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亡国色の王女は打算で敵国に嫁ぐ  作者: 灰銀猫


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雨に足止めされて

 順調に旅程を消化して十日ほどが経った。既に一行は山岳地帯に入り上り坂が続くこともあって進みはゆっくりとしたものへと変わっていった。景色も畑が減って徐々に森は山へと繋がり、青々としていた木々も赤みを増していく。季節は確実に冬へと向かっていた。


「今日の移動は中止、ですか?」


 朝の支度を終えて食堂に顔を出したところ、殿下がそう教えてくれた。


「ああ、雨が降っているし、この先の山道で土砂が崩れて道を塞いだそうだ」

「土砂が……」


 昨日から天気が怪しくて、ファーレンに近づくほど雨脚は強まっていた。今は小雨だけど、道が通れないのならどうしようもないわね。


「少なくとも今日はこの街で待機する。あの場は時々崩れるとこの地の領主も言っているそうだ」

「わかりましたわ。殿下のご判断通りに」


 領主がそう言うのなら無理に通るわけにはいかないわね。もし一行が通る際に崩れてきたら大変だもの。


「アリッサ殿も今日はゆっくりしてくれ」

「ええ。馬にとってもいい休養になりますわ」

「そうだな。ここ数日は上りが続いて負担をかけていたからな」


 馬の話をする殿下の表情は穏やかで、彼が馬を可愛がっているのが伝わってきた。騎士にとって馬は相棒であり仲間でもあるものね。私もあの子のことは相棒で家族だと思っているから。


 食後は何もすることがなく、窓を開けて雨音を聞きながらお茶をいただいた。ここはとある伯爵の屋敷で、王家が視察の際に使われる別邸にあたる。そのため滞在に必要なものはほぼ揃っているのだけど、急な滞在延長は困っているかもしれないわね。だけどどうしようもない。雨で道がぬかるむと馬車の車輪が取られて脱輪することもあるし、滑って道から落ちることもある。天気が回復するまで待つしかないわね。


 お茶を飲むにも限界がある。読む本もなくなってしまったし、ラーシュ殿に授業をお願いしようにも彼は殿下と共に何やらお話中だった。小雨では庭の散策も難しいため、愛馬の様子を見に行った。


「よかったわ、フロイデが元気で」

「申しあげたとおりでしょう? 私の馬も一緒だから寂しくありませんよ」


 フロイデは私の愛馬の名で、この名前はお祖母様が付けてくれた。喜びという意味のこの名はお祖母様の愛馬からいただいたもの。エリーが乗っている馬とは一緒に育ったから仲がいいのよね。馬の世話役も食欲もあって元気だと言っていた。身体は大きいし力もあって気難しい性格だから乗り手を選ぶのだけど、問題がないのならいいわ。


「早く雨が止んでほしいわね」


 馬場から建物に戻り、自分に宛がわれている部屋へと向かう。霧のような弱々しい雨で空気が湿度を増して肌寒さを感じる。熱いお茶が欲しいわね。


「……のおう……がままで……しように……きつくあた……」


 回廊を進むと話し声が聞こえてきた。男性のものね。回廊の角を曲がるとそこにはこの屋敷の主の伯爵とオーケン令息の姿が見えた。私たちの出現に伯爵が目を丸くしているけれど、ちょっと驚き過ぎではないかしら?


「こっ、これは王女殿下!」


 伯爵が大きく頭を垂れ、その横でオーケン令息が騎士の礼を取る。


「伯爵、オーケン殿もごきげんよう」

「はいっ、王女殿下におかれましてはご機嫌麗しく……」

「ああ、そんなに畏まらないで。世話をかけているのはこちら側ですから」

「そんな、滅相もございません。どうかご不満な点がございましたら何なりとお申し付けください」


 緊張しているにしては大袈裟というか、恐縮しているというよりも恐れられている? どうかしたかしら? 警戒されるようなことをした覚えはないけれど。


「ありがとう。でも私のことは気にしなくていいわ。身の回りのことは一通り出来ますし、侍女もいますから」

「さ、左様でございますか」


 顔を上げた伯爵からはあからさまな安堵が見えた。何か、誤解されているのかしら? 別に使用人にきつく当たったりしたことはないけれど。いえ、身に覚えのない噂など吐いて捨てるほどあるから警戒されているのかもしれないけれど、気持ちのいいものではないわね。


「ええ、それよりも王太子殿下に粗相のないようにお願いね」

「もちろんにございます」

「困ったことがあったら遠慮なく相談してちょうだい。出来る限りのことはしますから」

「ありがたい仰せ、痛み入ります」


 再び恭しく頭を下げた。その隣ではオーケン令息が同じように頭を下げているけれど、彼は一言も口を開かなかった。まぁ、伯爵の方が立場は上だから弁えてのことかもしれないけれど、静かな拒絶とも受け取れる。何を話していたのかしら。伯爵の様子からして私のことのようにも感じられるけれど、何やよからぬ話を……いえ、気にし過ぎよね。バルベ令息と一緒にいたからって彼と同じとは限らない。証拠もなしに疑っていてはきりがないわ。


