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亡国色の王女は打算で敵国に嫁ぐ  作者: 灰銀猫


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苦々しい勝利

 その名を呼ぶ前に身体は反応していたかもしれない。服に仕込んであった小さなナイフともいえない刃だけの小刀を投げつけていた。


「ぐっ!」


 指二本ほどの大きさしかないそれ。どこに当たったのかは暗すぎて見えなかったけれど、弓を落としたことから私の意に反しなかったようね。と同時に背後に気配を感じて振り返ることなく剣を突き出す。うめき声と振動を感じて振り返ると、男が倒れていくところだった。


「アリー!」


 大きな音と共に大柄の身体が現れた。ええっ? 階段を飛び降りてきたの?


「大丈夫です。行ってください」

「そうはいかん。あなたを守ると約束した。すまない、先に行き過ぎた」

「この暗闇では仕方ありませんわ」

「もう離れん」


 背を預けてこんな会話を交わしながらも、それぞれに向かってくる敵を倒す。この剣は片刃が潰されているからそちら側で急所を叩いて眠らせる。大事な証人を殺すなんて無駄なことはしない。周囲をも渡すとすぐ側にエリーがいた。大丈夫、背後は彼女が守ってくれるわ。


「では共に」

「ああ」


 それを合図に二人で階段を駆け上がる。エリーやフリーダたちもいるわね。


「殿下、二階は制覇しました。首領は三階かと」

「わかった。既に逃げる算段をしているかもしれん。外に出る者を警戒しろ」

「はっ」


 既に三階に向かっている騎士たちの後を追う。三階に辿り着くと殿下の進みが落ちた。その後ろから前方を伺うと、廊下で騎士たちが敵と交戦していた。狭いから先に進めないだけのようね。暗くて敵と味方を見間違えそう。左右の扉を開けながら騎士たちが進んでいる。各部屋で小競り合いもあるけれど、我が軍の方が優勢ね。正規の騎士、しかも精鋭ばかりだからそうでなくては困るけれど。


 一番突き当りにある部屋だけ、暗闇の中でも扉の質が違うことが伺えた。ここが首領たちのいる部屋かしら? 先を行く騎士たちが扉に耳を当てて中の様子を窺い、別の騎士が鍵穴を伺い解除を試みている。開いた途端に敵が飛び出してくるかもしれない。剣を持つ手の力を抜く。解除を終えたらしき騎士が下がり、廊下にいた騎士たちが壁に寄って次の場面に備える。扉を開ける役目を負う二人がこちらを向くと、ジーク様が頷いた。それを合図に騎士が視線を交わして頷くと、ゆっくりと扉を開けた。


 その瞬間、部屋の内部から無数の矢が放たれた。やっぱり思った通りだわ。だけど皆は廊下の端に寄っていたし扉を盾にしたから矢が味方に当たることはなかった。矢の洗礼が一段落着くと、前列にいる騎士が一斉に部屋へと雪崩れ込む。軍靴の音と怒号と剣がぶつかり合う音が暗闇に広がる。ジーク様の背を追ってその部屋へと入った。


 入った先はこれまで見たどの部屋よりも広いようだけど、人の多さのせいか狭く感じられた。敵はここに集まっていたらしく倒しても倒してもその後ろから現れてきた。ジーク様の姿もわからないわ。エリーは無事かしら? 同じ部屋にいるはずだけど人が多すぎて姿が見えない。


「女だ! 女を人質にしろっ!!」


 近くでしゃがれた怒声があがる。私たちがいることに気付いたらしいけれど、あいにくと簡単に捕まったりはしないわよ。目の色を替えて襲ってきた男たちを躱し、後ろに回って急所を突いて意識を奪う。訓練を受けていないような相手ばかりで勝負にならない。


 気が付けば立っているのは味方だけになっていた。月明かりが窓から差し込む中、部屋の奥で仲間に囲まれている者たちだけが残っていた。服装や姿勢などからしてまだ若い青年のようね。側近らしき者の中には年を取った者もいるけれど……


「……ディック」


 暫し沈黙の中で対峙した後、重く苦々しい声を発したのはジーク様だった。


「お久しゅうございます、殿下」


 答えた側の声は明朗にすら聞こえた。その様子からお二人が旧知なのだと知る。どうして反乱軍の首領と……


「殿下の勝ちは揺るがなかったようですね」


 ディックと呼ばれた青年の明るさすら感じられる声に反してジーク様の声は沈んでいた。親しいを感じる分、その声色は痛々しさを越えて悲壮にすら聞こえた。ただの知り合いじゃなかったようだけど……もしかして仲がよかったの? 


