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亡国色の王女は打算で敵国に嫁ぐ  作者: 灰銀猫


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慌ただしく始まった生活

 ファーレンに到着してから一夜が明けた。色々考えすぎて眠れなかったけれど、不思議と眠気は感じなかった。きっと慣れない環境に気が昂っているのでしょうね。


 朝の身支度を終えるとフリーダがワゴンを押して部屋に入ってきた。その後ろにはミアと見知らぬ女性の姿があった。美味しそうな匂いが部屋に広がったけれど……


「フリーダ、その恰好……」

「今日からはミアと共に侍女としてお仕えいたします」

「では、殿下が仰っていた侍女って……」

「私たちです」


 ミアまでドレス姿だった。紺色に白と金で装飾されたお揃いのドレス姿だけど凄く新鮮だわ。昨日までずっと騎士服だったから。


「嬉しいわ、二人が傍にいてくれたら心強いもの」

「エリーも一緒ですわ。これからは私たちに付いて我が国の慣習に慣れてもらいます」


 エリーも? もっと嬉しいわ。彼女の今後について殿下に相談したら「悪いようにしない」と言ってくださったけれど、その後具体的な話はなかったから。


「ああ、それから……」


 フリーダが振り返るとその後ろにいた金の髪をした女性が進み出た。フリーダよりも少しばかり年上、殿下と同じくらいかしら? フリーダも美人だけど、この人も凄く綺麗ね。フリーダは清楚で透明感のある美人だけど、この人は意志が強そうで才女といった感じかしら。二人とは服装が違うから立場は違うようだけど……


「こちらはイーダ=ガルバー伯爵令嬢、殿下の事務官を務めている方です。これから何かと顔を合わせることも多くなりましょう。どうぞお見知りおきを」

「そうなのね。アリッサです、よろしくね」

「イーダ=ガルバーにございます。妃殿下の御尊顔を拝し奉り光栄にございます」


 凛とした挨拶はお手本のようで隙が無く、そのせいか冷たい印象だったけれど伯爵令嬢にしておくのは惜しく感じられた。王女と言われても違和感はないわ。しかも女性で事務官を務めるなんて相当に優秀なのね。しかも美人だし……こんな方が殿下のお傍に……


 何となくもやもやした気分が拭えなかったけれど、それでも予定は次々と押し寄せてくる。昨日は到着直後だからと免除されていた儀式が立て続けにやってきた。国王陛下への謁見に重鎮たちとの顔合わせ、その間に昼食会や晩餐会が組み込まれている。これ、いつ終わるのかしら……気が遠くなりそうだわ。


 重鎮らとの顔合わせを終えた後、今日の予定の中で一番緊張を強いられる瞬間が迫っていた。ファーレン国王陛下との対面だった。殿下のお父様だけどそれ以前に一国の王でいらっしゃるし、義父と義娘だけど国王と他国の王女でもある。この顔合わせは失敗出来ないわ、ヴァイラントとの関係のためにも。暖かいはずなのに冷えた指先を握り締めた。


 殿下に案内されて向かった先は謁見室ではなかった。殿下の話では陛下がご友人と歓談するための私的な応接間だという。謁見室でないのなら人数は少ないかしら? だったら少しは気が楽かしら? でも、第三妃がいる可能性はあるわね。殿下の兄君たちも。広く豪奢な室内は思った以上に人の姿がなかった。室内の真ん中に据えられた部屋に見合った立派なソファには壮年の男性がゆったりと座っていた。


「よく来たな、ヴァイラントの王女よ。ファーレン国王ヴァーリックだ」

「ヴァイラントより参りましたアリッサにございます。国王陛下に拝謁奉り光栄至極にございます」


 ゆったりとした口調だけど放たれる圧はさすがは一国の国王陛下のもの。押し寄せてくる存在感に噛まないようにと必死だった。無事に最後まで言い切れたことに安堵する。こんな場面は何度経験しても慣れそうにないわ。


「うむ。事情はジークから聞いている。愚息が勝手な真似をしてすまなかったな」

「いえ、とんでもございません。それも私の家族が失礼な申し出をしたのが発端でございますれば殿下には何の瑕疵もございません」


 申し訳ない以上に恥ずかしさに逃げ出したくなる。どうしてあの人たちのために私が謝らなければならないのかと思うけれど、ファーレン側にしてみれば私も家族と変わりない。


「そうか。まぁよい。我が国はアリッサ殿を歓迎しよう。ファーレン王家の一員として国を支えることを望む」

「もちろんでございます。この身を捧げてこの国に尽くすと誓います」


 深く頭を下げる。婚姻が結ばれてしまった以上、私に他の道はないわ。エリーたちと出奔することも出来なくはないけれど、そうなればマルクたちの商会にも影響が出る。大陸中に支店を持つ商会だけど、国を相手に喧嘩出来るほどの力はないわ。


「それにしても、ルイ―サ殿によく似ておられるな」

「祖母を、ご存じですの?」


 咄嗟に声が出てしまって慌てて口を抑えた。失言だわ、発言の許可をいただいていなかったわ。


「ああ、畏まらなくていい。わしは王宮よりも戦場にいた時間が長い。堅苦しいのは好まん」

「さ、左様でございますか……」


 そうは言われてもすぐに姿勢を崩すなんて出来ないわ。いえ、それよりもお祖母様とお会いしたことがおありなの?


