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亡国色の王女は打算で敵国に嫁ぐ  作者: 灰銀猫


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殿下の謝罪の意味

 それからも殿下は会う人々に同じようなことを繰り返して皆を驚かせていた。私も恥ずかしくもいたたまれない気分になったけれど、殿下に今日は俺に合わせてほしいと言われていたから反論することも出来なかったわ。


 殿下が最初に異議がある者は名乗り出ろと仰ったのもあって異を唱える人はいなかったけれど、殿下の目を盗んで睨みつけてくる人も少なくなかった。特にご令嬢方に。彼女たちは絶対にあきらめていないし、隙あらば嫌味の一つも言ってきそうよね。今日は殿下が傍を離れなかったから何も言われなかったけれど、心配していた事態が先延ばしになっただけのような気がするわ……


 幸いなのはこの舞踏会が今年の社交シーズンを締めくくるものだったこと。当分このような催しは開かれないのはありがたいわ。その間にファーレンに関することを学び、王太子妃として必要なものを身につける時間があるから。貴族家の場合、屋敷に押しかけてこられる心配があるけれど、ここは王宮。警備の面では殿下の部下がしっかり付いていてくれるから安心だわ。


 それにしても……


「ねぇ、フリーダ、殿下はその、本気なのかしら?」


 翌朝、まだ舞踏会の余韻のせいか気だるさが残る中、朝食後のお茶を淹れてくれた侍女に尋ねた。彼女なら殿下と付き合いも長いからわかると思ったから。


「本気と申しますと……」

「その、舞踏会が始まる直前、控室で仰っていたことよ」


 さすがに私が好きだって話は本当なの? なんて聞けなかった。


「まぁ、アリッサ様。ええ、殿下は本気でアリッサ様を思っていらっしゃいますわ」

「そ、そう……でも、一体どこが気に入られたのか、さっぱりわからないのだけど」


 揶揄ったりなさる方ではないと思うけれど、政略的な理由であんな風に仰っている可能性も考えたのだけど。


「何を仰っていますの。アリッサ様はお美しい上に剣の腕も素晴らしいではありませんか。はっきり申し上げて殿下の好みそのままだと思いますわ」

「まさか?」


 剣の腕はまだしも美しいって……そんな風に言われたことなんかなかったわよ。


「アリッサ様は母国での扱いのせいで自己肯定感が低くていらっしゃるようですが、十分愛らしくていらっしゃいますわ。それでいてあれだけの剣技をお持ちです。こんなことを申し上げるのは畏れ多いことですが、殿下の配下の騎士たちの間でも大変な人気でいらっしゃいますわ」


 どうやらその落差がいいのだとフリーダは言った。エリーに聞いても褒めるだけだから冷静な意見が欲しかったのだけど、あまり変わりなかったわ。だけど信じられない。母国では貧相だの華がないだの散々だったし、剣技に関しても女がそんなことをするなんてはしたないと叱られていたのに。




 その日の午後、殿下の訪いがあった。昨日の発言を思い出して緊張が身体の中を通り抜けていく。話をしたいと仰っていたわ。その件かしら。どんな顔をして会えばいいの? フリーダもミアもエリーも妙に上機嫌だったけれど、その笑顔の意味は何なの? 一人だけ取り残されたような気分だわ……


 殿下はやってくると庭へ誘ってくださった。さすがは王宮の庭園、美しく整えられて見応えがあるわ。ヴァイラントでは既に木々は葉を落として雪の季節がすぐそこまで来ているはずだけど、こちらではまだ紅葉が残っているのね。晩秋の花が日差しを受けながら風に揺れている。殿下の話を前に心乱れる今の私のようだわ。


「アリー、あなたに謝らねばならないことがある」


 最初に出てきたのは謝罪の言葉だった。私の頭が勝手にその理由を探しに走る。行きついたのは昨夜のこと。想い人が私だ、一目惚れだと仰っていた言葉が直ぐに想い浮かんで心が冷えていく。どうしてかしら、さっきもフリーダに言ったのに。信じられないと……


「そう、ですか……」


 考えた末に出てきた言葉はそれだけで、情けないことに掠れてしまった。どうしてこんなにも落胆しているのかしら……


「すまない。あなたを守ると約束したのに、傍を離れることになってしまって……」

「……え?」


 傍を離れるって、どういうこと? 思わず見上げてしまった。背が高いから見上げるようになることが少し悔しい。私ももう少し背が欲しかったのに……って、今はそうではなくて……


