攫われたか弱き姫君?
それからの旅程はとても居心地のいいものになった。寄る街々で領主や民の歓迎を受け、その様相はヴァイラントとはまったく正反対だった。マルクたちが用意してくれた馬車はヘデラー商会の協力で王族らしく飾り付けられ、また殿下が手配してくださった分も合わせるとその数は五十を超え、お姉様の嫁入りの時と同じくらいに豪奢なものになっていた。
それに、護衛騎士たちの態度もすっかり変わったわ。ミアの話では護衛騎士は殿下の直属の部下で、国よりも殿下個人に忠誠を誓っている者が殆どらしく、殿下が認め、また殿下の義理の叔父でファーレン国内では英傑と讃えられるブレンメ公爵が私を女神の再来だと言い出したことで、私への評価が一層いい方に傾いたのだとか。けれど……
「ただ色が同じなだけでは? さすがに大袈裟ではありませんか?」
「そんなことはないぞ。騎士らが讃えているのは色よりも剣の腕だ。レオに勝てる者など我が国では十人いるかどうかだからな」
意外だといいたげな紺碧の瞳を向けられた。
「アリッサ殿の強さは我々だけが知っていればいい。今はな」
「今は?」
「相手が強いと知れば送り込んでくる刺客も強くなる。安全を思えば弱いと思わせておいた方がいいだろう?」
「それは、そうですが」
同行する騎士たちには緘口令を敷いていると仰ったけれど、それって、暗殺者が送り込まれてくる可能性があるってこと? ファーレンも一枚岩じゃないと仰っていたわ。殿下の失脚を狙っている第三妃派が私を狙うと? それとも反ヴァイラント派? 母国の柵から逃れたと思ったけれど、ファーレンも安住の地とは言い難いわね。だけど、負けたくないわ。
国境を越えてから十三日目、私たちは王都に到着した。前夜は王都の門の近くの屋敷に泊まり、今日は儀礼用の特別な馬車に乗り換えている。この馬車は前方と左右が硝子張りになっていて、周りから私たちの様子が見えるようになっている。国王の戴冠や婚礼、凱旋などに使われる特別なもので、華々しい見事な装飾が施されていた。
その馬車に私も華やかに着飾って乗り込んだ。ここから先は婚姻の儀式でもあるため殿下が選んでくださったのだけど、私の瞳と同じ水色のドレスは白や紺碧色のレースや刺繍で飾られ、銀の地に紺碧の輝石が胸元や耳、髪を飾る。髪はこの色がよく見えるようにとサイドを編み込んで後ろに流し、後ろの髪はそのままに下ろしてある。どうやらアシェリア様の絵姿を参考にしているらしい。畏れ多いわ、却って反感を持たれないかと不安になってくる。
王太子殿下も白を基調とした正装をお召しだった。ところどころに紺碧色が差し色として使われていて、私と合わせているようね。よくお似合いで威厳も高貴さもいつもの何倍も増している。こんなお姿を見るのは久しぶりだけど、男性らしい魅力に溢れているのね。これまでに滞在した屋敷で女性から騒がれていたのも納得だわ。王宮じゃもっと凄いのかしら。それはそれで……面倒なことにならなきゃいいのだけど。
降り注ぐ日差しの中を馬車はゆっくりと進む。もう晩秋の入口だというのに季節がふた月ほど逆戻りしたかのように暖かい。ヴァイラントでは考えられないほど眩しい日差しの中、王宮への道を進んだ。私たちの入城を一目見ようと沿道にはたくさんの民が集い、とんでもない騒ぎになっていた。
「凄い人……」
馬車の窓から見える人波は今までに見たこともない数だった。お姉様が王宮を発った時でもこれほどの人はいなかったわ。それに……髪や肌の色が様々なのね。衣装も。見たことがないものがたくさんありすぎて何から尋ねたらいいのかわからないわ。
「皆があなたの輿入れを喜んでいるんだ」
殿下はそう仰ったけれど、どちらかというと殿下を見に来られたのではないかしら? 他国では恐れられているけれど、自国では英雄として人気が高いと聞いたわ。殿下を呼ぶ声が先ほどから聞こえているもの。
沿道の人々の歓声を聞きながら馬車は王宮の門を潜った。ファーレン王宮は目に眩しい白亜の壁に紺碧色の屋根で品があり涼しげな印象だった。雪に備えて石造りで頑強に建てられているヴァイラント王宮とは大違いだわ。いくつもの門を潜り奥へと向かう。秋が深まっているはずなのに庭園には花々が咲き乱れ、木々もまだ青さを保っている。まるで別世界に来たよう。国が違うとこんなにも変わってくるものなのね。
