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亡国色の王女は打算で敵国に嫁ぐ  作者: 灰銀猫


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暴かれた心の傷と温かな手

「アリー、それは、どういう……」


 強い戸惑いが声に現れていた。私ったら何を口走ったのかしら? だけど……


「それがアリーの本心か?」


 そう問われて……少し考えた。でもその通りでしかなかったから頷いた。そう、その気持ちに嘘はないわ。裏切ったら……きっと許せない。それに、それくらいのことをしでかしそうなくらいに絶望しそう……その時、自分の感情を抑えられるか、自信がないわ……


「怖いんです……」

「怖い?」

「誰かを頼って、裏切られたらと思うと……」


 両親も兄も最後まで私を見なかった。エルリカを優先するのは変わらなくて、それはきっと永遠に変わらない。ジーク様は私を想っていると仰るけれど……信じたいけれど、信じられない。


「そう思うのも仕方がないのだろう」

「え?」


 まさか肯定されるなんて、思いもしなかった……


「あなたは蔑ろにされ過ぎてきた。それはきっと、想像以上にあなた自身に深い傷になっているのだろうな」

「そう、でしょうか……」


 私に傷が? あんな人たちのために傷つくなんて御免だと思っていたけれど……もしかしたら、そうなのかもしれない。認めたら立っていられなくなるから認めたくなくて、ずっと目を逸らしていたのかしら? その時、ふわりと空気が動いた。ジーク様の匂いが強くなって、頬に衣が触れる。どういうわけか抱きしめられていた。思いがけない行動に頭が真っ白になる。ど、どうなさったの? どうしてこんなことに……


「よく、頑張られたな」

「……っ」


 静かだけど強くしっとりした声が思いがけない言葉を紡いで、答えを探そうと動き出していた思考が止まった。頑張った……のかしら? そんなつもりはなかったけれど……


 でも、侮られても負けるものかと、誇りを失わないようにと自分を叱咤してきた。傷ついたなんて思われたくなくて、思いたくなくて、そんなことで傷つく様な自分じゃないと自分に言い聞かせて……


「が、頑張った、んです……」


 お祖母様が亡くなったあの日からずっと……必死に自分を奮い立たせていたわ。心を預けられるのはエリーとマルクだけだった。それでも心配かけたくなかったから、弱音なんて吐けなかった……私は彼らの主で、私が守らなければならない存在だったから。


「ああ、一人でよく頑張られたな」


 その言葉が静かに身体中に染み渡っていく……そんな風に言われたことなんかなかった。だって、そうしないと生きていけないから、そうするしかなくて、それが当然だったから。目の奥が、熱い……


「これからはアリーの心も俺が守る。今は信じられないだろうが、俺はあなたを決して裏切らない。裏切られたと思ったら寝首を掻いていい。アリーを不安にさせた俺への罰だ」

「……そ、そんな……」


 だめよ、そんな風に言わないで……何かが一気に溢れて取り返しのつかないことになってしまいそう……その先にあるものが怖くて、もう戻れなくなりそうで必死に歯を食いしばった。


「アリーが何をしても俺は許す。この命が欲しければいくらでも差し出そう。それでアリーの気が済むのなら」


 抱きしめられたままゆっくりと大きな手が背を上から下へと動く。その手つきは危険だわ……


「そんなことしても、気なんか、済みません」


 命を奪ったらこの姿も声も手も失われてしまう。そう思ったら、冗談でもそんなこと言ってほしくないと強く思った。だって、私がほしいのは……


「死なないで、ずっと傍にいてください」


 もう置いていかれるのは嫌。お祖父様もお祖母様も、乳母だったエリーの母も、私の大切な人たちは私を置いて逝ってしまった。あんな思い、もう二度としたくない……


「それがアリーの望みなら約束しよう。アリーを置いて逝かないし、俺が生きている限り傍を離れない。約束だ」


 その言葉を理解した途端、辛うじて耐えていた涙腺が決壊した。堰を切った涙は私の意志に反して溢れて止まってくれない……殿下の服を濡らしてしまうのに……


「気が済むまで泣けばいい」

「……でもっ……」

「泣いていい。ここには俺しかいない」


 反則だわ、そんな風に言われたら止められないじゃない……大きな手が頭から背中へとゆっくりと往復する。廊下にいるエリーの耳に届くかもしれない、その思いから必死に声を押し殺そうとするのに、その手つきの優しさと温かさが邪魔をする。


