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亡国色の王女は打算で敵国に嫁ぐ  作者: 灰銀猫


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夜の奇襲

 暗闇の中、神経を研ぎ澄ませる。風が木々の葉を揺らす音の中に鳥や獣の鳴き声が混じって肌を粟立たせる。注目するのは目的の町に入る門の一つ。静かに、でも確かに人の動く気配を感じながら、その時を待った。


 私たちはあれから谷を越え、バールの町のすぐ側までやってきた。警戒しながら谷を進んだけれどレオが堰を手中にし、ルーカスの部隊が掃除をしてくれたおかげで補給部隊を含む私たちは難なく谷を通ることが出来た。それが今日のお昼過ぎのこと。


 谷を通過した後に最後尾にいたラーシュが裏切り者の代わりに狼煙を上げ、そこから少し進んだ先にある開けたところで休憩を取った。万が一堰が壊される可能性も考えて二刻ほどを過ごしたけれど水量が増すことはなく、そこで夕食と軽い休憩を取ったわ。


 そして、夜もすっかり更けて世界が夜闇の王に支配される頃、ジーク様が精鋭二百騎を選び、夜に紛れて町を奪還すると宣言された。そこからは慌ただしく準備が進んだわ。町の様子を探りに三十騎ほどが町に向かった。


 ジーク様は王都に発つ前からこの町にご自身の息のかかった商人を送り込んでいて、その商人を連絡役としてジーク様の指示を伝えた。住民は反乱軍の横暴に辟易しているらしく、夜、反乱軍が寝静まった頃に町の外に逃れるように伝えていて、さっきから感じる人の気配は彼らのものだと思う。住人はここぞとばかりに隠していた酒を故意に見つけさせたとかで彼らは酒宴を催している。その酒には商人が持ち込んだ眠り薬が仕込まれているという。


 まさか王都を出る前から根回しをしていたとは思わなかったわ。だけど反乱軍の討伐はジーク様の役目だから、反乱が起きた時点でこうなる可能性を予測し、対処されていたのよね。ジーク様は「今まで何度も経験しているからな」と仰っていたけれど、読みが的確過ぎてなんだか薄ら寒いわ。この方に隠し事なんて出来ないんじゃないかしら。


「アリー、大丈夫か?」


 傍で身を潜めるジーク様が声をかけてきた。


「はい、今のところ何も」

「辛くなったら住民の警護に回ってくれ。エリー、お前もだ」

「は、はい」


 急に名を呼ばれたエリーが珍しく動揺していた。でも仕方ないわよね、普段は声をかけるなんてしないもの。


「フリーダ、ミア、アリーから絶対目を離すな。危険だと感じたら外に出るんだ」

「はっ」


 ジーク様ったら、ちょっと過保護ではないかしら? だけど、そんな気遣いを嬉しく思う自分が居る。夕食の時だって……


「アリーはどうする? ここで待つか?」


 夜襲に向けて早めの夕食を取っていた時、突然そう聞かれた。お祖母様の信条に「生き残りたければ食べられる時に食べ、休める時に休め」というのがあって、食欲がなかったけれど何とか食べ物を胃に送り込んでいた時だった。


「私では、邪魔になりますか?」


 ちょっとくらい剣の腕が立っても、実戦経験のない私では足手まといになるかしら。血を見て気分が悪くなることはないけれど……


「まさか! 即戦力だと思っている。だが、実際に人を斬るのは初めてではないか?」

「いえ、その心配は無用です。昔、夜盗を仕留めたことがありますから」


 お祖母様が生きていらっしゃった時、一度だけ夜盗に襲われたわ。運が悪かったのは向こうの方で、お祖母様やマルクに討伐されていた。私も一人だけ斬ったけれど、特に何とも思わなかったから。


「そうか。だったら問題ない。その腕、存分に振るってくれ」


 存分にって……そんなことをして野蛮な女だと思われないかしら? 普通、王女や貴族令嬢はそんなことしないわよね。


「どうした?」

「い、いえ、何でもありませんわ」


 誤魔化すように笑顔を向けたけれど、ぎこちなかったかしら?


「是非とも『戦姫』仕込みの剣技を見せてくれ」

「そんな風に言われるほどのものでは……」

「とんでもない。先日の手合わせで見た剣技は流れるようで見惚れるほどに美しかった」


 その時を思い出してか柔らかい笑みを浮かべられたけれど、こんな時になんてことを仰るの? まさか心を読まれた? 嫌だわ、顔が赤くなっていないかしら……思わず頬に手を当てた。肌を撫でる空気は冷たいのに、頬だけ熱を持っているような気がした……




 それからは私の動揺など関係なくあっという間に準備が進められた。ジーク様とラーシュ、ルーカスの三つの部隊に分け、私はフリーダやミア、エリーと共にジーク様の部隊に組み込まれている。三つの部隊は見張りがいる正門を除く三つの門の近くにそれぞれ潜み、住人の避難を静かに待っている。


