心当たりのない謝罪
反乱軍の鎮圧で王都は季節外れのお祭り騒ぎになった。長年民を苦しめ国力の低下をもたらした内乱への民の嫌悪は相当なもので、それを治めたジーク様の名は一層高まることになった。
幸いなのは王宮では戦勝記念の舞踏会などが開かれなかったこと。というのも社交シーズンは一月ほど前に終わっていて、多くの貴族がそれぞれの領地に戻っていたから。第三妃もこの時期は母国に近い、王都よりも北にある離宮で過ごすのが慣例で、既に王都にその姿はなかった。何でも、雪が見られないのは寂しいと言って、雪の降る山間の離宮を陛下から下賜され、そこで過ごしているのだとか。寒いのが苦手な私には考えられないけれど、長く国を離れればそんな気になるものなのかもしれないわね。
もっともジーク様の話ではその離宮には母国からベルツ貴族が訪ねてくることもあるとかで、何を企んでいるんだろうなと人の悪い笑みを浮かべていたけれど。それでも離宮に出入りする者は我が国の騎士によって監視されているためあちらの行動は把握出来ているという。だったら大丈夫なのかしら? 第四王子を王にと望んでいるのならあからさまな陰謀を企てることは出来ないわよね。そう願いたいわ。
国王陛下は私たちが帰還すると、三日もしないうちに離宮へと向かわれた。こちらも毎年恒例のことで、社交シーズンを終えると王宮の補修と清掃を大々的に行うため。これはどこの国でもあることで、こうすることで王宮を常に煌びやかな状態を保ち、国力を示すためには必要なこと。私たちも陛下に遅れて五日後、ジーク様と共に離宮へと移った。
離宮に着いてからは王太子妃教育が本格的に始まったわ。教師は陛下が派遣してくださった者だけでなく、ジーク様がラーシュやイーダにファーレンの内情を説明するようにしてくださった。それはよかったのだけど……
「……朝はいいとして、夕刻まで?」
手渡された予定表にはびっしりと授業が詰め込まれていた。
「王太子妃、いずれは王妃となられる方なのですから当然でございます」
愛想の欠片もないイーダにそれ以上何も問えなかった。どうにも彼女、言葉というか態度がきついのよね。フリーダたちが言っても改める気配はなく、また彼女の言うことも正論で論破出来ずにいた。
「申し訳ございません、アリッサ様……」
「ふふっ、いいのよ。彼女にも思うところがあるのでしょう。気にしていないからいいわ」
そう言うと益々恐縮してしまったけれど、実際私は気にしていなかった。だって母国では殆どの者があんな風な態度だったから。むしろそれで終わっているのだから可愛らしいものだわ。
「失礼な方ですねぇ。でも、あのクソ王女に比べたら可愛らしいもんですけど」
「エリー、口が悪いわ」
「あ、ごめんなさい。でも、私、許したつもりはありませんから」
謝りながらも釘を刺してくる。まぁ、エルリカに一番憤っていたのはエリーだから仕方がないわ。この子は親の仇のようにあの子を嫌っているから。
「でもまぁ、こんなことを気に病むアリッサ様じゃありませんからね」
あっけらかんとそう言われたけれど、それはそれで複雑な気分だわ。私の心は鋼で出来ているわけじゃないのだけど。
こんなやり取りの中、授業は進んだ。確かに課題は多く授業の内容も高度で、そこにヴァイラントとファーレンの違いまで出てくると混乱してしまいそうだった。これなら真っ新なことを学ぶ方がずっと楽だわ。特にマナーや歴史、地理は間違えると大きな反感を買う可能性があるので気が抜けなかった。しかも……
「妃殿下、そこは違いますわ。前にも説明したように……」
イーダが手厳しく指摘してくる。大抵は軽微なことだけど、改めて長々と説明が入る。
「以上です。ご理解いただけましたか?」
「ええ、わかりやすい説明だったわ。ありがとう」
私としては感謝しかなかったから笑顔で返したのだけど、その度に何とも言いようのない表情をされた。多分、彼女にとっては嫌味のつもりで、感謝されると思っていなかったのでしょうね。だけど冷遇されていた母国では説明もなしに「どうしてわからないのですか?」と責められることが常だったから、説明してくれるなんて感謝しかない。特に母国とファーレンの違いは物事によって微妙に違うから何度聞いても困ることがないのよね。
授業と課題でジーク様とお会いする時間が殆ど取れない日々が続く。ちゃんと話をするべきだとは思うのだけど、気恥ずかしくて改めて時間を作っていただくのも憚られた。そんなある朝、いつも通りにイーダがやってきた。
「王太子妃殿下、今までのご無礼をお許しください」
挨拶を終えると突然イーダが頭を下げてきた。これには私だけでなく傍にいたエリーとミアも驚いて彼女を見つめていた。
「イーダ、急にどうしたの? 無礼だと思うようなことはなかったけれど?」
