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亡国色の王女は打算で敵国に嫁ぐ  作者: 灰銀猫


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33/63

殿下のお願い事

 殿下が仰ったように一刻ほどで今日の宿となる屋敷に着いた。ここは王家が所有する屋敷で、ヴァイラントと行き来するために建てられたものだという。森の中の隠れ家のような佇まいは静かで落ち着けそうね。割り当てられた部屋でその日はゆっくりと過ごした。晩餐もなく時間をかけて湯浴みをし、早めにベッドに入った。様々な儀式で身体はともかく神経は相当疲れていたらしく、横になったらあっという間に眠りの世界へと旅立っていた。




 翌朝、充実した睡眠にすっきりと目覚めた私は、乗馬服に着替えて殿下の要望に応えるため庭へ向かった。フリーダらと共に向かったのは私たちが滞在する棟とは反対側の庭で、そこでは騎士たちが鍛練をしていた。私たちの姿に騎士たちの手が止まる。お目当ての人物は騎士たちの模擬戦をラーシュ殿たちと眺めていた。


「ああ、アリッサ殿、すまないな」


 私の姿を見つけると手招きをしたので、そのまま殿下のもとへと向かった。


「お待たせしました。ですが、本当にやるおつもりですの? 私の腕など殿下の足元にも及びませんが……」


 殿下の頼みは、剣の手合わせだった。お祖母様の孫だから期待されているのでしょうけれど、残念ながら私はお祖母様の足元にも及ばないのに。実戦経験もないしがっかりさせてしまうだけだと言ったのだけど、殿下はそれでもいいと引いてくれなかった。


「構わない。ただ力量を見極めたいだけだ。今後の警護のためにな」


 そうなのかしら? その割にはやけに機嫌がよく見えるけれど。もしかして……殿下もお祖母様たちと同じ人種ってこと? 少しでも強そうな相手がいると力量を確かめられずにはいられないという。どうせ殿下には敵わないのに……


「普通の剣がいいか? 短剣や槍などもあるが」


 木刀ではなく真剣を使うおつもりなの? 思わず頬が引きつったわ。


「……では、こちらを」


 選んだのは通常よりも刀身が細くて短い細身の剣。軽くて扱いやすいからこれが一番楽なのよね。手に取ってその重さを確かめながら殿下の様子を窺った。殿下は……逆に普通よりも太くて長い長剣をお持ちだわ。身体が大きいからこそ扱える代物だけど、動作が大きくなるから隙も増える。だったら……


 剣を手に殿下の前に立った。数歩の距離があるけれど殿下から放たれる圧が強い。これは……戦場で相対したら逃げ出したくなるわね。殿下は相当な使い手だと聞いているから怪我をする心配はないと思うけれど……


 立会人はラーシュ殿だけど、興味を持った騎士たちが手を止めてこちらを見ている。嫌だわ、こんなに人目があるところで拙い腕を披露するなんて。無様な真似だけは見せたくないけれど……


「始め!」


 ラーシュ殿の静かだけど鋭い声が響く。その瞬間、緊張感が痛いほどに高まった。殿下から放たれる威圧感が肌を粟立たせる。こちらから仕掛ける? それとも待つ? 勝てる相手ではないけれど、負けたくない……


「っ!」


 先に動いたのは殿下だった。太く長い刀身が真上から振り下ろされる。速いわ! 身をずらして躱すとすぐに二打目が襲ってきたので刀身で受け止める。乾いた硬い音が響く。重い……! 手に痺れが残った。それに予想よりもずっと速いわ。あの大きな身体でこの動きを? 信じられない……


 その後も殿下の剣を躱し受け止めるのに精いっぱいで反撃など出来る隙なんかなかった。しかも一打が重くて受け止める度に手に痺れが走る。何度も受け止めたら手を痛めるわ。速く終わらせたいけれど……付け入る隙がまったく見つからない……


 その瞬間は突然現れた。振り下ろされた剣を受け止めながら思う方向へと誘導する。遠心力で剣先を僅かに外した一瞬に剣を左手で逆手に持ち替えてわき腹を狙った。のだけど……


 刀身が殿下に触れる瞬間、それは何かに弾かれた。バランスを崩したそこを突かれて剣が空を舞って地面へと吸い込まれていく……


「勝者、殿下!」


 ワッと歓声が上がった。あれで決まると思ったのに、決められなかった。いえ、あれが決まっていたら殿下に大怪我を負わせていたからよかったのだけど……負けたわ。苦々しい思いが胸の中で荒れ狂う。勝てるとは思わなかったけれど、いざ向き合えば負けるつもりはなくなっていた。息を整えながら感情も整える。落ち着くのよ、私。私は騎士じゃないし、負けるのは当然だし、今回は私の力量を見極めるためのもので、勝つ必要はなかったのよ。だけど、あの一瞬の判断を、間違えなかったら……


「さすがだな、あの『戦姫』の血を引かれるだけある」


 殿下が嬉しそうに剣を鞘に収めながらこちらに向かってきた。途中で私が落とした剣を拾う。殿下にそんなことをさせてしまったことを悔やむも身体を駆け回る嵐が収まらない。悔しい、殿下は息も乱していないのに……


「いえ、私など祖母に遠く及びませんわ」


 お祖母様だったら……勝てたかしら。


「そんなことはない。想像以上だった。護衛など不要ではないか?」

「まさか」

「そうか? おい、フリーダ。やってみるか?」


 で、殿下、何を仰って……


「よろしいのですか?」


 フリーダが白い頬を薔薇色に染めて瞳を輝かせた。ええっ? やる気なの?


