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亡国色の王女は打算で敵国に嫁ぐ  作者: 灰銀猫


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国境の砦を超えて

 翌朝、私は殿下が贈ってくださったドレスや宝飾品に身を包んで鏡の前にいた。秋空のように澄んだ青の光沢のある生地に、ところどころ白や水色のレースや刺繍が施されていて楚々とした印象。今日は初めてファーレン国に入る日だから出来るだけいい印象を得られるようにと思っていたけれど……このドレスは清楚でぴったりだわ。髪はフリーダたちが目立つようにした方がいいと教えてくれたので、両脇だけ編み込んで後は下ろしたままにしている。道中も髪や肌の手入れをしてくれたから艶やかで申し分ないわ。


「アリッサ殿、よく似合っている」


 部屋に迎えに来られた殿下が満足そうに笑みを浮かべた。


「殿下のお陰ですわ。こんなに素敵な品をありがとうございます」


 素晴らしいのはドレスだけではなかった。宝石も紺碧色の大粒の石が首元で輝いている。王家の色を纏うことを許されるのは王族だけ。準王族の私にはその資格があると仰ってくださった。ミアに言わせるとこの衣装だけでファーレン騎士からは殿下の寵愛ぶりが伝わるらしいのだけど……そんな事実はないから何となく変な感じね。


 殿下のエスコートで馬車に乗り込んだ。国境の砦まで一刻ほどで着くという。そこで我が国の騎士と別れ、迎えに来たファーレンの騎士が王都まで私たちを守る。十七年を過ごした母国をもうすぐ離れると、二度と戻ることはないと思うと寂しさが過ぎる。唯一心残りなのはお祖母様のお墓ね。私がいなくなっても管理はされるけれど、訪ねる人は殆どいなくなってしまうから。


「お寂しいか?」

「少し。でも、今は楽しみの方が上回っていますわ」


 この言葉に嘘はないわ。フリーダやミアから聞いたファーレンへの興味の方が大きい。それはあの家族から離れられる解放感と安堵もあるのでしょうね。重苦しい枷をようやく外せるような気分。もっとも、一人で敵だった国の王宮に乗り込むのだから不安はあるけれど、殿下やその側近の方々がいてくれたら乗り越えられそう。


 それにエリーとマルクも一緒に行くことを殿下は許してくださった。幼い頃からずっと一緒だった二人が一緒なら大抵のことはやり過ごせるわ。これまでだってあの冷たい場所でも共に乗り越えてきたのだから。


 王都よりも秋が深まった街道を進む。青々としていただろう木々の葉は赤く色づき、秋花が華やかさを添える。時折舞い散る葉も青い空と緩やかな日差しの前では旅愁を主張することも出来ない。華やかな色彩に私の心も浮き立っていた。




 半刻もすると前方に峠にあるという大砦が姿を現した。上り坂を馬車はゆっくりと進んだけれど、予定通り一刻ほどで到着した。両国を隔てる砦は石を積み上げて頑強そのもので、そこにあるだけで威圧感を与えてくる。最近までは閉じられていたであろう大きな門は開かれ、騎士たちが左右に分かれて並んでいた。


「アリッサ殿、ここでヴァイラントとお別れだ」

「ええ」


 これから先がファーレン……巨大な門のせいもあってか緊張感が増して心だけでなく身体も震えそう。


「この先に一歩進めば王太子妃だ」

「はい」


 そう、婚姻式はまだ先だけど、書類上私は既に殿下の妻であり王太子妃になっている。それは同盟の決まりごとの一つだから、同盟が発効すると同時に自動的にそうなった。これは花嫁の身分を保証するためでもあるのだけど、こうなったら戻ることは出来ない。


「不安か?」


 不安、なのかしら? そうね、未知への不安はあるわ。最近まで敵国だったから反感を持つ人も多いでしょうし、私の噂も流れているでしょうから侮る人が現れるかもしれない。


 だけど、いつ誰に嫁がされるのかと気に病む不安に比べたらずっと楽だわ。相手は年も近く見目も悪くないし、多分変な癖もないはず。そこはこれからだから何とも言えないけれど、年の離れた男性の後妻に、何かよりはずっとましだわ。


「いいえ、まったくないわけではありませんが、楽しみの方が勝ります」

「そうか。そう言ってくれると助かる。不安だと泣かれたらどうしようかと思っていたのでな」

「ありがとうございます」


 その気遣いが嬉しいけれど、思わず笑ってしまった。私が不安で泣くなんて、自分でも想像出来なかったから。殿下もホッとしたように軽い笑みを浮かべた。


「では、参ろうか」

「はい」


 差し出された手を取り、殿下に支えられて馬車を下りるとざわめきが聞こえた。殿下が一目惚れした相手に皆が興味津々なのでしょうね。事実は違うのだけど、そのように振舞わなければ。でも、私って何をしたらいいのかしら? 何も考えていなかったことに焦りがせり上がってきた。後でどう振舞うべきか殿下に聞いた方がいいかしら。いえ、今はそれよりもこの場をしっかりやり過ごさなきゃ。


