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亡国色の王女は打算で敵国に嫁ぐ  作者: 灰銀猫


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薄暗い笑み

 風が木々を揺らす音が耳を占め、微かな水音がその隙間に入り込む。時折巡回する騎士の足音が聞こえるけれど、消灯から久しいせいか人の声は聞こえない。聞こえるのは鳥か獣か判断の付かない声ばかりで、正体がわからないそれが胸の中を不安が侵食していく。


 レオたちが出立してからどれくらいの時間が経ったかしら? 敵やこの野営の中にいるだろう裏切り者を欺くため、いつも通りを装って就寝した風を装った。レオたちは元居た町で気になる情報を得たとの体で元来た道を戻り、途中で街道から山に入って上流にあるという堰に向かうと聞いた。ジーク様は大丈夫だ、レオは成功すると断言されたけれど、彼の働きぶりをよく知らない私には不安の方が強く感じられて落ち着かない。早く寝なければと思うのに、目をきつく閉じても眠りの妖精は訪れてくれなかった。


「アリー眠れないか?」


 何度目かの寝返りを打った時、ジーク様が尋ねてきた。しまったわ、起こしてしまったかしら? 


「申し訳ありません。気になってしまって……」


 レオが失敗したらと思うと不安が勝って眠れなかった。それがジーク様の破滅に繋がるとなれば尚更で。ジーク様のことだからそんな私の不安も気付いていらっしゃるはず。隠しても意味がない様な気がして正直に打ち明けた。


「あなたが不安を感じるのも当然だ。初めての従軍なのだろう?」

「はい」


 天幕の中は暗いけれど、それでも目が慣れたせいかジーク様のお顔が見えた。真っ直ぐに向けられる視線は優しくて温かくすら感じた。


「レオのことなら本当に心配はいらない。あいつはなんというか……野生動物みたいな奴だからな」

「野生動物、ですか」


 そうかしら? ちょっと砕けているけれどパッと見た感じは貴公子風だけど。


「あいつは孤島に一人置いてきても、そこに順応して生きていけるだろう。それくらい、なんというか野生的なんだ。何で貴族なんかに生まれたんだと自分でも言っているくらいだからな」


 確かにいつも笑顔で貴族らしさは薄いし、普段の態度も下級貴族のそれの近い。いつだって堅苦しいのは苦手だと言って服装だって着崩しているのが常だけど、なるほど、そこまでだったのね。見た目だけではわからないものだわ。


「今頃は嬉々として馬を駆けているだろう」

「そ、そうですか」


 否定しようと思ったけれど、彼のそんな姿が思い浮かんでしまったわ。彼に付き合わされている部下がお気の毒かもしれない……


「それにしても妬けるな」

「……え?」

「あなたに眠れないほどに心配されているとは。こんなことなら俺が行けばよかったよ」

「な!」


 何てことを仰るのですか、殿下自ら夜に馬を駆るなんて。それに私がレオを心配するのは……


「ジ、ジーク様の未来がかかっているから心配なのです」


 レオも心配ではあるけれど、ジーク様の方がずっと比重は重いわ。なのに、妬けるだなんて……


「ははっ、あなたが心配してくださるか」

「当たり前です」

「だったら我が妻の憂慮を払うのは夫の義務だな。必ず無事に王都に帰ると約束しよう」


 お、夫って……時々ジーク様はこんな風に仰るけれど、それに慣れなくて一々反応してしまうなんて子どもっぽいと思われるかしら。だけど、小さい声ながらも力強い言葉に胸の不安がすっと消えていく。


「眠れないなら子守歌でも歌って差し上げようか。それとも頭を撫でた方がいいか?」

「だ、大丈夫です。お気遣いなく」


 なんてことを仰るのよ。なんだか揶揄われているような気がして掛け布をひっ被った。子守歌だなんて……いえ、ジーク様からしたら私なんてまだ子供にしか思えないのでしょうね。悲しいかな、背も低いし女性らしい身体つきでもないもの。ふと、夜会で見た女性たちの姿が思い出された。どの方も凹凸のはっきりした魅力的な体格をしていたわ。どうしたらあんな風になれるのかしら……悶々としながら息を殺していたけれど、気が付いたらいつの間にか眠っていた。




 翌朝、まだ日が昇る前に目が覚めた。あまり眠れなかったのは痛いわ。今日は何が起きるかわからないからしっかり眠っておきたかったのに。だけど、妙な緊張感のせいか眠気は感じなかった。何とか今日を乗り切りたいわ。


 ジーク様の寝台は空っぽだった。気付かなかったわ、いつの間に出ていかれたのかしら。掛け布なども畳まれている。身の回りのことはご自身でおやりになるのよね。戦場暮らしが長かったせいだと仰っていたけれど、居丈高な態度を取られないのは好ましいわ。兄だったら……文句ばかり言っていそうよね。そういえばエルリカはどうしているかしら? よからぬことを考えていなければいいのだけど……


 騎士服に着替え、簡単に髪を結んでから天幕を出ると、外では既に騎士たちが動き始めていた。


「アリッサ様!」


 エリーとミアが入口に立っていた。私が起きるのを待っていてくれたのかしら。


「エリー、ミアも。ちゃんと眠れた?」

「はい、どこででも眠れるのが私の特技ですから」


 エリーが胸を張って宣言する。羨ましいわ、そういうところ、私も見習いたいわね。


「状況は? レオはどうなったのかしら?」

「その件に関しては部隊長の天幕で。既に皆様お集まりです」


 ミアがそういうので共にジーク様たちの元へ向かった。騎士たちは落ち着いているわね。問題は何も起きていないと思っていいの?