「どうして、こんなことをした?」

「……夢をね、見たのですよ」

「夢?」


 僅かな側近だけを置いたディックの表情は穏やかで、とても騎士たちに囲まれて剣を向けられている時に浮かべるものではなかった。


「父が俺を認め、一族の一人として迎えてくれると」

「馬鹿な。公爵は周りがどれだけ説得してもお前を実子と認めなかっただろうが」


 どこか夢見がちな表情のディックにジーク様が険しい声をかけた。


「俺もそう思っていましたし、あの父が変わるはずがないと思っていました。ですが……」

「何が、あった?」

「父から、手紙が届いたのです」

「手紙?」


 怪訝な表情には信じられないと書かれているように見えた。


「ラルセン領を取り戻したら、俺を実子と認めると。お前だけが頼りだと、他の兄弟は父を見捨てたが、お前だけは違ったと」


 それって……もしかして彼、ラルセン公爵の? 今回の件は父親に認めてもらおうとして? そんな……それって……


「ですが、やはり殿下には敵いませんでしたね。俺の負けです。大人しく縄に付きましょう」

「ディック……」


 ディックが剣を捨てて両手を揃えて前に出した。呆気ない終わりと不確定な情報に混乱する。その時だった。突然、傍にいた男がディックに剣を突き刺した。


「何をっ!?」


 ジーク様が声を荒げ手を延ばそうとする間もなく、ディックの身体が崩れ落ちる。


「貴様!」


 ジーク様が襲い掛かるが、その男は剣先を躱すと自ら何かを飲み込んだ。


「毒か!? 死なせるな!」


 殿下の怒号に近くにいた騎士が男に飛び掛かり、口を無理やりこじ開けて手を突っ込んだけれど、程なくして男の手がだらりと床に転がった。騎士が静かに頭を振る。


「身柄を拘束しろ。他の者もだ。一人も死なせるな!」


 殿下の号令にその場にいた騎士が動き出す。残っていた男たちを縛り上げて猿轡を噛ませる。


「ディック……」


 殿下が直ぐ傍に膝を付いた。


「どうして、こんなことを……」

「……もうし……ありま……」

「馬鹿野郎!」

「……こ……を……」


 懐に手を入れると何かを取り出した。手紙、かしら? 殿下が受け取ったそれには黒いシミが見えた。あれは……


「おい、しっかりしろ! 死ぬな! 生きて罪を償え」


 殿下の有無を言わせない命令が暗闇に響くけれど、ディックは淡い笑みを口元に浮かべて目を閉じた。暫しの沈黙の後、殿下が首元にそっと触れる。


「重要な証人だ。身に着けている者すべて、一つ足りと失くすな」

「はっ」


 ディックに渡された何かを手にしたままジーク様が立ち上がった。その姿からは先ほどまでの覇気が抜け落ちているように見えた。静かにこちらに向かってくるけれど、その表情は月明かりの逆行では暗すぎて見えなかった。


「ジーク様……」


 見上げた身体はいつもと変わらず大きいはずなのに、何故か小さく感じられた。この暗闇では紺碧色も黒くしか見えないわ。それが言いようのない不安をもたらす……


「……後で、話そう」


 沈痛な声に頷いて返した。ここは人が多いし、それよりも今は敵の捕縛と負傷者の手当てが先だわ。そう仰ったのならジーク様は必ず教えてくれるわ。その時を待とう。


 その後はラーシュが主導して反乱軍の捕縛と住民の開放、負傷者の手当てが進められた。篝火の元で改めて町の様子を見れば、思ったほど傷んでいるようには見えなかった。住人に負傷者はおらず、それでも長い占領生活下で体調を崩した者がいるとかで、医務官が手当をしていった。最終的に捕らえた敵の数は二百ほどで、これにレオが占拠した堰にいた者たちを加えても三百には至らなかった。


 夜が明けると伝令がレオの元に飛び、お昼前にはレオが率いていた部隊も見張り役を残して戻ってきた。ジーク様の仰ったようにレオに疲れの色はなく、それどころか町の制圧に加わりたかったのにと口を尖らせていたわ。堰は放っておいて決壊すれば下流に多大な被害をもたらすため、専門家の助言の下、水を流す迂回路を作って量を減らし、少しずつ解体していくという。


 こうして、バールの町の反乱は多大な被害を出すこともなく、ようやく幕を閉じたけれど、それはけっして後味のいいものではなかった。

 


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