そう言うと顔を上げて驚いた表情で私を見た。実際、彼女は慇懃無礼ともいえる態度ではあったけれど、直接的に私を軽んじる発言は一度もしなかった。でもそれは、自身の瑕疵を作らないためのもので、常に一定の距離を取り決して打ち解けてこない様は無言の拒絶とも言えたけれど。ただ、冷遇されていた私には痛くも痒くもなかった、それだけのこと。
「いえ、私は殿下を下に見て、侮っておりました。どうぞご処分を」
そう告げると一層頭を低くしたけれど、困ったわね、処分と言われても……自覚あってやっているのはわかっていたからそれに対しての許しが欲しいってことよね。自身の罪悪感を消したいがための処分ってことかしら? 随分身勝手だけど、彼女の行動の理由はジーク様なのでしょうね。何も言わないけれどジーク様への態度は他の人とあからさまに違う。頭がよさそうなのに、私の不評を買ってジーク様からの心証が悪くなる可能性を考えなかったのかしら……
「そう。でも私には心当たりがないから罰を与えることなど出来ないわ」
笑顔でそう返すと顔を上げた。信じられないものを見るような目で私を見ていた。
「あなたの説明はわかりやすくて助かっているの。これからも今まで通りよろしくね」
事実なのだけど嫌味っぽかったかしら? だけど気にしていないから処分なんて大袈裟なことをするつもりはない。それに私の読みが当たっているなら今まで通りにした方が彼女にとっては不快なはず。ジーク様の不興を買う可能性に神経をすり減らせばいい。私でなかったら胃に穴が開いて倒れていたかもしれないのだから。
一方、陛下が選んでくれた教師との関係は良好だった。最初は敵国の王女と警戒されたり侮られていたけれど、私が真面目に授業を受け、質問し課題もこなしていくうちに刺々しい空気は和らぎ、今では授業の後にお茶をして歓談をすることもある。幸いにも及第点はいただけているようで、最近は知識の詰込みよりも今後の課題を語り合うことの方が多い。時には数人の教師と共に討論することもあって、半日ほど意見を交わし合うこともあるわ。こちらの方は待ち遠しいと思うほどには楽しみになっている。
そのうえで、先月からは授業の時間の一部を鍛錬に替えてもらったわ。さすがに座学ばかりでは身体が鈍ってしまうから。こちらは朝一番にジーク様やフリーダたちも交えて走りこんだり剣を交えたりしているけれど、一時期は私に挑んでくる者が続いてジーク様が難しいお顔をしていらっしゃった。まぁ、今のところジーク様以外に負けたことはないけれど、国王陛下に「怪我をしていなければわしも手合わせしたものを……」と言われたのは驚いたわ。どうもこの国の王族は武闘派のようね。
そんな中、思いがけない情報がもたらされた。
「アリー、ロスラー公国をご存じか?」
「ええ、母国の南西にある小国ですわね」
小国だけど昔から母国とは交流がある国で、ロスラー出身の公女が嫁いできたこともある。
「ああ、その国の公子がヴァイラントを訪問して、妹御に求婚したそうだ」
「求婚ですか……」
公子がエルリカに……だけどそんなことは日常茶飯事よね。あの子を妻にと乞う男性は後を絶たなかったから。
「その公子が何か?」
「ああ。妹御の初恋の相手は自分ではないかと、そう名乗り出たらしい」
「ええっ!?」
ロスラーの公子があの子の? そりゃあ、昔からロスラーの大公一家が我が国を訪れることは少なくなかったけれど……
「俺も妹御のことは気になっていて、あれから調べたんだ。確かにロスラー公家は黒髪と青い瞳の持ち主が多い。大公もそうだし、その息子が三人いるが、どれも色の程度は違えど条件に当てはまっている」
「そ、そうですか……」
いつの間に調べてくださっていたの? いえ、ジーク様からすればあの子の執着を断つためにも本人を見つけ出したいと思われたのかもしれないけれど。
「問題の公子は三男だ。妹御が忘れられず長年釣書を送っていたらしいが、俺を初恋の相手だと言ったとの話が伝わったらしくてな。それで自らヴァイラントを訪れたそうだ」
公子が自ら? だったら本物なのかしら?
「集めた情報からも確かに条件に合うし、なかなかの好青年だそうだ」
「そうですか。だったら……」
「ああ、既にヴァイラントの滞在しているらしい。案外近いうちにいい知らせが届くかもしれない」
「そうですね」
もし本当ならあの子にとってもいい話だわ。十年も思い続けてきた相手が公子なら身分的にも釣り合いが取れる。だけど……無邪気で朗らかに見えてあの子は計算高いのよね。ジーク様が別人だとわかった上で執着しているのなら、国力も低く大公位の継承権もない第三公子を受け入れるかしら。嬉しいと思う反面、言い知れぬ不安が胸に広がるのを抑えることが出来なかった。