「大好きだ、アリー」

「……っ」


 もうダメだった。その台詞はお祖母様がいつも私にかけてくれた言葉なのに……まさか他の誰かから言われるなんて思わなかった……色んなことが次から次へと浮かんでは消え、身体中の水分がなくなるかもしれないと思うほどに涙が溢れて止まらなかった。お祖母様が亡くなった時だって、こんな子供みたいに泣いたりしなかったのに……





「大好きよ、アリー」


 ああ、懐かしいわ、いつもそう言ってくださったお祖母様の優しい声……何度も何度も乾いた手が背中を撫で、子守歌も聞こえてくる……小さい頃に何度も強請って歌ってもらった優しい曲。久しぶりに聞いたわ、最近は思い出すこともなかったのに……自然と口元が緩む。


 これは夢ね。お祖母様にこんな風にしてもらうなんてもう無理だもの。だけど、髪を、背を撫でる手が優しくて心が満たされていく……お祖母様の手は温かくて大きかっ……大き、い……?


「……え?」


 微睡に身を委ねていたけれど、撫でる手がやけに現実的で我に返った。夢じゃ、ないの? 待って、お祖母様の手じゃないわ。お祖母様の手はもっと小さくて、ひんやりとしていて……


「ああ、起きたか?」


 その声に一気に現実に戻った。慌てて身を起こして、悲鳴を上げそうになった。


「な、な、な……!」


 言葉が出てこなかったのは許してほしい。だって、誰が想像出来る? 殿下と同じベッドで眠っていたなんて……! 


「でででで殿下!?」

「ジークだ」

「……今はそれどころじゃ……」

「俺にとっては結構重要なことだが?」


 横たわったまましらっとそう言われてしまったけれど、何なの、そのこだわりは? それにこの状況はなに? どうして一緒のベッドで寝ているの? その前にいつの間に眠ったの? 寝入った記憶は……


「ええええええっ!?」


 も、もしかして、あの後……


「もしかして……私、泣いたまま、眠って……」

「ああ。ずっと我慢していたんだな。泣き止まなくて、抱きしめていたらいつの間にか眠っていた」

「そ、そ、それは、大変ご迷惑を……」


 何をやっているのよ私! よりにもよって泣いたまま寝てしまったなんて……


「いや、ちっとも迷惑なんかじゃない。アリーが俺を信頼してくれたんだと思えば役得としか言いようがない」


 し、信用って……でも、そう、かもしれない。誰かの前で泣くなんて、今までならあり得ないもの……だ、だけど……何も同じベッドで眠らなくてもいいんじゃない? 私なんてあのままソファにでも転がしておいてくれたら……って、そんなことをする殿下じゃないわよね。泣きすぎたせいか頭が少し痛くてよく回らない……


「あ、あの……」

「ああ、誓って不埒な真似はしていない。出来ればソファで休みたかったのだが……」


 眉を下げたけれど、何? 私、他にも何かした……みたいね……


「ああ、アリーが俺の服を握って離さなくてな。起こすのもどうかと思ったし、エリーに聞いたらそのまま寝てくれというのでな」


 エリー!! 殿下になんてことを言ったのよ!? 信じられない……


「そ、それは重ね重ねご迷惑を……」


 もう穴があったら埋まりたいし、何なら自分で穴を掘って石で蓋もしたいわ。


「謝らなくていい。言っただろう? 役得だったと。俺としては少しでも頼りにされたならこれ以上嬉しいことはない」


 え、笑顔でそんな風に仰るなんて反則です……やだ、どうしてまた涙腺が緩んでくるのよ……もしかして久しぶりに泣いたせいで壊れちゃったの? 困るわ、これから反乱軍を治めに行かなきゃいけないのに……


「ああ、目が腫れているな。冷たいタオルを持ってこさせよう」


 そう言うと殿下は寝室を出て行った。向こうの居間で声がするから誰かに命じているのだろうけれど……嫌だわ、きっと皆に話が伝わっているわよね。どんな顔をしてこの部屋を出たらいいの……一人残されたベッドの上で私は暫く動けなかった。



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