 部屋に戻るとエリーが熱い紅茶を淹れてくれた。特にすることもないし聞きたいこともあったので、フリーダやミアをお茶に誘って話を聞くことにした。国が違えばマナーも習慣も違ってくるだけに、聞きたいことは山のようにある。婚姻は来春だけど、それまでに王太子妃としての教育は間に合うのかとの不安もある。最初は辞退していた二人だったけれど、ファーレンの令嬢とのお茶会に向けた練習だと思ってほしいと伝えてようやく快諾してくれたわ。


「もし気になることがあったらその場で教えてほしいわ」


 国が違えば細かい違いもあるけれど、知らない間に誰かに嫌な思いをさせたくはないし、誤解されたくない。これからの人生をファーレンで過ごすし、敵国の王女として最初から警戒されているはず。出来るだけ失点は避けたいのよね。


「アリッサ様のマナーは問題ありませんよ。我が国の令嬢と比べても遜色ありませんから」


 ミアは直ぐにそう言ってくれた。一応ラーシュ殿の授業や頂いた本でかなり改善されたと思うけれど、だったら大丈夫かしら?


「何を言っているの、ミア。アリッサ様は王太子妃、いずれは王妃になられるお立場なのよ。貴族家の令嬢と同じ程度で許されるわけがないでしょう」

「それはそうですが……」

「アリッサ様は単身ファーレンにいらっしゃるのよ。侮られるようなことがあってはいけないのです」


 さすがはフリーダ、美人で知的で言うことははっきり言うところもかっこいい。女性だけど憧れてしまうわ。


「もっと精進してフリーダに及第点を貰えるように頑張るわ」

「まぁ、アリッサ様、だからと言って根を詰め過ぎないでくださいませ。また殿下が心配なさいますから」

「わ、わかったわ」


 あ、あれはただ、本が面白くて気が付いたら外が白くなっていただけで……その日は欠伸をかみ殺すのに苦労したし、そのせいか口数も少なかったらしく、それが殿下には体調が悪いように見えたらしく、凄く心配させてしまったのよね。


「殿下は本国で教師の手配をしてくださる段取りをしていらっしゃいますわ。ご心配は無用です」


 殿下が……それなら大丈夫かしら? もちろん私も努力は惜しまないけれど、出来れば教師がいてくれると助かるわ。


「そうなのね、ありがたいわ。でも、授業ではわからないことも多いでしょうから、気になることがあったら小さなことでも教えてね」

「もちろんです」


 フリーダが笑顔になると周りには花が咲いたような華やぎが生まれる。それでいて仇っぽく見えないなんて羨ましいわ。その上でマナーも完璧なのだからファーレンではきっと人気者なのでしょうね。私も頑張れば数年後には彼女のようになれるかしら。


「でも、アリッサ様なら大丈夫ですよ。我が国では神の色をお持ちの方は尊ばれますもの」


 そういえば殿下もそんな風なことを仰っていたわ。


「我が国にも水の神様はいらっしゃるけれど、それと同じなのかしら?」

「ヴァイラントにも水の神様が?」

「ええ、ア―シェス様と仰る女神様よ。我が国では金髪と碧眼を持ち、青や緑の衣装で描かれることが多いわ」


 水は災害をもたらすし、雪深い我が国では春の女神様の方が信仰されているからあまり馴染みがないのよね。


「左様でございますか。ファーレンの水の神様はアシェリア様と仰って、水色の髪と紺碧の瞳をお持ちの女神様です」

「紺碧の……殿下と同じ色ね」

「はい。王家の色でもあります。神の色を持つ方はその加護を受けていると言われていますわ」


 なるほど、女神様の色を……そこは我が国と同じね、ヴァイラント王家の金髪碧眼は春の女神様の色だもの。色が同じなのは偶然だと思うけれど、その影響力が侮れないことは理解している。半年前までは敵対していたから敵国の王女と敵意を向けられる覚悟はしているけれど、この髪色でそれが少しでも小さくなってくれるといいけれど。いくら慣れているとはいっても、何も感じないわけではないから。


「アリッサ様も殿下も水の女神様のご加護をお持ちです。だからこの雨もすぐに止んでくれますわ」


 フリーダが窓の外に視線を向けた。まだ雲は厚く見える景色はどこか物悲しい。早く晴れ間が戻ってきてほしい。そうしたらこのもやもやした胸の内もすっきり晴れてくれるわよね。




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