「どういうことですか? 傍を離れるって」

「実は、制圧した反乱軍の残党が地方の町を占領した。それを治めに行かねばならなくなった」

「残党が……」


 ファーレンがまだ完全な平和を築き上げていないことを忘れていたわ。そうね、道中でもそんな話をしたわね。もし何か起きたら殿下自ら出ることになるかもしれないとも。


「状況はいかがですの?」


 規模はどうなの? 大したことがなければいいけれど……いえ、そうじゃないから殿下自ら出られるのでしょうね。その地の領主や騎士団では収拾がつかないから王家に、殿下に要請が入ったのでしょうし。


「行ってみないと何とも言えんが、俺への出動要請が来ているから相当な規模だろう」


 殿下自らとなると……そうなるわよね。


「出発はいつ頃に?」

「早いに越したことはない。明朝にはと考えている」

「明日?」


 そんなに急に……いえ、もしかしたら内々にそういう話があったのでしょうね。最初は領主が対応をしたけれど甲斐なく、殿下が出る方が早いと判断された、そんなところかしら?


「すまない、まだ到着したばかりなのに傍を離れることになってしまった」

「それは……でも、殿下のせいではないではないですか」


 殿下が故意にそうしたのなら話は変わるけれど、そういうわけではないでしょうに。そう思ったのだけど、なんだか眉間の皺が深まっている……?


「……あの?」


 言葉に出来ない圧を感じる。何か、気を悪くすることを言ったかしら? 失礼なことは何も言っていないはずだけど……


「アリー、俺のことはジークと」


 さっきよりも少し低い声で、念を押すように言われた。言葉に威圧を感じる。もしか知れ、眉間の皺の意味って、それ?


「ジ、ジーク様……」

「様は要らないと言ったが」

「……さすがに無理です」


 兄よりも年が上なのに愛称呼び、しかも敬称なしなんてさすがに無理だわ。もう少し慣れてからでないと。


「……仕方ない。だが、戻ってくるまでには改善していることを願う」


 物凄く残念そうにそう言われたけれど、それってもうご命令、ですよね。呼び方、そこまで大切なものかしら? だけどこれって、否と言えない空気よね。


「……善処いたします」


 そうは言ったものの簡単じゃないわ。戻られるまでに練習するしかないかしら。


「アリー、ラーシュとレオを置いていく。フォルツ公爵とブレンメ公爵にもあなたの守りを頼んであるが、どうか気を付けてくれ。昨夜ああ言ったにも拘らずあなたを認めたくない者がいるのは否めない」

「まぁ、お二人にまで。ありがとうございます」


 二公爵が目を光らせてくれるなら問題はないのではないかしら? だけど……


「ラーシュ殿とレオはお連れ下さい。殿下に万が一のことがあっては……」

「俺のことは心配無用だ。他にも優秀な部下はいる。だがあなたの安全には変えられん」


 急に距離を詰められて両手を握られた。驚いて見上げて紺碧色とぶつかった。真剣さを宿した表情にこの出立が容易く終わるものではないと感じた。


「厳しいのですか?」

「何とも言えん。部下の情報では最後まで抵抗していた生き残りだ。向こうも必死だろう。楽観は出来ない」


 眉間の皺が深くなった。最後の……だったら向こうも必死だから抵抗も苛烈になる。


「だ、だったら私もお連れ下さい!」

「……は?」


 思わずそう叫んでいた。見上げた先で殿下が目を丸くして私を見下ろしていた。


「な、何を言って……」

「従軍の経験はありませんが、お役に立てるはずです。それに、ここで守られているよりも殿下のお傍にいた方が安心ですわ」


 ここで一人残されて危険と対峙するくらいなら共に行きたいわ。


「足手まといになることはないと思います」

「ま、待て、そういう問題ではない」

「では何が問題ですか? 私が一緒に行けばラーシュ殿やレオも殿下のお傍を離れずに済みます。それに私を害しようとする者だって私が居なければ何も出来ませんわ!」


 お互いのためにもそれが最善ではないかしら? それに、殿下に何かあったら私の存在価値なんかなくなってしまう。だったら共に戦うわ。



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