「ルイ―サ殿とは昔、会ったことがある。そうじゃな、もう、四十年以上前になるか」


 窓の外に向けられた視線は遠くを見ているように見えた。ヘデラーから船で逃れてきたお祖母様が暫くこの国に滞在されていたらしいけれど、その時に顔を合わせる機会があったという。知らなかったわ、お祖母様はそんなこと仰っていなかったから。


「わしはまだ子どもだったのもあって言葉を交わすこともなかったが、一度お会いすれば忘れることなど出来ない印象深い方じゃったよ」

「そうでしたか」


 どういう意味で印象深かったのかが気になるわ、お祖母様は破天荒な面がおありだったから。聞くのが怖いわ。いえ、気になるから機会があったらお伺いしたいけれど。


「我が国は戦争が長かったのもあって武を尊ぶ。あの『ヘデラーの戦姫』の令孫だ、一度手合わせ願いたいな」

「父上、無茶言わないでください。また寝台から離れられなくなりますぞ」

「うるさい奴だな。そう願っただけではないか」

「この前、そう仰りながら無茶をされたのはどなたですか?」


 殿下も引かないわね。何があったのかはわからないけれど、陛下もブレンメ公爵と同じ人種なのはわかったわ。


「アリッサ殿も、父が何を言っても真に受けないでくれ」

「え、ええ」


 そうは言うけれど陛下に頼まれたら否とは言えないわ。


「ははっ、だったら早く子作りを始めろ。さすがに腹に子がいるかもしれない相手に勝負を挑むことはしないからな」

「父上!」


 殿下が声を荒げた。子、子って……いえ、王子妃の一番の仕事は子を成すことだけど……だけど、そうよね、婚姻したのならそうなる、わよね……


「アリッサ殿、年寄りの戯言など気にしなくていいからな」

「何を言っておる。後継の誕生は国の一大事、戯言で済まされることではないぞ」

「わかっています。ですが婚姻式は来春です。アリッサ殿は着いたばかり、急かさないでください」


 殿下も一歩も引く気はなさそうで、陛下がやれやれといった風に肩を竦めていた。何というか、親子なのね。ちょっと羨ましいわ、私は父にあんな風に遠慮なく接するなんて出来なかったから。


「陛下、そろそろお時間です」


 遠慮がちに侍従が声をかけてきた。陛下には次の予定があるそうで顔合わせの会談は短時間で終わったけれど、神経は随分と削られたわ。それでもご不興を買うことはなかったようで、最大の難関を越えた解放感が心地よかった。


 その後も予定はびっしりと詰まっていて、何をどうしたのか覚えきれないほどにあちこちに連れまわされた。その度に名乗りを繰り返して笑みを浮かべたけれど、会う人数が多すぎて覚えられそうもない。だめだわ、名前と顔が一致しない。次に会う時が不安だわ……




 部屋に戻って来た時にはすっかり夜も更けていた。疲れたわ……


「アリッサ殿、疲れただろう? 今日はゆっくり休んでくれ。申し訳ないが明日も色々あるからな」

「お気遣いありがとうございます。でも大丈夫ですわ、こう見えて体力はありますから」

「そうか。だが無理はしないでくれよ」


 そう言って殿下が髪を一房手に取った。突然のことに驚いている間にいい夢をと言って行ってしまわれたわ。い、今のは何だったの……? 体温なんて感じないはずなのに、触れられた部分が熱を持っているように感じた。マズいわ、顔が赤くなっていないわよね?


「アリッサ様、湯浴みの準備が出来ていますよ」

「ひゃぁ?」


 思いがけなかった声かけに変な声が出てしまった。もう、エリーったら、急に話しかけないでほしいわ。


「何驚いているんですか?」

「何でもないわ。疲れたせいでぼーっとしてしまっただけよ」


 変に思われないように平静を装った。嫌だわ、まだ胸がドキドキしている。


「朝から予定がびっしり入っていましたからねぇ。明日もなのでしょう?」

「ええ」

「だったら、早く湯浴みをして休んでください」

「そうね」


 動揺を悟られないよう疲れたことにしたせいかエリーはそれ以上何も言ってこなかった。だけど、驚いたわ。殿下があんなことをなさるなんて。いえ、ただ髪に触れただけ、きっと珍しかったからで特別な意味なんかあるはずがないわ。殿下が触れた部分を指で通す。期待してはダメよ、痛い目を見るのはもうこりごりだもの。



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