こんな気持ちになったのは初めてで、こんな時どうしたらいいのか、誰も教えてくれなかったから……


「ありがとう、アリー」

「え?」


 突然お礼を言われて混乱した。ちゃんと答えられなかったのにどうして? 恐る恐る顔を上げて……息を呑んだ。そこには、これまでに見たこともない程に嬉しそうに、幸せそうに微笑むジーク様がいたから。



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