「殿下、私もやりたいです!」


 ミアまで? ちょっと待って。二人とも何を言っているの!? そうは思うのだけど、フリーダが剣を構え、殿下が私が使っていた剣を差し出した。これ、受け取らないわけにはいかないし、受け取ったらやるしかない、のよね……なんだか妙なことになってしまったわ……


 結局、それからフリーダやミア、おまけにラーシュ殿やレオまで相手をすることになったわ。レオには苦戦したけれどさっきのような失態を見せることはなかった。これならお祖母様の名を傷つけずに済んだかしら? ファーレンの騎士たちもやけに盛り上がっているし……


「素晴らしいな、アリッサ殿!」


 低くよく通る声が秋の空気の中を通り抜ける。今までに見たことのない晴れやかな表情は日差しを受けて、少年のように輝いて見えた。


「いえ、お褒めいただくほどでは……」

「何を言う。レオは剣の大会では常に入賞する腕前だぞ」

「え?」


 そうなの? いえ、殿下の側近だし、ラーシュ殿は文に秀でているからレオは武の面で支えているのだろうとは思っていたけれど。


「うう、まさか姫様に……」

「兄様、何ですか、情けない! 負けてもシャキッとなさってください!」


 項垂れるレオにフリーダが喝を入れているけれど、そんなに凄い方だったの? 幼馴染だからという理由で側近を務めていたわけじゃないのね。それにフリーダもミアも強かった。噂には聞いていたけれどファーレンは本当に実力主義なのね。


「素晴らしい、我が花嫁はまさにアシェリア様の化身だな」

「アシェリア様?」

「我らの女神は傷ついた騎士を癒したとの逸話をお持ちでな。騎士の守護神でもいらっしゃるんだ」


 殿下が両手をがっしりと握って嬉しそうに笑った。手、手が……


「素晴らしい! 王太子殿下、どうかこの老輩にも妃殿下と剣を交える栄誉をお与えくだされ!」


 後ろから低くながらも興奮気味の声が飛び込んできた。声の主の方を見て、驚いたわ。


「公爵、さすがにそれは……」

「どうか老人の我儘をお聞き届けくだされ。それにこのままでは若い者が収まりませぬ」


 躊躇される殿下に対し、言い出した方はまったく譲る気はなさそうだけど……いいのかしら? この部隊を束ねているとはいってもそれなりのお年よね。それに義理とはいえ殿下の叔父でいらっしゃる。もし怪我なんかさせて勘気を被ったら……


「……わかった」

「殿下!?」


 両手を握ったままの殿下を見上げた。ちょっと待って、わかったって……


「アリッサ殿、一つ頼む。公爵は言い出したら聞かんお方だからな」

「ははっ、殿下はよくわかっていらっしゃる」


 ちょっと待って! そういう問題じゃないのだけど……


「お待ちください、殿下。万が一お怪我をさせたら……」

「おお、さすがは戦姫のご令孫様。ですが老いぼれたとはいえ、そう簡単に負けるつもりはございませんぞ」


 もしかして、余計にやる気にさせてしまった? もう、どうなっているのよ?


「いえ、そういう問題では……」

「妃殿下、いざ」

「アリッサ殿、よろしく頼む」


 殿下まで……公爵が剣を構えたので諦めて相手をすることにした。もう、どうなっても知らないわよ。


「参る!」


 その一言を合図に公爵が切り込んできた。その体格に見合った圧を感じる。これは今でも鍛錬を欠かしていないわね。襲い掛かった一打は殿下ほどではなかったけれど重くて鋭かった。熟練度は殿下に勝る。侮れないわ……動きは鈍いけれど年齢の割には俊敏と言える。加減など出来る相手じゃない。


「参りました」


 十数打の打ち合いの果てに、何とか勝利を奪い取った。じんわりと手に痺れが残る。殿下ほどではないけれど……レオですらこんな余韻はなかったわ。公爵があと五年若かったら、勝てなかったかもしれない……


「真に素晴らしい! 王太子殿下が惚れ込まれるのも納得ですな」


 晴れ晴れした表情で顔の皺を深めたけれど、この国、いえ、殿下の部下って強ければいいの? いえ、強い者がいたら腕試しをしたくなる気持ちはわかるけれど……私は敵国の王女なのよ? もっとこう、冷たい視線や不信感満載の表情を向けられるものじゃないの?


「まさにアシェリア様の再来。我が国の繁栄は叶ったも同然ですな」


 野太い公爵の笑い声に騎士たちが沸き、それはいつしか「王太子殿下万歳!」「妃殿下万歳!」との歓声へと姿を変えていた。


「さすがは我が花嫁殿だ」


 殿下が上機嫌で私の肩を抱いて手を振ると、歓声は轟きとなって空を埋め尽くしていたけれど……で、殿下、近っ、近すぎるわ……! 皆の注目を集める中で、私はひたすら殿下から伝わる体温と匂いに身を固くするしかなかった。





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