最後の門を潜る。騎士たちが道の両脇に整然と並ぶ中をゆっくりと進む。ここまで来ると街中の喧騒はもう聞こえず、車輪の音が響くばかりだった。その静けさに緊張が強まってくる。これから国王陛下や重鎮たちとの初顔合わせになる。どう思われるかしら? 体裁は保たれたけれど、半年以上先に来るはずの花嫁が突然やって来るなんて前代未聞だもの……国王陛下はどんな方? 周りの方はどう思っているの? もう少し殿下から内情をお聞きしておけばよかったわ……
「大丈夫だ。俺の我儘が原因だ、誰もアリッサ殿を責めたりはしない」
嫌だわ、暗い顔をしていたかしら? 顔に出していたなんて恥ずかしい……
「父にも話は通してある。基本的に俺の判断を尊重してくれるから心配はいらない。むしろ神の色を持つ花嫁を連れてきたと喜んでいるそうだ」
それならいいのだけど。私の悪い噂をご存じない? 嫌だわ、人からどう思われようと気にしないと思っていたのに。こんなことで心を乱されたくなかったのに。
「アリッサ殿は無理やり連れてこられただけだ。だから何も気に病まなくていい」
悪戯を仕掛けるような笑顔にすっと肩の力が抜けたような気がした。目の奥が熱くなる。この人は……どうしてほしい言葉をくれるのかしら……
お礼を言おうとしたその時、馬車が大きく揺れた。目的地に着いたらしい。すぐ横には荘厳な装飾が散りばめられた大きな扉があり、出迎えの者たちが並んでいた。
「さぁ、我が姫、共に参ろうか」
にやっと悪戯っぽい笑みを浮かべて手を差し出した。その気遣いがどうしようもなく嬉しい。
「アリッサ殿は俺に攫われたか弱き姫君だ。そのつもりで振舞ってくれ」
真顔で言われて思わず吹き出しそうになった。私がか弱いだなんてあり得ないわよね。健気な性格でもないし。エリーが聞いたらお腹を抱えて笑い転げそう。でも、お陰で気が楽になったわ。殿下がそのおつもりならそのように振舞えばいいのね。
殿下の手を借りて馬車を下りると空気が揺れた気がした。皆の視線を感じる。この髪色のせいかしら? さすがは王宮務め、表情を変える者はいないようだけど戸惑いは感じるわ。この色はそんなに大層なものなのかしら。殿下のエスコートで段を登り重厚な扉を潜ると、歩く先には深紅の絨毯が現れ、その両脇にも臣下らしい者たちが並んでいた。
「王太子殿下の無事のご帰還、心より安堵いたしました」
絨毯の上で唯一待っていたのは壮年の男性だった。半分白くなった濃青の髪と灰青の瞳、大きなお腹周りから導き出されるのは、この国の宰相でもあるフォルツ公爵。ラーシュのお父君ね。目元がどことなく似ているわ。
「ああ、戻った。紹介しよう。ヴァイラント王国の第二王女のアリッサ殿下だ」
「ようこそファーレンへ。アリッサ王女殿下。この国で宰相を務めるフォルツにございます」
この方がラーシュ殿の……だったら私にとっては味方かしら?
「アリッサです。歓迎、痛み入ります」
私の方が立場は上だからおもねることは出来ない。素っ気ないと思われたかしら? だけど下手に出れば侮られるから加減が難しいわね。
「細かいことは後でいい。まずは彼女を休ませて差し上げたい。部屋の準備は?」
「殿下、急かし過ぎですぞ。度が過ぎれば王女殿下のお立場にも関わります」
「無理を言って来ていただいたのだ。最大限の配慮は当然だろう」
「やれやれ、せっかちなことですな。では、まずはお部屋にご案内いたしましょう」
苦笑しながらもフォルツ公爵が殿下の意を汲んでくれた。殿下にエスコートされてその背を追う。また儀式が続くかと思ったけれど、一休み出来るかしら?
「まぁ、その方がヴァイラントの王女殿下ですの?」
光の降り注ぐ回廊を進んでいると、不意に声がかけられた。微かに殿下の舌打ちが聞こえたような気がした。
「義母上か……」
振り返った先にいたのは、派手な衣装に身を包んだ煌びやかな一行だった。銀の髪をゆったりと結い上げた一際豪奢な女性が笑みを浮かべてこちらを真っ直ぐに見ていた。ファーレン国王の妃は正妃で殿下を始めとした上の三王子の母でもある第一妃、陛下の想い人でありながら身体が弱くお子がいない第二妃、そしてベルツ王国の王女で第四王子の母でもある第三妃の三人。既に第一妃と第二妃はお亡くなりになっているから、殿下が義母と呼ぶ方はお一人だけ。では、この方が……