「ジーク様……」

「アリー、起きたか」

「すみません、寝過ごしました」


 ジーク様ったら、起こしてくださってもよかったのに。


「いや、もう少し寝ていてもよかったくらいだ。まだ動く予定はないからな」

「そうでしたか」


 だったらレオからの報告はまだないの? 堰はどうなっているのかしら? 裏切り者も……


「アリーが来たから改めて話をまとめよう。まずレオだが、堰を手中に収めたと思われる」

「成功したのですか?」


「ああ、合図の狼煙が今朝、上がっていた。そのうち伝令が詳しい報告をもたらすだろう」


 その言葉に安堵が広がる。レオのことは何とも思っていないけれど、場を和ませてくれる彼の存在は貴重だし、ジーク様にとっても私にとっても大事な仲間だもの。


「あと、裏切り者だが……」

「わかったのですか?」

「今のところ確証はないが二人に絞られた。あるいは両方かもしれんが」

「二人ですか……」


 誰もいないことを願ったけれど、そういうわけにもいかないのね。それでも目星がついたのはよかったわ。


「ラーシュ、全員に通達を。予定通りバールに向かう」

「はっ」


 ラーシュが恭しく頭を下げてから短幕を出て行った。予定通りって……


「ルーカス、選んだか?」

「はい、馬の扱いが巧みで山に慣れた者を百選びました」

「その者たちを先頭にする。先遣隊として周囲を注視しながら向かえ」

「御意」


 ルーカスも出ていくと天幕の中は急にがらんとして見えた。


「アリー、ルーカスの部隊が向かったら俺たちがそれに続く。殿はラーシュが務める」

「わかりました」


 昨夜仰っていた通りね。ジーク様はレオが堰を手中に入れたとの前提で動かれるのね。


「アリー、天幕に戻って食事にしよう」

「よろしいのですか?」

「既に準備は終えている。あとは伝令が戻るのを待つだけだ」


 さすがというべきか、私なんかが案じるようなことなど何もなさそうね。殿下と共に天幕に戻ると、フリーダが既に食事を運び終えていた。


「ここはいい。お前たちも食事を取ってこい」

「かしこまりました」


 フリーダとミア、エリーも行ってしまったわ。二人きりがなんだか面映ゆい。慣れなきゃと思うのだけど、最近落ち着かないわ……前はそんな風に思ったことなどなかったのに。何となく話しかけ辛くて黙々と食事を口に運んだ。昨夜のことも胸に引っ掛かったまま。どうしたらフリーダみたいな女性的な身体になれるのかしら。今度聞いてみようかしら……


「殿下」


 食事を終えた頃、ラーシュが天幕の外から声をかけた。ジーク様が「入れ」と告げるとラーシュが騎士を従えて入ってきた。


「殿下、レオから伝令が参りました」


 伝令が来たの? レオは、堰はどうなっているの?


「そうか、話せ」

「はっ。問題の堰は昨夜、レオ様の指揮の元、我らの手中に収めました。その場にいた者たちの大半は捕らえ、今は木に縛り付けてあります」

「そうか、よくやった」


 ジーク様の声から固さが消えたわ。やっぱり心配していらっしゃったのね。


「ラーシュ、そいつは?」


 ジーク様がちらっと一瞥してラーシュに声をかけた。彼の後ろには後ろ手に縛られた騎士が、二人の騎士に挟まれて膝を付いていた。


「鼠です」

「そうか、よく見つけたな」

「簡単でしたよ。私が予定通り出立すると言ったら、時間を置かず隊を離れて狼煙を上げようとしましたから」


 なるほど、ラーシュは泳がせてその機会を待っていたのね。


「ち、違います! 俺は狼煙なんて……」

「言い訳は無用だ。姿を見られないよう、物資の馬車にでも転がしておけ。ああ、舌をかみ切らないよう猿轡もだ。大事な証人だからな」


 証人って、反乱軍に対しての? それとも……第三妃派? どちらにしても重要だわ。 


「十騎ほどここに残し、俺たちが堰を越えた頃に狼煙を上げろ。上手くすれば仲間が俺たちの最期を確かめようと出てくるだろう。そこを突く」


 にやりとジーク様が笑った。それはいつもの明るいものではなく、どこか陰湿で薄暗さの漂うものだった。



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