花吹雪が舞う中で
事後処理のため三日をバールの町で過ごした私たちは、四日目には王都に向けて発った。行きは襲撃を警戒しながらの行軍だったけれど問題の芽を摘み取った後の帰路は穏やかなものだった。ジーク様が反乱軍を制圧した話はあっという間に広がり、寄った町では住人たちが歓声を上げて迎え、ちょっとしたお祭り騒ぎのようになっていた。
バールを発った翌日には補給部隊とも別れ、それからは行きと同じように王都へと戻り、バールを発ってから六日目、私たちは王都の大門を潜ったけれど、それは想像していたものとは大きく違っていた。
「ジークベルト様万歳!!」
「王太子殿下万歳!!」
「我らが守護神に祝福を!!」
大門を潜った先にあったのは沿道を埋め尽くすほどの民の姿だった。出立時は秋の気配も相まってか物悲しくも見えたけれど、今は至るところに花が飾られ花吹雪すら舞っている。私が王都に到着した時も賑やかだったけれど、今はそれを上回っているようにも見える。民が口々にジーク様を讃え、女性たちの黄色い声もその中に混じっている。その人気ぶりに圧倒されてしまう……
「さっすがジークだな」
レオが迎え出る民衆の歓声に口笛を鳴らして感心した。そんな彼自身も得意げに胸を張り、笑顔で手を振って歓声に応えている。まだ若く将来有望で恋人もいない彼に女性たちが黄色い声をあげているわ。ラーシュとルーカスもね。ラーシュには相愛の妻がいるけれど、それでも若くて有能でレオとはまた違った系統の美形だから女性からの人気が高いし、ルーカスも妻子がいて子煩悩な父親らしいけれど、やっぱり将来性と見目の良さで二人に劣らず人気が高い。
だけど……一番民からの歓声を得ているのはジーク様よね。こちらは次期国王となるのが確定的な実績を持ち、いつ即位しても問題ないくらいには国政に関わっているだけにただ人気というだけではないわね。国王陛下は何年か前に戦闘で受けた傷が元で戦場にお出になることは出来なくなったと聞く。それもあって世間ではいつ陛下が退位されるか、ジーク様が即位するかが注目されている。
確かに、一際雄々しい軍馬に跨って手を振るジーク様は既に国王といって遜色ない威厳をお持ちだわ。凛々しい顔立ちと鍛えられた身体は軍神といっても過言じゃないし、それだけの実績もお持ちになっている。同じ立場にある兄と並んでも王都臣下にしか見えないもの。それくらい圧倒的な風格をお持ちな上、内戦を終わらせた英傑となれば期待も高まるわよね。そのうえで、これからは復興を第一に考え内政を重視すると宣言されているのだから。
「アリー、大丈夫か?」
「ええ、問題ありませんわ」
そっと馬を寄せて耳元で話しかける。歓声が大きくて、こうでもしないと聞き取れないのだけど、その瞬間、歓声が一際大きくなった。な、なんなの?
「ははっ、ジーク、馬上でいちゃつくなって」
「いちゃついてなどいない」
レオが面白くなさそうに指摘したけれど、ジーク様はこちらもむっとした表情で応えていた。
「いちゃつくというのは、こういうことだ」
突然、身体が浮いた。両脇の下を取られて持ち上げられ、あっという間にジーク様の前に座らされていた。周囲から先ほどとは比べ物にならないほどの歓声が起きる。
「ジ、ジーク様?」
「俺たちの仲睦まじさを見せつけてやろう。誰も邪魔しようなんて思わないようにな」
見上げるとニヤッとした笑みを浮かべたと思ったら、顔が近付いてきた。額に柔らかい何かを感じる。い、今のって……! ドッと周囲からどよめきが上がる。
「ははっ、我が妻は初心でいらっしゃるな」
嬉しそうに笑ったけれど、公衆の面前でなんてことをなさるのよ!! 思わず額を両手で覆ったけれど……嫌だわ、人前なのにきっと顔が赤くなっている。
「民があなたの愛らしさに見惚れているな」
「み、見惚れるって……」
「まさにアシェリア様の化身だな。こうも愛らしいと心配になって来るな」
急に真面目な表情になったけれど、何の冗談を……
「ほら、アリー。皆があなたを待っているぞ? 手を振ってやってくれ」
呆気に取られてしまったけれどそういえば民の前だったわ。色々と言いたいことはあるけれどここで言い合いをしても民に不審がられてしまうかもしれない。王太子夫妻が不仲なんて噂が立ったら厄介だわ。後で文句を言ってやると思いながら笑顔で手を振ると歓声が上がった。えっと?