 幸いにも住人は獣や夜盗に襲われる経験が少なくないそうで、普段通りに生活しながら夜に備えていた。四つのうち、正門の左側にある門は木々や家で反乱軍が拠点としている集会場から見通せないので、子どもや足の悪い老人たちは予めこの門の傍の家に集まっていた。今は騎士が町を囲う柵の一部を壊して侵入し、内側から門の閂を外して住民を町の外へと誘導している。住民は元々百に至らず、しかも男たちが堰に連れて行かれたため、残っているのは女子どもや老人、六十余りだという。空を見上げた。今夜は半月、明るすぎず暗すぎず、ちょうどいい。


「殿下、住民の避難が終わりました」


 ラーシュが微かな足音と共にやってきて静かに告げた。一気に緊張感が増す。肌が粟立つのを感じながら腰に下げた剣を撫でた。通常の剣よりも短く細く、軽く作られたお祖母様の形見。それ以外にもナイフなど服に仕込んだ武器を確かめる。いつもの場所にいつものようにある存在に安堵が増す。抜かりはないわ。ここまで来たら戦力を尽くすのみ。


「そうか。敵は?」

「多くは拠点としている集会場に。正門に見張りが三人、あと集会場の周りにも警備をしている者が数人おりますが、半分は酔っ払いです」


 どうやら敵に気付かれることなく避難が終わったのね。よかったわ。だったら、次は私たちの番ね。腹の底から緊張感がせり上がってくる。


「では、手筈通りに」

「はっ」


 ラーシュが軽く頭を下げて後ずさりした後、走り去った。ジーク様の作戦はラーシュが率いる部隊がまず正面の門から突入し、一気に集会場に向かって敵を一掃する。その間にルーカスの部隊が四つの門を治めて敵の逃亡を防ぎ、同時に住民の安全を確保する。私たちは住民たちが脱出に使った門から突入し、ラーシュの部隊を援護する。これで敵を一人残らず捕らえる予定。上手くいくかは未知数だけど、お祖母様に習ったやり方に違わないわ。


「アリー、気を引き締めて行くぞ」

「はい」


 ふっ、と頭の奥が妙に冴える感覚がした。ここから先は自分の足で駆けて敵を屠るのみ。とはいっても出来る限り生け捕りにするようジーク様は命じていた。大事な証人でもあるから当然よね。彼らが誰とどう繋がっているのか、今後同じことが起きないように徹底的に調べて災いの芽は早めに摘み取らなきゃいけないもの。


「突入!」


 ジーク様がその身に見合った大剣を掲げた。それを合図に騎士たちが一斉に門を通り抜けて町の中へと雪崩れ込んだ。町の区画は休憩中に見せてもらった地図で頭に入っているし、小さな町だから迷うこともない。


「行くぞ!」

「はいっ」


 騎士たちが町に消えた後、ジーク様が剣を手に彼らを追った。鞘から抜いた剣を手に私もその大きな背を追う。後ろからエリーやフリーダたちの足音が追いかけてくる。目指すは敵が拠点としている集会場。頬を撫でる風は冷たいけれど高揚しているせいか寒さを感じない。久しぶりに身体中の血が湧き立つ。


 集会場に近づくと、建物から出てくる敵と応戦する騎士たちの姿が見えた。次々とでてくる様子からそれなりの数がいるようね。だけど、私たちの敵じゃないわ。酔っているせいか呆気なく倒されていく。


「殺せぇ!」

「国王の犬など殺っちまえ!!」

「一人も生かして帰すな!!」


 酒に焼けた濁声が静かな夜の静寂を切り裂く。ジーク様に向かっていった敵は大剣の腹で打たれて地に転がった。容赦ないわね、そして的確に急所を打っている。それだけで技量がとびぬけているのがわかる。そうしている間も次々と敵を地面に寝かせていく。


「アリッサ様!」


 エリーの声と共に左側から気配を感じた。身体が勝手に動いて大きく振り下ろされた剣を避け、行き場を失ってバランスを崩した男の後頭部を剣の腹で叩く。軽いけれど刀身は固いから難なく気絶させられた。その後も襲い掛かってくる男たちを気絶させて地面に転がす。まったく歯応えがないわね。数がいるだけでちゃんと訓練を受けていたとは思えない。これじゃ鍛練にもならないわ。


 ジーク様が建物の向こうに消えたのでその後を追う。エリーたちも近くにいるようだけど、混戦となれば傍にいるのも簡単ではないわね。だったらジーク様の傍にいるのが一番だわ。拠点となる建物は煉瓦作りの三階建てのものだった。中に入ると広めの玄関ホールがあり、その先に階段が見えた。敵の首領はこの先ね。既に我が騎士たちが上階に登り応戦している。部屋を一つ一つ開けて敵がいないかを確かめているようね。その時だった……


 階段を登るジーク様に向けて下階から小さな弓を構える者が映った。階段を上るジーク様からその姿は見えない。


「ジーク様!」



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