「ジークベルト殿下、無事のご帰還、安堵いたしました」


 一歩踏み出して出迎えたのはがっしりした壮年の騎士だった。髪が半分白くなっているけれど、所作に切れがあって衰えは感じないわね。その後ろには貴族や騎士がずらりと並ぶ。凄く注目されているみたいで居心地が悪いわ……


「世話をかけたな。ああ、こちらがヴァイラントの第二王女アリッサ殿下だ」

「ファーレン騎士を率いるブレンメにございます。王女殿下に、いえ、我が国の王太子妃殿下のご尊顔を拝し奉り、光栄至極にございます」

「アリッサです。よろしく」


 立場は私の方が上だから頭を下げることはしない。ゆったりした笑みを浮かべるだけ。


「ああ、ブレンメ公爵は私の義理の叔父に当たられる方だ。母の妹が公爵の妻でね」

「左様でございますか」


 殿下が耳元で囁いた。ブレンメという名を記憶から引っ張り出す。確か公爵家にそんな家門があったわ。殿下のお母様と公爵の妻が姉妹ならかなり近しい関係なのでしょうね。侮られないように気を付けなければ。


「おお! 殿下の仰る通り、妃殿下はアシェリア様と同じ髪色でいらっしゃる! 何ともお美しい……」


 ブレンメ公爵が感嘆の声を上げた。そんなに珍しいかしら? だけど後ろに見える騎士たちからは悪意は感じないけれど、髪色でそんなにも尊ぶものなの? 我が国では亡国の色だと不吉がられたからちょっと信じがたいわ。


「ああ、美しい色だろう。しかも『ヘデラーの戦姫』の孫に当たられる方だ」

「おお、あの戦姫の」


 どうやらブレンメ公爵も祖母のことを知っているらしい。殿下からも何度も言及があったけれど、お祖母様ってそんなに有名だったの? どうやら母国とでは随分違うようね。一度フリーダたちに詳しく聞いてみようかしら。




 その後、ヴァイラントの騎士との別れの儀、続いてファーレン国の出迎えの儀が続いた。ここで感じたのはやはり寂しさよりもこれからの期待と不安が勝ったわ。私の中では母国との訣別はとっくに終わっていたらしい。今はファーレン人に侮られないことが頭を占める。これからの私の立ち位置にも関わるから気が抜けないわ。


 儀式を終えると砦の応接室に案内された。ここで少し休憩をしてから別の馬車に乗り換えての移動になるらしい。ヴァイラントの騎士が付き添うのもここまで。やっぱり寂しさよりも安堵の方が勝る、そのことが寂しいわ。だけどもう振り返らないしその必要もない。


 休憩を終えると殿下と共に馬車に乗り込んだ。殿下が乗ってこられた馬車よりも一回り大きく豪奢なそれは装飾も凝っていて特別に誂えられたものだとわかる。その後ろにマルクたちが手配してくれた真新しい馬車が連なり、周囲を騎士が囲む。お姉様の時と比べても見劣りはしないのではないかしら? そのことが大きな安心をもたらしてくれて、また涙腺が緩みそう……ダメよ、今は愛嬌を振りまかなきゃ。


 既に日は天中を過ぎていた。ここから一刻ほど先に王家が所有する別邸があり、そこで一泊するという。


「もう少しの辛抱だ。我慢してくれ」

「ありがとうございます。でも大丈夫ですわ」


 儀式に疲れたけれど、あと一刻なら苦になるほどじゃないわ。それよりも初めての異国に心が踊っている。空の色も木々の種類もさっきまでと変わりないのに新鮮に感じるのは気持ちの問題か、それともこれまでと違う馬車の揺れ方のせいかしら。だけど、ヴァイラントに比べると木々の葉色は青いし頬を撫でる空気は優しい。


「ファーレンの方が、温かいのですね」


 峠を越えてからは気温があがっているように感じた。


「そうだな。さっきの峠を越えると急に寒く感じた。ヴァイラントの方が標高も高いし山が多い。ファーレンは海からの風が吹くから温かいんだ」

「海からの風が……」


 風一つで気候も変わってくるものなの? だけどありがたいわ、寒いのは苦手だから。


「王都はもっと温かいぞ」

「まぁ、ではもしかして雪は降りませんの?」

「雪? ああ、王都で降ることは稀だな。この辺りの山には降るようだが」


 冬でも雪が降らないなんて。いえ、そうだと書物にはあったからそうなのでしょうけれど、ヴァイラントは積もらないなんてあり得ないからちょっと信じがたいわ。雪がない冬はどんなものなのかしら? これから冬がやって来るけれど、まさか苦手な冬を待ち遠しく思う日が来るとは思わなかったわ。


「アリッサ殿、頼みがあるのだが……」


 これから迎える冬に思いを馳せていると、殿下が眉間に皺を寄せていた。



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