「ははっ、アリーは人気者だな」
「いえ、ジーク様の人気ですよ」
「いいや、アリーだ。何と言ってもアシェリア様にそっくりだからな。ほら、民衆もそう言っているだろう?」
そうかしら? そんな声は聞こえてこないと思うけれど……耳を澄ましたけれど……
「な?」
悪戯っぽい笑みを浮かべて尋ねてきた。嘘じゃなかったわ。だけど、どうしてそんなことになっているのよ? いくら髪色が同じでもつい最近まで敵国だった王女なのに。
「アリーがヴァイラントで冷遇されていたことも、俺が一目惚れして無理を言って連れてきたことも民は知っているからな」
しれっとそう仰ったけれど……どういうこと?
「ははっ、あなたを連れて戻ると言っただろ? あの直後に国に早馬を送ってちょっとな」
そう言って茶目っ気たっぷりに片目を瞑ったけれど……ちょっとって何をなさったのよ? それにちょっとで出来ることじゃないような気が……薄ら寒い。だけどそれを問い質す時間も余裕もなく、笑顔を必死に張り付けて民衆の歓声に答えながら王宮を目指した。
王宮の自室に着いた頃には既に日が傾き始めていた。王都に入ったのはお昼過ぎだからかなりかかったわね。あの後も王宮で帰参を報告するための謁見や儀式が続いてさすがに疲れたわ。仕方がないとはいえ、色んなしきたりが疲労感を増す。それでもジーク様が反乱軍を治めたことは大々的に宣伝する必要があるのは確かで、そうすることで不安になっていた人心を落ち着かせ、一方で反対勢力に付け入る隙を与えないことも大事だもの。
湯浴みの準備が出来ているというのですぐに向かった。エリーに手伝ってもらって重い儀礼用の服を脱ぐ。重さから解放されると身体だけでなく心も軽くなった気がした。
「やだ、忘れていたわ。アリッサ様、すぐに戻りますからお湯に浸かっていてください」
エリーが湯浴みに使う前掛けを忘れたと言って控えの間に向かった。下着を脱いで湯船に身を沈めた。たっぷりのお湯が酷く熱く感じるわ。思った以上に身体が冷えていたみたいね。温かいけれど季節はもう冬といっていい頃だもの。ヴァイラントではもう雪が降っているはず。
ふと別れたばかりのジーク様の顔が浮かんだ。なんだか気恥ずかしくて目を瞑って湯に身を沈めた。人前であんなことをなさるなんて……額が熱を持っている気がする。
「はぁっ」
顔を出して息を吐いた。どうしたのかしら、最近落ち着かないわ。ヴァイラントに比べたら破格に居心地がいいのに。それにしても……
昨夜のことが思い出された。幼馴染を思って声を押し殺して泣いていたジーク様。本人は泣いていないと主張されたからそこに異を唱えるつもりはないけれど、仲の良かった幼馴染の最期にお辛かったはずで、昨夜は寝入る間際も言葉少なだった。
だけど一晩経てば昨夜の悲壮感はなく、今日はいつものジーク様だった。気持ちを切り替えられたのかしら? だったらいいのだけど。これから彼への調査が入る。彼が利用されていたのは明白なだけに、また辛い思いをされなければいいのだけど……それにあの手紙には何が書かれていたのかしら? 彼の正体に驚いて聞きそびれてしまったわね。
「お待たせしました」
自分の思考に入り込んでいたらエリーが戻ってきた。いけないわ、暗い顔をしていたらまた根掘り葉掘り聞かれてしまう。笑顔で髪を洗ってくれるようにお願いする。何日ぶりかしら?
「ああ~やっぱり痛んじゃいましたね」
「仕方がないわ。これで済んだだけでもよかったんじゃない?」
幸いなのは当分王宮での大きな催しがないことね。
「これから王太子妃教育が始まるわ。その時に髪や肌の手入れもあるでしょう?」
「まぁ、そうなんですが」
不服そうなエリーだけどこれは不可抗力よ。それに行くなとは言わなかったし、何なら消極的に出陣に賛成していたんだから。
「さぁ、これからは王宮の敵との戦いよ。エリーも気を引き締めてね」
「わかっていますよ。フリーダさんたちがいるから大丈夫です。それに、潜入が得意なの、ご存じでしょう?」
そう言って拳を突きあげたけれど、だから心配なのよ。どうか独断で動いて見つからないでよ。ここの騎士はヴァイラントのように鈍らじゃないのだから。




